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ピックアップレポート

2011年11月08日

モダン・マーケティング・リテラシー

池尾恭一
慶應義塾大学大学院経営管理研究科 ビジネス・スクール教授

 マーケティングとは、製品や広告など、様々な手段を動員して、販売を体系的・効率的・効果的に支援するためのものである。かのP.・ドラッカーの言葉を借りれば、こうした「マーケティングの目的は、顧客について十分に理解し、顧客に合った製品やサービスが自然に売れるようにして、セリングを不要にすること」、なのである(Drucker 1974)。

 したがって、マーケティングの善し悪しは、販売の善し悪しに影響を与える。もっとも、景気がよいときには、供給が足りないといったことも起こりやすく、多少マーケティングに問題があっても、そのことが業績には反映されにくい。逆に、景気が悪くなると、買い手は選択の目を厳しくし、よりよいマーケティングの製品やサービスしか購買しない。そのため、景気が悪くなると、マーケティングの善し悪しが、業績の善し悪しにより結びつきやすくなり、マーケティングへの注目が高まる傾向にある。

 わが国にマーケティングが本格的に導入されたのは第二次世界大戦後の1950年代半ばのことであったが、折からの高度経済成長のもとでの需要の急激な伸びがみられ、供給がそれに対応できない場面も少なくなく、それだけに、いまから考えると、企業業績に果たすマーケティングの役割は、必ずしも大きくなかったのかもしれない。それが、1970年代中頃からの安定経済成長期への移行、さらには1990年代のバブル経済崩壊後の経済の停滞を経て、本格的マーケティングの必要性が次第に高まっていった。

 本書は、こうしたマーケティングに関する、統一的な体系のもとでの理解の醸成を目的としている。その内容は、第I部「マーケティングの考え方」、第II部「外部環境とマーケティング戦略」、第III部「市場環境の捉え方」、第IV部「マーケティング・ミックスの定石」、第V部「競争環境とマーケティング戦略」から構成され、図「本書の全体像」のように示される。

 まず、第I部の二つの章では、単なる売り込み手段の寄せ集めではない、セリングを不要にするためのマーケティングとは、いかなる考え方のもとに成り立っているのかを検討する。すなわち、マーケティングの中心課題は、競合企業に対する相対的競争優位性を見据えたなかでの、製品に代表されるマーケティング諸手段と市場環境との適合であり、その具体的なあり方が、実際のケースを用いて説明される。

 続く第II部では、市場環境や競争環境といった、マーケティングを取り巻く外部環境が概観されるとともに、環境選択、とりわけ市場標的選択(だれに売るか)の重要性と進め方が述べられる。そのうえで、この市場標的選択を一部として含む、環境適応におけるマーケティング戦略の役割が、企業戦略との対応のなかで、論じられる。

 下図において、マーケティング戦略は、市場標的の選択、提供価値の選択(いかなる価値を提供するか)、価値提供方法の選択(いかなる方法で価値を提供するか=いかにライバルに対して差別化を図るか)を内容とするものであり、企業戦略や自社の強み・弱みと相互依存の関係にある。また、それは、購買特性と競合企業に対する相対的競争優位性を通じて、マーケティング諸手段と市場環境との適合のあり方に、方向性を与える。それだけに、マーケティング戦略は、マーケティング諸手段の計画過程のなかで、最も創造的な思考が必要とされる部分だといってよいであろう。

 第III部では、市場環境を理解するための基本的な枠組みが提示されるとともに、その枠組みのなかで、互いに適合すべきマーケティング諸手段と市場環境の関わり方が示される。

 次いで、第IV部は、消費者の購買のあり方を規定する購買特性として、購買関与度と製品判断力(第9章参照)に注目し、マーケティング戦略のなかでも、とりわけ市場標的の選択と提供価値の選択によって影響されるこれらの購買特性が、市場適合のためのマーケティング諸手段の組合せをいかに規定するかを検討する。つまり、「こうした場合にはこうしたマーケティング諸手段の組合せが有効になる」といった、条件対応型定石の検討である。

 第V部では、競合企業に対する相対的競争優位性に注目したマーケティング戦略のあり方を学ぶとともに、そうした競争対抗上の配慮をいかに市場環境の要請と調和させて、市場志向のマーケティング戦略を実現していくかを、再び購買特性との対応のなかで検討する。

 見られるように、本書が想定するマーケティングの中心課題は、競合企業に対する相対的競争優位性を見据えたなかでの、製品に代表されるマーケティング諸手段と市場環境との適合である。この課題の解決に向けて、創造的思考と定石を駆使していくための体系を提示することが、本書のより具体的な狙いである。

 こうした内容を持つ本書が、わが国においていま求められているマーケティング理解の醸成に資することができれば幸いである。

※2011年9月に出版された池尾恭一著『モダン・マーケティング・リテラシー』の「はじめに」より著者の許可を得て転載。無断転載を禁じる。

池尾恭一(いけお・きょういちお)
池尾恭一
  • 慶應義塾大学大学院経営管理研究科 ビジネス・スクール教授

慶應義塾大学商学部卒業。慶應義塾大学大学院商学研究科修士課程・博士課程修了。関西学院大学商学部専任講師などを経て、現職。商学博士(慶應義塾大学)。この間、1981年~82年ペンシルバニア州立大学に、1988年ハーバード大学にそれぞれ客員研究員として留学。

  • 担当プログラム

価値創造のためのマーケティング戦略

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