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2018年07月10日

海部 陽介「3万年前の祖先たちの大いなる挑戦」

海部 陽介
国立科学博物館人類研究部人類史研究グループ長、「3万年前の航海 徹底再現プロジェクト」代表

はじめに

最初の日本列島人は、3万年以上前に、海を越えてやって来ました。それは、アフリカを旅立ったホモ・サピエンスが、陸域を越えて海にも活動域を広げながら、世界中へ大拡散した壮大な歴史の一幕だったのです(以下にテレビ番組の案内があります)。

この祖先たちの海への挑戦を、できる限り詳細に解き明かしたい――私たちはそんな思いに駆られて、このプロジェクトを立ち上げました。ここでは彼らの大航海を研究し、さらに海の上で再現(実験航海)することによって、未知の世界を切り開いていった祖先たちの知られざる姿に迫ります。

プロジェクトは過去2年間の試行を経て、いよいよ来年に予定している本番の実験航海へ向けた準備に入りました。本番とは、世界最大の海流である黒潮を越え、台湾から与那国島を目指す難関へのチャレンジ。私たちはそれまでに残された謎を解き、「当時はこうであったはずだ」という最高の仮説を用意して、それに臨みます。この最終目標を実現させるために、ぜひ、応援をよろしくお願いいたします。

彼らは航海者だった

4万~3万年前の間に、対馬海峡・伊豆諸島・琉球列島の各所で、祖先たちが海を越えた証拠が見つかっています。これらは偶然の漂流ではなかったはずです。多数の男女が集団で渡らなければ、島で人口を維持できません。さらに本州では、3万8000年前に伊豆の島から黒曜石を運び込んでいた証拠があり、当時から意図的な往復航海が行なわれていたことが明らかです。

日本人の祖先は、黒潮に乗って南方から漂着したという説があります。しかし私たちが実際の海流を分析した結果からは、漂流で島に着く確率はきわめて低いことが判明しました。つまり最初の日本列島人は、航海者だったのです。

注目すべき琉球の島々への渡来

想定される日本列島への3つの渡来ルート(対馬・沖縄・北海道)の中で、とりわけ注目すべきは、沖縄島を含む琉球列島(南西諸島)への渡来でしょう(図1)。九州と台湾の間に1200kmにわたって連なるこの列島の全域に、3万年前頃、突然、人類が現れました。

図1)想定される日本列島への3つの渡来ルート

琉球列島への進出は、当時の人類が成し遂げた最も難しい航海だったと考えられます。ここでは島々が小さいため、それだけ到達が困難であるだけでなく、島間距離が数十から200 km以上に及び、場所によっては隣の島が見えません。さらにそこには世界最大の海流である黒潮が流れており、それが当時も今のように行く手を阻んでいた可能性が高いのです(図2)。

図2)琉球列島の主な遺跡と現在の黒潮の流路(矢印)

このような難関を、祖先たちはどんな技術で、どのように突破したのでしょう? それを理解するために、私たちは研究と実験のフィールドとして、琉球列島を選びました。

証拠をもとに舟を復元し、実験航海

太古の舟は遺跡に残っていませんが、その素材は草・竹・木のどれかに絞られます。私たちはそれらを全て試作してテストし、どの舟が使われたのかを探ります(図3)。さらに当時の地理・海流、移住に必要な人数、帆の有無など、様々な研究を進めて3万年前の「徹底再現」を目指すのが、このプロジェクトです。この大きな目標のため、60名にのぼる研究者・探検家・サポートスタッフが協力しています。

図3)草束舟(左)、竹筏舟(中央)、縄文丸木舟(右:舞鶴市協力)のテスト航海

実験航海は、以下のようにして、できるだけ3万年前に近い条件で行ないます。

  • 地図、GPS、コンパス、時計などの現代機器は持たない。
  • 伴走船から位置や針路についての情報を入れない。
  • 冒険でなく移住なので、男女の集団で行く。
  • 漕ぎ手は途中交替しない。

プロジェクトの実現

アジアの人類進化史を研究し、ホモ・サピエンスの海洋進出に興味を抱いていた私が、実験航海の構想を具体化させたのは2012年のことでした。アイディアの面白さはすぐに共有され、頼もしい仲間が集まって強力な研究チームができましたが、問題は資金でした。研究だけなら科研費などの公的資金で行えますが、舟を作って実験航海しその撮影記録も残すとなると、別の資金を探さなければなりません。

そこで2016年2~4月に、第一弾のクラウドファンディングを実施しました。これは日本の国立博物館で初めての試みでしたが、最終的に875名の方々から合計2638万円もの支援が寄せられ、見事に成功。この他に1044万円の寄付金、139万円に上った博物館内での募金で、私たちは当初2年間分の実験活動を進めることができました。応援頂いた皆様に、深く感謝しております。

これまでの実験(2016~2017年)

「当時の道具で伐採・加工が可能か」を検証しながら、草と竹の舟を作ってその特性を調べ、さらに丸木舟のテストにも着手しました(図3)。

  • 2016年5~7月 草束舟(どなん号・シラス号)のテスト:与那国島
  • 2017年3~6月 竹筏舟(イラ号)のテスト:台湾
  • 2017年9 3万年前の道具による大木の伐採実験:能登
  • 2017年10月 縄文丸木舟(うらにゅう号)のテスト:若狭湾

草束舟と竹筏舟の海上実験は、思い通りにならない天候と海況、普段より強まっていた海流などに悩まされました。テスト航海自体は失敗に終わりましたが、舟の速度や変動する海流予測など今後の課題が明確になり、さらに漕ぎ手がGPSに頼らない古代航海術を体験し、日台の共同運営体制が整うなど、様々な成果が上がりました。

丸木舟の漕ぎテストは、6000年前の縄文時代の丸木舟の復元舟で行いましたが、これは丸木舟そのものを理解すると同時に、ほとんど研究されていない縄文時代の航海術について理解を深め、それを30000年前の類推に生かそうとの発想に基づくものです。

本番の実験航海(2018~2019年の予定)

2019年に台湾→与那国島の航海を再現することが、私たちの最終目標です(図4)。これは、琉球列島南部に到達した祖先たちが越えたであろう最初の関門で、その距離およそ200km。巨大な黒潮を越え、水平線の下にある見えない島を2~3日かけて目指す、タフなチャレンジになるでしょう。

図4)2019年に予定している本番の実験航海の航路

3万年前に使われた舟は、まだ不明です。今後、私たちは草と竹に加えて、丸木舟の可能性も探ります。帆は縄文・弥生時代ですら使われていないので、旧石器時代の舟は漕ぎ舟であったはずです。このように研究と実験を繰り返した後、3万年前として最も妥当なモデルを選んで本番の実験航海に挑みます(詳細は公式ホームページに紹介予定の「残された12の謎」をご覧ください)。それをやり遂げたとき、祖先たちの海への挑戦の実態がわかってくるはずです。

見えないと言われた島は見えた!――祖先たちの作戦は?

祖先たちはどうやって島を見つけ、どのような作戦を立てて島を目指したのか・・・本番の航海計画は、このシナリオづくりから始まります。しかしこのプランは、最初からつまずきました。現地の人によれば、台湾から与那国島は見えないというのです。高山に登れば見えると踏んでいたのですが、そこで暮らす長老に聞いても、観光局に聞いても、答えはノーでした。それでもあきらめずに2017年4月に台湾で広告を出したところ、情報が出てきたのです!

2017年8月には、私自身も台湾の山で4日間過ごし、自分の眼で与那国島を確認することができました(図5)。これでようやくシナリオが描けます――山の上から島をみつけた祖先たちは、舟で沖へ出ると必ず北へ流されることを知り(黒潮の存在)、まっすぐ島を目指すのは不可能なことを悟ります。そこで南から出発する計画を立てるのですが、小さな与那国島は、半径50km圏内に入らないと海上から見えません。従って航路の大半は、星などを頼りに、水平線の下に隠れる与那国島の方向を目指すことになるのです(図4)。このように祖先たちの立場で考えると、この航海が予想以上に困難であることがわかってきました。

図5)台湾の山から見えた与那国島。夕方の一瞬だけ、雲の合間にその姿を現した。撮影:海部陽介(2017.8.27)

誰もが参加できるプロジェクト

普通の研究は、計画が完了してから成果公表しますが、「3万年前の航海 徹底再現プロジェクト」では、私たちの試行錯誤や悩みも含む進行状況を全てオープンにし、謎解きの楽しさと興奮を、少しでも多くの皆様と共有したいと考えました。そのため、費用はかかりますが、プロによる撮影など広報素材の充実に努めています(公式ホームページにある動画等をご覧ください)。

さらにクラウドファンディングのご支援で「会員」になられた方には、最新情報を定期的にお伝えし、研究チームと直接交流する機会を設け、時にフィードバックも頂くかたちで、プロジェクトに“ご参加”頂いています。始めてみて実感していますが、クラウドファンディングは、そのように支援者と実行者の双方にメリットがある、とてもうまい仕組みだと思います。

テレビ番組のご案内

7月15日放送予定のNHKスペシャルで、私たちのこれまでの活動が、人類の壮大な歴史とともに紹介されます。ぜひご覧ください。
NHKスペシャル「人類誕生」第3集 ホモ・サピエンス ついに日本へ!
2018年7月15日(日)午後9:00~9:49
http://www.nhk.or.jp/special/jinrui/

本番の実現にご協力ください!

最終目標の台湾→与那国島航海を実現するため、2018年9月14日(金)23:00まで、クラウドファンディングを実施中です。上述の最新情報提供や研究チームとの交流以外にも、国立科学博物館が提供する様々な特典を用意します。ご関心のある方は、下記のウェブサイトをご覧の上、ぜひ会員になられ、3万年前の謎解明にご協力頂ければ幸いです。

クラウドファンディング・ウェブサイト
2018年7月8日21:00~9月14日23:00
https://readyfor.jp/projects/koukai2

ご支援についての問合せ先
READYFOR株式会社 3万年前の航海徹底再現プロジェクト事務局
03-6801-5767

プロジェクト公式ホームページ
3万年前の航海徹底再現プロジェクト
https://www.kahaku.go.jp/research/activities/special/koukai/

海部 陽介(かいふ・ようすけ)
海部陽介

  • 国立科学博物館人類研究部人類史研究グループ長、「3万年前の航海 徹底再現プロジェクト」代表
人類進化学者。理学博士。1969年生まれ。東京大学卒業。東京大学大学院理学系研究科博士課程中退。化石などから約200万年におよぶアジアの人類進化・拡散史を研究している。その功績で第9回(平成24年度)日本学術振興会賞受賞。著書に『日本人はどこから来たのか』(文藝春秋 2016)、『人類がたどってきた道』(NHKブックス 2005)など。
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