夕学レポート
2006年04月07日
「経済大国ニッポンの危機」 野口悠紀雄さん
「危機感こそが改革を進める最大のモチベーションだと思います」
野口先生の講演はこの一言ではじまり、2時間を通して、日本経済の問題点を厳しく指摘されました。野口先生の危機認識は経済だけでなく、ご自身の身近な環境にもあてはまるようで、控室では、早稲田のファイナンス研究科を志望する学生の意識に対しても厳しい認識を披露してくれました。開設された3年前と比して日本の金融機関の環境は劇的に改善がすすみました。金融危機と謳われた3年前には、金融マンとしての将来に不安を抱き、知識向上をはかろうと多くの志望者が殺到したそうですが、この春はかなり落ち着いてしまったようです。不良債権処理が終了し、負の遺産が整理できて将来の展望が見えたという安心感が、金融機関で働く人々の能力開発ニーズにブレーキをかけているのではないか。そんな問題意識をもっているようです。冒頭の一言で、一見シニカルに見える野口先生の見解が、日本がもっと変わって欲しいという強い思いの裏返しであることがよく分かりました。
さて、講演は、1.現在の景気回復に対する批判的な評価、2.日本企業の利益率が一貫して低下しつづけているという事実、3.21世紀型の新しい企業が日本には登場していないという現実、の3点について論が展開されました。
まず、現在の景気回復については、石油や鉄鋼、化学製品といった素材産業に偏った一時的なものだと指摘されました。その理由も、中国需要の急拡大に伴う需給バランスの変化が値上げを可能にしただけであって、循環的なもので長続きはしないのではないかとのことです。
二つ目の日本企業の利益率については、2年前の夕学での神戸大の三品和宏先生の指摘と同じです。三品先生はこの現象を「失われた30年」と言いましたが、野口先生も、70年以降の日本企業が、賃金の上昇や変動相場制への移行といった環境変化に適応できずに、ローリスク・ローリターンの安定経営を標榜してきた結果一環して利益率を低下させてきたと喝破します。
三つ目の新世代企業群については、グーグルやヤフーに代表される、シリコンバレー発の「若くて、小さくて、ソフトウェアにより価値を実現する」未来産業企業群が、高い企業価値を実現しているのに対して、日本は相変わらず、自動車や精密機器など従来通りの産業に頼ったままで、しかも未来産業に比べて企業価値が圧倒的に劣ることをデータで示されました。GM、フォードが主役だった時代から大きく産業構造の転換を実現した米国に対して、愚直なまでに自分の得意な土俵で勝負し続ける日本。
もちろん野口先生は、製造業を中核にもつ日本の産業界が、それゆえに相対的に低い失業率を可能にし、社会の安定をもたらしている利点は求めています。しかしその一方で、その硬直性が、21世紀のグローバリズムの中で起きる大きな構造変化に対応できない要因になりはしないかという問題提起をされているのだと思います。シリコンバレーでは、すでにITは魅力的な産業ではなくなっているそうです。ネットで世界が繋がれば、IT技術の拠点はやがてインドに移り、賃金相場は間違いなく下がる。それを見越して、ネクストインダストリーを模索しているわけです。
強みが弱みに変わり、弱みが弱みでなくなる。しかもその変化が一瞬にしておきる。そんな時代にあって、「このままでその時代に適応できるのか!」という警鐘を鳴らすために、嫌われることを覚悟で危機感を煽りつづける野口先生に、強い使命感を感じました。
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