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ピックアップレポート

2016年07月12日

服部 泰宏 「採用学」の視点で見直す日本の採用活動の常識

服部泰宏
横浜国立大学大学院 国際社会科学研究院(経営学部)准教授

ご存じのように、2016年卒採用から、会社説明会などの広報活動が大学3年生の12月から3月へ、面接などの選考開始が4年生の4月から8月へ、それぞれ「後ろ倒し」されることになった。内定時期は4年生の10月に固定されたままになっているので、企業にとっては、「採用」を目的として正面きって学生と接触できる期間が10カ月から7カ月へと短縮されたことになる。

とはいえ、これはあくまで表面上のことである。優秀な人材を確保したい多く企業が、上記の期間よりも前に水面下での採用活動を開始している。教育目的の「インターンシップ」と銘打った事実上の「選抜」を行ったり、大学のゼミナールや研究室に直接アプローチして、優秀な学生の囲い込みを図った企業も多く、現実の採用活動の期間は長期化した。2016年卒採用においては、日本企業の採用熱が例年以上に高かったことが、こうした動きに拍車をかけたのである。

経団連の「指針」を守る義務のない非加盟の中小・ベンチャー企業にとっても、決して他人事ではなかった。これまで中小・ベンチャー企業の採用活動といえば、大企業の採用活動「前」あるいは「後」に、大企業を選択しなかった学生や、そこに行けなかった学生を採るものと相場が決まっていた。ところが大企業の採用活動が繰り下げられた2016年卒採用においては、両者の採用活動時期がまともにぶつかるケースが頻発したのである。これにより、予定していた採用人数を大きく割り込み、学生たちが卒業する3月ギリギリまで採用活動を継続せざるをえない企業が少なからずあった。こうして、ただでさえ混乱しているところに、2017年卒採用からは選考開始が8月から6月へと再度変更されることが発表され、その事がさらなる混乱を生んだ。

こうした事態に対する企業と学生の反応はさまざまである。他社の動向を慎重に探りつつ、それに歩調を合わせるように採用活動を行った企業もあれば、これを機にこれまでとまったく異なる採用を打ち出したところもある。変化をチャンスと捉えて採用活動のイノベーションを起こし、大企業を凌駕する優秀な人材を採用した中小・ベンチャー企業がある一方で、変化に対して後手後手の対応しかできず、予定をはるかに下回る人材しか確保できなかった大企業も現れた。

学生の反応も一様ではなかった。他者に遅れをとらないよう、大学3年生の前半からインターンシップへの参加や積極的な情報収集を開始し、たくさんの内定を手にした者がいる一方で、大学4年生になっても就職活動に対するやる気が起こらず、結局、就職留年の憂き目にあった者もいる。

私は、経営・行動科学(企業と人間の行動を科学的に分析する専門領域)を専攻する研究者であり、最近では特に、科学的な観点から日本の採用活動を捉え直す「採用学」の確立に力をそそいでいる。

「採用」の研究をするにしても、なぜ欧米の研究者がいうような「面接研究」とか「適性検査研究」ではなく、「採用学」などというたいそうな名前を使ったのか。端的にいうならば、「組織と人がはじめて出会う『採用』という場面において、両者の良い出会いと、お互いの発展を阻害する問題を明らかにし、その解決の方法を科学的に解き明かすこと。そのことを通じて、『採用』という観点から、『採用』に出来る範囲の中で、より良き社会の実現に貢献すること」、これこそが私の研究の目的であり、「採用学」という言葉に込めた思いだ。だから私は、「面接研究」でも「適性検査研究」でもなく「採用学」という言葉を使いたかった、というよりも、使わずにはいられなかった。

科学の深化は研究分野の細分化を必然的に伴うものであり、その意味で、採用に関わる研究が「局地戦」になっていくのはある程度仕方のないことなのかもしれない。面接の研究をしている人は「良い面接とは何か」を問い、求職者の意思決定の研究に興味がある人は「求職者の意思決定メカニズムとは一体どのようなものか」と問う……そうしたこと自体は、もはや避けられないことなのかもしれない。

ただ、仮に一つ一つの研究が局地戦になっていくとしても、自分がどのような大きな目的に向かって研究をしているのか、自らの研究は結局のところ社会に対して何をもたらすためのものなのか、ということ自体は決して見失ってはならないと思う。面接の研究や適性検査の研究や求職者の意思決定の研究は、いずれも「他者との協働を通じていかに成し遂げるかを探求する」という経営学の使命を果たすために存在しているのだし、さらにいえば、「科学をつうじて人間が構成する社会を、より良きものにしていく」という社会科学の大きな使命のもとで、はじめて存在しうるはずだ。面接の研究や、適性検査の研究は、採用の観点から社会科学の大きな使命に貢献することを最終的な目的として行われるべきなのだ。

私が本書で読者の皆さんに伝えたいことをあえて一言でまとめるとすれば、こういうことだろうか。
「いま日本の採用活動は大きく変わろうとしている。そして、今後もますます大きく変わっていくだろう。企業としては、そうした流れに絶対乗り遅れてはならないわけだが、そのためには自社の採用を足元から見つめ直し、変革する必要がある。そして幸運なことに、そうした変革のための考え方やガイドラインは、すでに科学的手法によって用意されている」

その意味でこの本は、何よりもまず企業の大小を問わず採用という業務に携わっている方、とりわけ、これまでとは違った新しい採用、他社のモノマネではなく自社なりの採用に挑戦しようとしている人事パーソンや経営者を対象に書かれている。同時に本書は、「採用なんてルーティン業務だ」「採用で何が変わるのだ」と考えているすべてのビジネスパーソンたちへのウェークアップコール(警鐘)であり、もし現実に日本の採用が「ルーティン業務」になってしまっているとしいたら、そうした過去の採用への決別宣言でもある。

この本が皆さんの思考を活性化し、議論を呼び、皆さん自身がそれぞれの立場から採用や就職のあり方について議論し、その中から一人でも、新しい採用に向けた具体的なアクションをとる方が出てくれば、筆者としてこれ以上の喜びはない。

とにかく、いま「採用」の最前線は最高に熱いのだ。
 
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採用学』のまえがきおよびあとがきを著者と出版社の許可を得て改編。無断転載を禁ずる。

服部泰宏(はっとり・やすひろ)
  • 横浜国立大学大学院 国際社会科学研究院(経営学部)准教授
2009年神戸大学大学院経営学研究科博士課程後期課程修了(経営学博士)。滋賀大学経済学部専任講師、准教授を経て、現職。主として、日本企業における組織と個人の関わりあいに関する行動科学的研究活動に従事。2013年以降は、人材の「採用」に関する行動科学的アプローチである「採用学」の確立に向けた研究・活動にも従事。
2010年に第26回組織学会高宮賞を受賞。
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