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夕学レポート

2006年02月22日

地上5メートルから見上げる戦略論  藤本隆宏さん ものづくり現場発の戦略論

2004年秋、ものづく経営研究センターが開催する「ものづくり寄席」という講演会で藤本先生が基調講演をされた時に聴いた面白いエピソードがあります。
その数ヶ月前、天皇皇后陛下主催秋の園遊会に藤本先生もお招きを受けたそうです。園遊会では、参加者がずらりと並んで、順番にひとり一人に陛下が声をかけるシーンがテレビでもよく放映されますよね。藤本さんについて「我が国の、ものづくり経営研究の第一人者で、東大のものづくり経営研究センターの責任者です」というお付きの方の紹介説明を受けた陛下から「日本のものづくりはどうですか?」とのご下問がありました。それに対する藤本先生の返答は「ハイ。“すりあわせ型”ものづくりは元気です!」だったとのこと。
この逸話に象徴されるように、この何年か藤本先生は日本の製造業、特に自動車産業に代表される「すり合わせ型のものづくりシステム」の素晴らしさを広くあまねく紹介する伝道師のような役割をされてきました。中国にとって代わられるという悲観的な観測に支配されていた日本の製造業ですが、「ある部分においては他国に簡単に真似の出来ない強みはある。その強みを武器にした戦略を構築するべきだ」というのが藤本先生の一貫した主張ですが、その「ある部分」というのが「すり合わせ型のものづくりシステム」です。
機関銃のような早口といい、風貌といい、ちょっと目には気むずかしい雰囲気の漂う藤本先生ですが、実際は腰の低い誠実なお人柄です。近くで見ると眼鏡の奥の小さな眼がとても優しいのが印象的です。そんな暖かい人間性で、世界の工場を見て歩き、現場のエンジニアと議論しながらものづくり現場発の戦略論を構築してきました。
きょうの講演はそんな藤本先生の人間性もかいま見えるような2時間でした。


藤本先生は、「地上5Mから発想する体育会系戦略論」という独特の比喩を用いて、ものづくり現場発の戦略論を説明してくれます。これは、戦略論の世界的権威マイケル・E・ポーターの説く戦略論との対比で使う例えだそうです。ポーターの戦略論が地上3万メートルの上空から高度な観測装置と高速コンピュータを用いて地球全体を細部に至るまで俯瞰・分析した「頭を使う戦略」だとすれば、工場の天井高程度の高さから見える肌感覚を失うことなく、そこから頭上を見上げていこうという「身体を使う戦略」です。正確に言えば、ポーター流が「頭さえ使えば身体はどうでもいい」と考えるのに対して、藤本流は「鍛え上げた身体を武器に、頭も使う」ということでしょうか。これは、一生懸命身体を鍛え上げているにもかかわらず、戦略のつたなさから利益を上げられないできた多くの日本企業の失敗を目の当たりにしてきた忸怩たる思から生まれた考え方とのことです。
いま藤本先生が力を入れているのが、「ものづくりインストラクター」の養成です。国際競争力の高い、すり合わせ型ものづくりシステムのノウハウを身体にたっぷりと染み込ませたベテラン技術者達を、固有技術の枠を越えた普遍的な「すりあわせのノウハウ」を伝播するインストラクターに育て上げようという試みです。藤本先生の趣旨に賛同した企業から送り込まれた50代のベテランエンジニアが、藤本先生自身が書き上げた200ページのテキストを使って、自らの身体に染み込んだ暗黙知を表出させて、他社に伝えるための方法を勉強しはじめているとのこと。
藤本先生自身が「すり合わせ型」の生き方を実践していることを改めて感じ入りました。

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