ピックアップレポート
2003年10月14日
人の知を高めるサイバード・スペースデザイン
渡邊朗子 慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科専任講師
人の知的創造はどのような環境とメカニズムの中でもっとも引き出されるのだろうか。 2001年10月に『サイバード・スペースデザイン論』という二冊目の著書を刊行した。同書において、リアルなスペースとネット上のサイバースペースの両者が共存するスペースを”サイバード・スペース”と定義し、独自のデザイン論を展開した。
現在のITを伴う人の活動に対応した空間づくりについて提言したわけだが、今は「知的創造と環境デザイン」が、次のテーマとして研究と興味の対象になっている。例えば私の研究室ではコラボレーションやミーティングの方法を同期・非同期、ローカル・リモートなど様々にシチュエーションを変え、これらの変化させた環境が人の創造性と、どのような関係があるかを調査している。
現在、通信技術が発達し海外とのリモートコラボレーションも頻繁に行えるようになった。しかし、それらはまだまだ人の創造性を高める環境になっているとはいえない。リモートコラボレーションでは、画像のディレイや情報量の欠如などバーチャルな環境が、完全にリアルな環境の代役になり代われないことに加え、会ったこともないディスプレイ先の相手に信頼を置くことの難しさなど、人間関係の問題も深く関わってくる。そもそも創造の問題は個人差があり、スタンダードな解を出すのは容易ではない、とされるのが一般的な見解である。しかし、うまくいくコラボレーションには、なにかキーとなるメカニズムがあるはずで、それは人と人を結ぶと社会環境と情報環境を含む人工物環境のデザインにあるのではないか、と考えている。この推論は実証実験を行っていくことによって本当の解を見出していく他はない。
最近、実践的な試みの一例として丸ビル7階に拠点を置く『東京21Cクラブ』をデザインした。ここでは異業種を対象としたセミナーやコラボレーションなど、新しいビジネスを含めた知を生み出す支援環境を実現した。例えば飲食可能で魅力的なミーティング環境、朝から夜まで異なる時間に対応できうる雰囲気づくり、コラボレーションを活性化させるホワイトボードなどの支援ツールをエレガントにデザインするなど、様々な工夫を試みた。
さて、丸の内シティキャンパスで昨年11月から6月まで、「ITビジネスデザインプログラム」を開催した。このプログラムでは専門が異なる研究者、國領二郎教授(経営学)と大岩元教授(IT技術)及び筆者(空間デザイン)とで専門研究会や講座を行った。目的は「IT時代の知のドゥオモを探求する」ことである。
ルネッサンス時代の初期の頃、建築家ブルネレスキーは、屋根を架けられなかった巨大なフィレンツェの教会に近代的な技法を用い、ドゥオモを完成させることに成功した。これがルネッサンス初期の幕開けになったといわれているが、それに代わるものをITは生み出しただろうか。ITはインターネットをオフィスや住居に引き込みパソコンを普及させることに成功したものの、まだなにも新しいものを創造するに至っていないのではないだろうか。
また、ITはある種、物理的価値の生産性から知的価値の生産性へ変換させるトリガーともいわれている。人の知的価値を向上させるとはどのようなことなのだろうか。今回、國領先生と意見交換を深めるうちに、知的価値創造には場のパワーが介在している、とする共通の認識をもっていることを確認した。さらに、知的価値を高めるデザインが時代をリードするのではないか、と考えていることも。その”デザイン”とは物理的な表層を対象とした20世紀のデザインとは全く異なるものである。
そこで、私の専門研究会では『知的価値創造空間デザイン研究会』と題し、知的価値を高める空間について参加メンバーと共に探求してきた。わざわざ「場」ではなく「空間」としたのは意味がある。知を生み出す環境をより立体的に考察するために、時間軸や五感などのファクターを加え考えたかったからだ。
人の知を高めるサイバード・スペースデザイン。その真理を教育、研究、デザイン実践といった三種類の活動のサイクルの中で明らかにしていきたい。
(『月刊丸の内』 2月号より)
渡邊 朗子(あきこ)
慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科専任講師
知識情報社会における建築空間デザイン学の第一人者として、身体から都市スケールまでを対象に研究、デザイン実践を行うほか、国内外での講演や企業との共同研究プロジェクト等、幅広い領域で活動している。
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