ピックアップレポート
2018年11月13日
野田 稔「戦略的趣味選びのすすめ」
還暦を迎え、振り返る
人生100年時代、定年後第二の人生が当たり前のように問われる時代となりました。
私事ながら去年、還暦を迎えました。否も応もなく、それまでの人生を振り返り、今までの人生の仮総括のような心持ちでした。
子どもの頃からいつもそれなりに挑戦をしていました。大学、就職先、大学院進学などその時々の選択も挑戦でした。新卒で入社した会社を退職して大学教員の道に進み、マスコミでの仕事を始め、複数の会社のコンサルタントや顧問を務め、研修ビジネスもスタートしました。このように50歳になるまではいろいろなことに挑戦し、自己投資もしてきたと言えました。
決して人任せの人生ではなく、私なりに頑張ってきたつもりでした。しかし、50歳から60歳までの10年間、私はそうした積極的な試みをあまりしてこなかったことに気づいたのです。
安全・安心を目的とするのは、実は危険なことです。もう一度50代を過ごせるとすれば、30代や40代で行ってきた自己投資やトライを超える、さらにアグレッシブなトライをするでしょう。なぜなら、その方が結果として安全であり、安心を得られる近道だからです。なすべきと信じること、本心からやってみたいと思うことを真剣に行い、成功し、その結果として安心・安全も手に入るのです。
こうして振り返り私は、60歳となった今からでも遅くない、これからの新たなステージでいまの自分なりのトライをしていきたいと、心新たにし、行動を始めたところです。
実は大きい、趣味の存在
ところで、もうひとつ、とても考えさせられたることがありました。
定年後に「趣味」が果たす役割が想像以上に大きい、ということです。
私の友人にそれこそ「趣味の達人」と呼びたくなるような人が少なからずいます。その友人たちを見ていて、以前は「仕事に打ち込めないから、趣味に走るのだろう」程度にしか思っていなかったのですが、これは私の大きな間違いでした。
若い時は家庭も忙しく仕事も充実していますから、趣味のあるなしはさほど大きな差とはなりません。しかし、先の長い人生を豊かに送るためには、実は趣味の存在は小さくないと気づいたのです。
重荷から解放され時間を有意義に過ごす。新たな友人、同好の士を見つけて充実した人生を送る。人から感謝され、尊敬され、一目置かれることで認知欲求を満たしていく。そのためには趣味の果たす役割が実に大きい。「楽しんで熱中できる何か」を持つことの重要性にいまさらながら気づいたわけです。
真剣に努力して時間を費やすから面白い
例えば、私と同期で野村総合研究所に入社し、同じ日に独身寮に入寮したAさんがいます。若い頃は同じ部の隣の課で働いていました。私と同じく温泉好きで同好会を作り、よく一緒に旅行もしました。
彼は定年前に、本業の一環として決算書の分析に関する本を上梓しました。
それがなかなかの人気で、その後立て続けに何冊か出版を重ねました。そして彼は60歳となり、定年を迎えます。野村総合研究所は65歳までの雇用延長が認められます。彼も雇用延長を申請したものの、週3日の短時間勤務を選びました。「なぜだろう?」と思いましたが、その理由はすぐにわかりました。彼は二足の草鞋を履くことを決めたからです。彼にはいろいろな趣味があるのですが、とりわけ2つの領域に心血を注いでいました。
1つはビール缶コレクションです。
日本各地はもとより、世界各国のビール缶を収集しています。年代別、ブランド別、記念缶や果てはエラーラベルものなどなど……海外はもちろん、ご当地ビール缶や様々な記念缶を求めて日本中を旅しています。
私もずいぶんと協力しました。当時海外出張が多く、しかもニューヨークやロンドンという大都市だけでなく、中米コスタリカであるとか、当時はまだ壁の向こうであった共産圏の東ヨーロッパの国々まで様々な目的で足を運びました。その度に目についたビール缶を購入してきました。
彼はその趣味が高じて、ビール缶のコレクションルームのためにマンションを一部屋借りて、いろいろと工夫して陳列をしています。ビール缶コレクターは彼のほかにももちろんいますが、彼のところにしかない缶もあるようです。ビールメーカーなどから写真を撮らせてほしいという依頼もよく舞い込んでくるようです。
そして彼は近いうちに、この趣味でまた1冊の本を書きたいと準備を進めています。本業関連で作った出版社との関係がここでものをいうわけです。
彼はまた、選挙マニアでもあります。
どういうマニアかというと、主に国政選挙で、全候補者の経歴などを調べ上げ、データを集め、分析をして、当落予想をするのです。支持政党があるわけではなく、純粋に“選挙”というイベントを楽しんでいるのです。少なくとも私にはそう見えます。
選挙がある度に、調べ上げたデータを壁一面に張り出し、友人を招いて予想を披露して、酒を飲みながら選挙速報に興じ、当たった、外れたと大騒ぎです。私も昔、何回か彼のパーティーに招かれました。A選挙研究所と名付けられたそのイベントには固定ファンもいて、「選挙ってこんなに楽しかったのか」と口々に言いあったものです。
実に面白い趣味だと思いました。シーズン、シーズンで必ずあるイベントを楽しむわけです。ただ、テレビの前で飲んで意見を言い合っているわけではありません。そのためにかなり苦労をして事前に情報を集め、分析する。なんと彼は、当選のバラの花まで自作していたのです。
マンボウの遭遇を楽しめる
ビール缶にしても選挙にしても何事にも同好の士はいます。ただし、メジャーな領域ではないので、その遭遇はかなりレアだと思います。私はその状況を、「太平洋で、2匹のマンボウが出合う確率」と言っています。今はSNSの時代ですから、そうした仲間の情報を知ることは意外とたやすいかもしれませんが、実際に出合う機会はそうそうないはずです。
しかし、一度出合うと、お互いが打ち解けるのは早いでしょう。会話も弾みます。間違いなく仲良くなります。
私は彼とずっと仕事が一緒で、温泉にも行っていましたから、一番の親友だろうと思っていました。いや、その信頼が裏切られたわけではありませんが、自分の知らない彼の世界の存在を知り、その一つひとつの世界で大親友がいる事実に驚きました。彼には深いつながりのコミュニティが複数あるのです。
もとより老後の過ごし方に勝ち負けなどありません。
しかし、老後の幸福度で言うと、彼の幸福度は私よりも間違いなく高いだろうなと思ってしまいます。しかも、どの趣味も、根気や行動力は必要ですが、それほどお金はかからないのです。彼は選挙パーティーの当日、「忙しい、忙しい」を連発しながら、せっせと手製のバラを壁に貼っていきます。実に楽しそうです。たぶん他の趣味でも「忙しい、忙しい」と言いながら楽しんでいることでしょう。
空間的広がりと時間的奥行きのあるマイナーな趣味を
私の専門領域はキャリアや組織・人事ですが、本当に人生を充実させるものは、こうした趣味かもしれない、とも思っています。中でもポイントは、空間的な広がり、加えて時間的な奥行きではないでしょうか。
ビール缶のような収集には空間的な広がりがあります。ただ取り寄せて飲むだけではなく、実際に出かけていって、自分の味覚で確かめてから買う。旅行に行く目的ができます。人生が楽しくなるし、夫婦で楽しむこともできそうです。2本買ってきて1本コレクションする、あるいはラベルを集めるなどもあります。
製造された年代も大事で、そこには歴史が介在しますから、から時間的な奥行きもあります。もう一つの選挙にはシーズン性があります。繰り返し楽しめるイベントに仕立てることができるのです。
実はキャリア論にも、老後の趣味についていわれている格言のようなものがあります。
それは「全部で4つの趣味を持て、そのうちの2つは室内でできる趣味で、残りの2つは屋外でする趣味にするのがいい」というものです。
しかし、これではいかにも漠然としています。4つという数も疑問です。例えば絵を描いて、俳句を詠む、そんな例示があるのですが、これは似すぎているのではないかと思います。
どうせ趣味を作るのであれば、マンボウの遭遇が欲しい。あまりにメジャーな趣味は商業化されていて、とっつきやすいですが何となく手のひらの上で転がされている感が否めません。
さらに、メジャーな趣味にはどこにでもものすごい人がいて、その人を頂点とするヒエラルキーが形成されている場合が少なくありません。組織が好きな人はいいですがそうでなければ避けたほうがいいと思います。しかも、最後は財力がものをいいますから、妙な挫折感を味わう場合もあるでしょう。我々ではどうしても限界があるのです。
だから、空間的な広がりがあり、時間的な奥行きもある、マイナーな趣味。「へえ~」と斜めに見られがちなコレクションのほうがいい。そんなふうに思います。
定年前になって自然発生的に芽生える新たな強い興味などというものは、そうはないでしょう。今は無趣味、多趣味だけど浅い、加えてはたと膝を打つ昔の夢もない、とすればそろそろ意図的に、戦略的に、趣味選びを始めるのはどうでしょうか。
屋外も屋内も絡めて楽しめる趣味。旅行などの行動が伴うもの。興味深いストーリーや歴史が垣間見えるもの。空間的広がりと時間的奥行きのあるマイナーな趣味を。
たかが趣味と侮るなかれ。あなたの人生を彩る、とても重要な要素であると考えてください。私もその一人です。これからの人生をより充実したものとしていけるように、改めて自分の趣味を戦略的に作り、もっともっと楽しんでいきたいと思っています。
- 野田 稔(のだ・みのる)
- 明治大学専門職大学院グローバル・ビジネス研究科教授
- リクルートワークス研究所 特任研究顧問
- 一橋大学大学院商学研究科修士課程修了。野村総合研究所経営コンサルティング一部部長、リクルート新規事業担当フェロー、多摩大学経営情報学部教授を経て現職。ディップ株式会社社外取締役。組織・人事領域を中心に、幅広いテーマで実践的なコンサルティング活動を行う。また、ニュース番組のキャスターやコメンテーターとしてメディアでも活躍している。
- 慶應MCC担当プログラム
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