夕学レポート
2016年11月15日
個人でもチームでも最大限の力を発揮する方法 井原慶子さん
2014年、バーレーン。サーキットへと向かう井原慶子さん。これで最後のレースにしようと思った。有終の美を飾るために負けられない戦い。しかし、リーダーが連れてきたメカニックは、今日が初めての新人キャサリンである。女性だから力が弱く、シートベルトをつけてもらうのに8秒かかった。男のボブがやれば1秒である。負けると感じた―――。そこに、リーダーがやってきた。
「ケイコ、新人のキャサリンはどう?」
「もう最悪よ」
「そうだろ。でも、キャサリンが来てくれたおかげで、ベルトの締め方から、器具の効率的な並べ方まで、多くの改善点が見つかったじゃないか」
結果、このレースでは初のアジア人女性として表彰台に上がれた。同じ女性なのに、新人の女性メカニックでは勝てないと感じたことを恥じた。レース後のリーダーの言葉が胸に響いた。
「新人は本番で育てる。その決断が出来なければリーダーじゃない」
レースデビューしてから17年経つ。男女の区別がないカーレースという競技で、アジア人の女性として世界の男性たちと戦ってきた井原慶子さん。女性として数々の偉業を達成し、現在は慶應義塾大学大学院特任准教授、経産省未来開拓部員も務める。しかし、というかやはりその道のりは平坦ではない。ただ車を走らせているだけに見えるかも知れないが、レースでは身体と頭の両方を駆使する。ルマン24時間レースでは、2時間走れば3.8キロもの体重が落ちてしまう。カーブの曲がる位置が1㎝でもずれれば、クラッシュしかねない。針に糸を通すような神経を使う。そんな中、井原さんは屈強な男たちと戦っているのだ。
不利な状況で、どうしたら優勝できるのか。レースで2位になった時、1位のミハエル・シューマッハに聞いてみた。
「どうしたら世界一になれるの?」
「ケイコはチームに嫌いな人がいて優勝できる?」
「No(だって好きな人ばかりのほうがコミュニケーションがとりやすいじゃん)」
「ライバルより車が劣っても優勝できる?」
「No(優れた車のほうが良いに決まってる)」
「自分の苦手なコンディションでも言い訳しないで走れる?」
「No(雨道苦手だわー)」
「ほら、だってケイコの顔に三流って書いてあるし!」
最後にシューマッハは井原さんに、次の言葉をプレゼントした。
「どんな環境も自分のものにしろ」
人生なんてあっという間なんだから、嫌なことや言い訳を考えるのが時間の無駄であると。嫌いな人には自分からコミュニケーションをとり、マシーンやコンディションは、自分の身体や頭で工夫をする。それからは苦手な人や、嫌いな人にも自分から積極的に話しかけて、チームのコミュニケーションを大事にしていった。一流のチームはコミュニケーションが良くとれている。そして、誰もがリーダーのように自分で考えて、色々と提案してくることに気がついた。
だが、工夫は大学時代からしていた。レースクィーンのバイトだ。大企業のイメージガールになれるのは一万人に一人の世界である。たいてい二次審査で落とされた。落ちた者同士で、カフェに集まり、合格した子の悪口を言い合った。「なんであんな可愛くない子がっ」って具合に。
しかし、あることを始めたら、だんだんオーディションに合格するようになった。何かというと、「可愛くないのに受かる人の真似」だ。
彼女たちは、可愛く見えるように必死の努力をしている。控室では、何センチ口角を上げれば可愛くみえるか、顔の右側と左側どちらを見せたほうが魅力的に見えるか、清楚さを求められるオーディションにふさわしい服装はどんなか、髪の分け方など細かいところまで抜かりない。ただオーディションに来ているだけの自分を痛感し、彼女たちの真似をした。3年続けたら最終審査に進み、受かるようになった。
「なんでこんなに受かるようになったんだろう?」
一緒にオーディションを受けていた米倉涼子さんはこう言った。
「そんなの当たり前じゃん。こんなに毎日コツコツやってればハツラツと見えるに決まってるよ」
ミリ単位のことが勝敗をわけるカーレースと似た話である。
そして、多くの人が気になるのは、世界で戦う人の目標であろう。しかし、井原さんは目標設定をしないと言う。理由は、目標を決めてしまうと出来なかったときに「自分はやっぱり駄目なんだ」とネガティブになるからだ。これは自分自身の経験と照らし合わせても有効だと感じた。目標があるとそれに縛られて、上手くいかないと落ち込むし、なんとなく好きなことをやりたいようにやっているほうが上手くいってる気がする。また「意識もモチベーションも高く生きてますっ!」て人は、基本完璧主義で、出来ないとすぐに折れてダメになる傾向にある。
自動運転の時代がそこまで来ている。文字通りの意味での自動車で、そのうちカーレースも自動運転で行われるのではないかと言われている。しかし、レーサーのいないレースで、チームは最高のパフォーマンスを生み出せるのだろうか。井原さんの講演を聴いた私の答えは否である。反対に、事故が多発するかもしれないと思うほどだ。ネジ一本の締め具合で、人が死んでしまうかもしれない世界。いかにして早く、安全にゴールさせるか。そんな思いがレーサーを中心に、チームとして一流のパフォーマンスを引き出すのだと熱く感じた講演であった。
(ほり屋飯盛)
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