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2012年08月14日

高山 信彦「経営学を「使える武器」にする」

高山 信彦
株式会社イナクト 代表取締役社長

 はじめまして。高山信彦と申します。
 この本を手にとって下さった皆さんに、まずは私が何者なのかというお話をしなければなりません。しかし、これがなかなか難しい。
 一般的には、私は「経営コンサルタント」と呼ばれています。確かに、様々な会社の経営革新をお手伝いしているという意味ではコンサルタントに違いありません。しかし、私は契約を結んだ企業に対して1枚のレポートも提出しません。中期経営計画の草案を書くこともないし、新手の経営手法を押し付けることもない。パワーポイントできれいな資料を作って、永遠に実現できない「輝かしい空想上の未来」を示すこともありません。
 私はまた、「人材研修の講師」と呼ばれることもあります。確かに、様々な企業に足を運んで、人材研修の教壇に立っています。「高山先生」と呼ばれてもいます。でも、一度だけ会社を訪ねて講釈を垂れて、生徒が「分かったつもり」になるけれど翌朝にはきれいさっぱり忘れていて何にも残らない、はいサヨナラ1回いくらです、というような講師稼業はやっていません。私自身は、どちらかと言うと、目的もない自己研鑽なんて何の意味もないと思っています。


 自分自身では、私がやっていることは、「経営コンサルタント」と「人材研修の講師」の中間あたりにあるんじゃないかと思います。手法は「人材研修」です。でも狙いは「経営革新」「事業革新」なんです。その意味で私は、経営コンサルタントでもあり、人材研修の講師でもあります。
 ある企業と契約すると私は、企業内に開設したゼミナール方式の「授業」で、生徒として集まった社員たちに、徹底的に考えさせ、調べさせます。題材は、その企業の経営戦略そのものです。それまで上司に言われるがままに仕事をこなしていればよかった生徒たちは戸惑います。戦略を考えるのは経営者の仕事だと思っていたわけですから。それでも一流の経営書を穴が開くほど読み込ませ、汗を流して調べつくし、考えつくすことを求めます。そうして彼ら彼女らが苦心して導き出した答えを、私は何度も撥ね退けます。「もっと考えろ」「もっと調べろ」と。その過程で彼らは時に自尊心を傷つけられ、涙を流すこともある。
 そうやって、彼ら彼女らが自らの手で「戦略」というものを摑みとることのお手伝いをするのが私の仕事です。そういう「考える社員」を、授業を通じて毎年生み出し続けることで、会社の経営風土をじわりじわりと変えていく。1枚のレポートも作らないけれど、私の授業を頑張り抜いた生徒の一人ひとりを、それに代わるものとして契約企業にお返ししているつもりなんです。
 私の授業で議論された戦略はすぐに実践に移されます。多くの場合、研修には経営陣にも顔を出してもらいます。議論は空論ではなく、知的遊戯でもない。研修の場は、それぞれの社員の成長の場でもあり、同時にその企業の経営戦略策定の場でもあります。
 私はほぼ1人で仕事をしています。会社組織にはしていますが、実質的に1人だけの会社です。ハーバードやスタンフォードなど海外の一流大学で経営学修士(MBA)を修めたわけではありませんし、名の通ったコンサルティングファームに属しているわけでもありません。経営学は大学院で学んでいますが、博士やら教授やらの肩書きを持っているわけでもありません。それでも、私のやり方と成果を評価してくれた数多くの企業が、契約を結んでくれました。本書に登場する東レ、みずほフィナンシャルグループ、JR西日本、ツネイシホールディングスの他に、住友重機械工業、パナソニック(旧パナソニック電工)、商船三井、東芝、シスメックス、サンデン、古河電工、四国電力、カイタック・・・・・・等々と仕事をさせて頂いています。1990年に独立して以来、造船、鉄道、航空、電機、電力、合繊、機械、情報通信、製薬、広告代理店と多岐に渡る業界の30社ほどの会社で教鞭を執ってきました。一度お引き受けすると長期間を担当させて頂くのも特徴で、10年以上継続するのは普通です。長期間継続することにより、生徒個人ではなく事業部全体、会社全体を巻き込んだ変革をもたらすのです。
 元々は新卒で富士ゼロックスに入社して11年間在籍し、複写機を売る営業、人事教育、社長室(新規事業開発担当)などを経験しました。在職中に慶應義塾大学大学院経営管理研究科に企業派遣して頂き、経営学(ゼミは経営政策・マーケティング)を学びました。つまり、国産MBAホルダーに過ぎません。
 なぜ、何の組織の後ろ盾もない一介の講師兼コンサルタントに一流企業の皆さんから依頼が集まるのか。その理由の1つには、世間にあふれている安易な「経営学」への不満があるからだ、と私は思っています。
 本屋さんに行けば、経営学に関する本があふれています。アカデミックなものから、実際の経営者に関するものまで。でもその大半は「事例」から「法則」を導く「帰納的」なアプローチによるものです。「A社はXで成功した」「B社もXで成功した」「C社も同様だ」。であれば、「企業はXをするべきだ」となります。一見、とても論理的です。勉強にもなる。でも考えてみてください。こうしたアプローチには「Xをしても成功しなかった企業はないのか」「どうすればXができるのか」という視点が欠落していませんか。
 経営学というものが科学を称するなら、「再現性」が必要なはずです。ある「事例」から「法則」を導いたら、その法則は別の環境でも同じ事例をもたらさなければならない。小学校の理科室で実験しても、自宅のコップで実験しても、大学の研究施設で実験しても、過酸化水素水に二酸化マンガンを入れたら酸素がゴポゴポと発生する。これは科学的な「法則」です。でも「A社はXで成功した」ことから「企業はXをするべきだ」と「法則化」しても、じゃあやってみるかと他社が「法則」をやってみても、ちっとも会社がよくならない。ちょっと過激に聞こえるかもしれませんが、本屋さんに並んでいる経営学の本の大半は、実際の企業価値向上には何の役にも立ちません。もちろん、本の学問的な価値まで否定しているわけではありませんが。
 一方、そんなに多くは無いけれども、企業価値向上に役立つ経営学の本が本当にあるのも確かです。ただ、それをそのまま社員が読んでも内容が理解できない。内容を理解できても、自社の戦略に適用できない。自社の戦略に適用できても実際に戦略が機能しない。それはいわば「動かない経営学」です。どんな立派な経営学の本を採用しても、使い方に工夫をしないと企業はぴくりとも動かない。誰かが抽出した法則を漫然と当てはめても、企業が動くはずがない。
 私の授業は、「経営学を動かす」ことによって「経営を動かす」ものです。これまで何冊も経営書を読んできて、立派な理屈や最新の経営学用語は覚えたものの、結局何も成し遂げられなかった生徒たちも、私の授業に参加して変わっていきます。誰かが摑み取ったものを移植するだけでは、経営は動かないということを知るからです。業界、市場、企業風土、社員の個性などなど無数の変数が存在する企業社会において、経営学の「法則」は、汗を流し考え抜いて自らの手で摑み取るしかない。だから私は「経営コンサルタント」として私の中にある「法則」を企業に押し付けることはしません。
 授業を通じて、生徒たちと一緒に、まだ誰も手にしたことのないその会社にとっての「正解の戦略」を探すこと。これが私の授業のスタイルです。誰かが埋めた正解を発掘するのではなく、正解があるかどうかも分からないままにそれを探すのはつらい。でも、その分、たどり着いた時の喜びは途方もなく大きなものになります。
 この本を通じて、読者の皆さんにも、ぜひそれぞれにとっての「戦略」を自らの手で摑み取って、使える武器としての経営学を身につけていただきたいと思います。この本が、そのためのきっかけになれば幸いです。

※2012年5月に出版された高山信彦著『経営学を「使える武器」にする』の「はじめに」より著者、出版社の許可を得て改編・転載。無断転載を禁ずる。

高山信彦(たかやま のぶひこ)
株式会社イナクト 代表取締役社長
慶應MCCプログラム「経営戦略―成長のための戦略思考」講師

1956年山口県生まれ。株式会社イナクト代表取締役。慶應義塾大学法学部卒業後、富士ゼロックス株式会社に入社。在職中の1987年~1988年に慶應義塾大学大学院経営管理研究科に派遣され、経営学修士号(MBA)を取得。1991年株式会社イナクトを設立し、選抜人材を対象とした企業内ビジネススクールを企画、運営している。経営学の基本概念を習得させた後、経営戦略の策定から実践にまで至るその研修スタイルが、多くの企業から絶大な支持を得ている。
主な著書に『経営学を「使える武器」にする』(新潮社)、『アントルプレナー創造』(共著、生産性出版)がある。

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