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ピックアップレポート

2003年12月09日

仕事の方法論としてのコラボレーション能力の開発

桑畑幸博 慶應MCC専任ファカルティ

コラボレーションの現実と本質
【コラボレーションが意味するもの】
「コラボレーション」。ここ数年よく耳にするこの言葉、辞書では「共同作業」「共同製作」などと訳されるが、一般的には「単独では成し得ない創造的成果を、複数の人や組織の協働によって生み出すこと」の意で使われているようだ。
このコラボレーションという言葉、音楽や映画といった芸術の世界ではそれ以前から使われている。たとえばジャズとロックのミュージシャンによるコラボレーション・アルバムをリリースや、映像作家とミュージシャンが協働で新しい形のコンサートを行ったりするのが代表的な例であろう。
さて、ビジネスの世界でもなかば流行語のように使われている「コラボレーション」だが、どうも、『異業種連携プロジェクト』を「コラボレーション」と呼称しているフシがある。確かに芸術の例で述べたように、異分野間の協働作業にその実例は多いわけだが、「単なる企業間アライアンスと何が違うの?」と言いたくなるようなコラボレーション(と呼ばれている)・プロジェクトも多いのが現実だ。


実は、コラボレーション(Collaboration)と同じく「共同作業」を意味する言葉にコオペレーション(Cooperation)がある。こちらは例えば重い物を二人で運ぶといった、明確な作業分担を伴う共同作業に使われる場合が多い。ここまで言えばおわかりだと思うが、コオペレーションが共同作業によって「効率」を追求するのに対し、コラボレーションは共同作業による「効果」を追求するものなのだ。
しかしながら、私は別に「単なる役割分担でしかない企業連携をコラボレーションと呼ぶな」と文句をつけたいのではない。コラボレーションが共同作業による効果を求めるものならば、その相手を異分野や異業種に限定する必要はないということを言いたいのだ。創造的な成果を生み出すことさえできれば、同業者間であれ、職場の同僚とであれコラボレーションは成立する。音楽の領域においてもそれは同じで、たとえばジャズやロックのジャムセッションはその典型だ。私も以前ロックバンドでギターを弾いていたからよくわかる。他のメンバーのプレイに触発されて考えてもいなかったフレーズが生まれ、次は他のメンバーが私のギターに触発されて...といった「楽譜の存在しないスリリングかつワクワクする空間」の中で当人たちも予測できなかった質の高いセッションが完成する。
そしてこれこそが共同作業による「単独では成し得ない創造的成果」ではないだろうか。ビジネスの現場に置き換えれば、「単独ではとても立案できなかった企画」も当てはまるだろう。つまり、コラボレーションは「異業種間プロジェクト」などといった大げさなものだけでなく、我々の身近にあるものなのだ。
【コラボレーションの現場としての「会議」】
異業種間プロジェクトにしろ、社内業務にしろ、結局行っているのは「人」であり、ある目的を持って集まった複数人が共同で業務を遂行しようとした場合、そこにはコミュニケーションが必須となる。そしてそのコミュニケーションを行う場、つまりコラボレーションの現場となるのが「会議」である。
私は現在MCCにおいて、『コラジェクタ®実践』という講座を担当している。「コラジェクタ®」というのは「プロジェクタを利用したコラボレーション」という意味の造語で、パソコンを使って「論旨・論点・論脈を、参加者全員の目に見える形で図解して記録しながら議論を行い、生産的な会議を実現する」仕組みのことである。
ここで我々がビジネスの現場で日々経験してきた「会議」を思い出してほしい。そこは本当に「コラボレーションの現場」になっているだろうか。前述のジャムセッションのように、お互いに触発しあい、活性化した議論を行い、その結果すばらしいアウトプットを生み出せた会議を何回体験できただろうか。
以下では、このコラボレーションの現場である(はずの)「会議」について、もう少し深く考察し、真に創造的・生産的な会議を実現するための方策を「コラジェクタ®」のコンセプトとともに紹介する。
「目に見える議論」による創造的・生産的な会議の実現を
【効率的とはとてもいえない会議の悲惨な現実】
上で述べたように、異業種間プロジェクトや社内の企画・開発プロジェクトなど、単独ではなし得ない創造的成果を目的とした共同作業を「ビジネスにおけるコラボレーション」と定義づけた場合、コラボレーションの現場となるのは「会議」である。
そう考えると、会議の良否がコラボレーションのアウトプットの良否に直結すると言っても過言ではない。言い換えると、コラボレーションによって真に創造的な成果、たとえば事業において商品の企画や新たな仕組みなどを生み出そうとする場合、それら成果のクオリティは会議の中でどれだけ創造的な議論が行われたか、に依存するのである。
では、これだけコラボレーションの現場として重要な「会議」の現状はどうだろう。
『コラジェクタ®実践』では毎回「会議の問題点」をテーマにワークショップを行っているが、やはり日常の会議のあり方や進め方に問題意識や危機感を持っている受講生が多い。「出席する会議の8割は時間の無駄」「会議に出席していれば仕事をしていると勘違いしている人が多い」と言い切る受講生もいるほどである。しかしそこで私が「では、そんな会議の現状を変えるために、あなたやあなたの組織は何をしていますか?」と質問すると、なかなか回答は返ってこない。
悲しいことだがこれが現実である。会議が重要な場であることは誰もが認識していながら、真に生産的な会議を行うための組織的な取り組みが行われている企業、団体はほんの一握りに過ぎないのだ。
【「目に見える議論」による会議の生産性の向上】
そこで提案したいのが、コラジェクタ®による「目に見える議論」の実践である。コラジェクタ®は仕組みとしてはいたって単純で、パソコンのMicrosoft PowerPoint等の画面を液晶プロジェクター等を使って大画面に投影するだけのものだ。そして会議の参加者はその画面上にリアルタイムで記録される論旨や論点、論脈を見ながら議論を行うのである。
論旨が可視化されることによって議論のすれ違いや脱線は極小化され、議論のプロセスやキーワード間の関係性が図解で表現されると、議論全体の構造が整理されて次の展開が明確になる。なにより、論旨や論点が目の前に保持されているために、それに触発された意見が出やすくなり、まさに前回述べたジャムセッションのように会議が活性化する。そして、従来のホワイトボードを使った会議では不可能であった、データの複製と再利用というITとしての特性を活かし、図解された情報の再構成を行うと、新たな発見や発想も誘発されやすくなるのだ。
ここで「そんな仕組み、とっくに使って会議してるよ」と思われた方もいるだろう。しかしながら、本当にそれを使いこなして生産的な会議を行っている方々はごく少数であると考える。なぜなら、そこでは「議論を活性化させるための思考法」や「議論を整理するための図解の知識と技術」、そしてそれらを効率的に行うための「会議という場に特化したパソコンのテクニック」が求められ、これらは一部の方々を除けば、意識的な能力開発と経験によって“身体知”化させる必要があるからだ。
【コラジェクタ®が創る「会議のプロフェッショナル」】
全てのビジネスパースンは職務においてなんらかのプロフェッショナルである。それは例えば営業、財務といった職種上、そして自分が関わる商品や業種においてプロである必要があるからだ。しかし、あらゆるビジネスにおいて重要な「会議」のプロがどのくらいいるのだろうか。職務のみならず会議においてもプロであるべきではないだろうか。
コラジェクタ®は会議の参加者にプロフェッショナルであることを求める。パソコンのオペレーターであるヴィジュアライザー(可視化する者)は、従来の書記役とは大きく異なり、「日本語の同時通訳」機能を持ち、会議での発言のエッセンスだけを抽出する。論旨・論点・論脈を素早く目に見える形にする、会議のプロである。また、ヴィジュアライザーと連携して議論の活性化と整理をナビゲートするファシリテータも、常に他者を触発し、触発されることを念頭に置いて会議に臨むコラボレータも、従来の司会者や参加者とは異なる機能を有した会議のプロなのである。
会議というコラボレーションの現場が、会議のプロ同士のジャムセッションの場に変わっていけば、必然的にアウトプットの質は向上する。また人材開発の側面からも、こうした「会議のプロフェッショナル」の育成は、企業や団体の組織力の向上に大きな意味を持つであろう。つまり、コラジェクタ®は会議支援ツールであると同時に、能力開発ツールとしても位置づけられるのである。
私は、コラジェクタ®を使いこなす力を「仕事の方法論」として身に付けた数多くのビジネスパースンが、会議のプロフェッショナルとして活躍し、そしてこの混沌とした時代を切り開いていってくれることを切に願っている。
(『月刊丸の内』2002年10・11月号より)

桑畑幸博(くわはた・ゆきひろ)
大手ITベンダーにてシステムインテグレーションやグループウェアコンサルティング等に携わる。社内プロジェクトでコラボレーション支援の研究を行い、論旨・論点・論脈を図解しながら会議を行う手法「コラジェクタ®」を開発。現在は慶應MCCでプログラム企画や講師を務める。
また、ビジネス誌の図解特集におけるコメンテイターや外部セミナーでの講師、シンポジウムにおけるファシリテーター等の活動も積極的に行っている。コンピューター利用教育協議会(CIEC)、日本ファシリテーション協会(FAJ)会員。
主な著書に、『すごい結果を出す人の「巻き込む」技術 なぜ皆があの人に動かされてしまうのか?』(大和出版)『日本で一番使える会議ファシリテーションの本』(大和出版)『論理思考のレシピ』(日本能率協会マネジメントセンター)などがある。
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