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ピックアップレポート

2003年03月11日

髙木 晴夫「ネットワーク時代の組織とリーダーシップ」

髙木 晴夫
慶應義塾大学大学院経営管理研究科・ビジネススクール教授

ビジネスにおける超優秀カリスマリーダーの終焉

巨人の松井選手がNYヤンキースに移籍した。マスコミ報道によると巨人軍が示した破格な給与と長期契約を断ってアメリカ大リーグで挑戦することを選んだという。松井選手は間違いなく現代のヒーローであり、超優秀型のカリスマであろう。天性の才能と努力をもってプロ野球というマーケットの中で傑出した業績を残したという意味においても、「安定」を望むのではなく「挑戦」という新しい生き方を示したことにおいても。

多くの場合、「カリスマ」は「万能」もしくは「非の打ち所がないほど有能」の同義語として扱われてきた。今日、スポーツ以外の世間一般においても、「超優秀型のカリスマ」を求める声は大きい。特にリーダーとよばれる立場の人間に対して、彼もしくは彼女が「非の打ち所がない超優秀型のカリスマであること」を求める傾向が多く見られる。世の中が不安定になると、不安を打ち消そうと人間は「強い」ものを求め、「成功」への渇望が高まるからである。ビジネスの現場においてもしかりである。超優秀型のカリスマリーダーを求める声は相変わらず根強い。しかしながら現実問題として、この種のビジネスリーダーは有用なのであろうか。

超優秀型カリスマリーダーは天性の才能で困難を解決し、「俺に付いてこい」とばかりに、周囲を自分の目指す方向に導いていく。カリスマは全体の司令塔であり意思決定センターとしての役割を果たす。カリスマがカリスマであるためには、誰の目から見てもその成功がわかりやすい「結果」を出すことが求められる。しかし、現実のビジネスの現場においてはこの種のカリスマが活躍する要素が少なくなった。

その原因は情報化社会の進展である。現代のビジネス環境では、物事が複雑に絡み合って非常に速い速度で進行していく。リーダーが唯一無二の意思決定センターであり、他の人間がリーダーの出した指示の実行者であるという図式は、迅速な意志決定が最大の競争力となる今日のビジネス環境ではむしろ弊害である。それよりも、現場に権限を委譲し現場で多くの意志決定をした方が有効な場面が多く見られるようになっている。

超優秀型カリスマリーダーが誕生しにくいビジネス環境

よく考えてみると、「超優秀型カリスマリーダー」には効果的、印象的であるための「からくり」の存在が必要であることに気がつく。それは「ある対応行動をすると(原因)、ある望ましい結果を得ることができる」という関係で社会が成り立っていると考えることである。これを直線的因果律と呼ぶ。「ある対応行動をすることによって必ずある結果が発生する」ということを前提にすると、カリスマにとっては居心地の良い場所になる。常に分かりやすい結果を出すために、その原因となることをすればよいからである。

しかし、現実の世界は違う。市場はグローバル化し、単に日本だけを見ていただけでは、ビジネスの旨味を享受できない。ある事象の発生が、ほかの事象の発生の原因となる。サウジアラビアで新しい油田が発見されたというニュースは、サウジアラビアの現地メディアのスクープ発表からほぼ数時間で世界中が知ることとなる。そして、それが石油価格に影響し、石油価格はあらゆる国の物価に大きく関係していく。直線的な因果律ではなく、循環的な因果律で社会が形成されている。言い換えれば、ビジネスの世界ではこの種のカリスマの存在が成立する要件そのものが少なくなっていることになる。

コラボレーション型リーダーが求められている

今日のビジネス環境で求められているのは、試行錯誤を繰り返しながらも組織メンバーの力を結集し、それぞれの持ち味を発揮させてアウトプットを出し続けられるリーダーである。リーダーには複数の人間が人数の総和よりも大きな能力を発揮し、対応することが求められる。即ち、コラボレーションを実践することこそが今日のリーダーに必要な能力である。

超優秀型カリスマは天性の才能を求められる。しかしコラボレーション型リーダーはある種のトレーニングを積むことによって、普通の人間にもなれる可能性を大いに秘めている。コラボレーションをおこすためには才能よりもスキルが重要になってくる。

このような発想の下で、5月からMCCにおいて「強い組織をつくるリーダーシップ」を担当することになった。このプログラムは、ケーススタディを通じて参加者とともにコラボレーションをおこすためのスキルを紹介し実践する。このプログラムは授業の開始に先立って行うグループスタディの時間から、コラボレーション実践のための実験が始まっている。セッションを通じて教室の中で新たなコラボレーションが生まれ、新しい学びの空間が出来上がることを今から楽しみにしている。

(『月刊丸の内』3月号より)

髙木 晴夫(たかぎ・はるお)
  • 慶應義塾大学大学院経営管理研究科・ビジネススクール教授

ハーバード大学ビジネススクール博士課程修了。経営学博士。慶應義塾大学大学院工学研究科修士課程ならびに博士課程修了。専門は組織行動学、情報組織論、ネットワークリーダーシップ。

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