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ピックアップレポート

2004年09月14日

組織とコラボレーション、そしてファシリテーター

桑畑幸博 慶應MCC専任ファカルティ

1. はじめに:「組織」の考察
我々は、なぜ組織で仕事を行うのだろうか。この質問を投げかけると、「それは組織で行った方が効果的・効率的だから」という回答が返ってくる場合が多い。では、組織の「効果」と「効率」とはなんなのだろう。


一般的に、効果とは目的の達成(度合い)を意味し、効率とは目的達成のためのインプットの極小化(度合い)を意味する。たとえば、“優れた商品の開発” “優れた人材の確保”“売り上げ予算の達成”といった目的が達成された時、「組織で行った効果があった」と評価できるということだ。そしてこれら目標を達成するにあたって、“いかに短時間で”“もっと簡単に”“より少ない人数で”“極力経費を掛けずに”行うことが、「組織による効率化」と言える。これは組織にとって第一義はあくまでも効果=目的の達成であることを示しているとともに、「組織で行えば単独で行うより高い効果が期待できる」という世界観が見て取れる。しかし、この「組織で行えば単独で行うより高い効果が期待できる」という世界観(一般的な認識と言い換えてもよい)は、何を意味しているのだろう。
「三人寄れば文殊の知恵」という諺にもある通り、これは「共同作業によって単独ではなしえない意外な成果を生む」ことを意味していると考えられる。そしてこの世界観こそが、“コラボレーション”の概念なのだ。
2. コラボレーションと“会議”
近年なかば流行語のように使われてきたこの“コラボレーション(Collaboration)”だが、辞書では単純に「共同作業」と訳されることが多い。しかしニュアンスとしては、「創造的な」という修飾語が隠れており、その意味では、やはり効率より効果を目的とした共同作業を意味していると考えられる。あえて訳せば「協創」という言葉が適切かもしれない。
音楽や映画等の芸術の分野では以前から使われてきた言葉である“コラボレーション”だが、前で述べたように、実は「組織で仕事を行うことの効果」と同義語であると言える。そして、ビジネスの現場における“コラボレーションの場”として最も一般的なのが、複数の人間で「議論という形の共同作業」を行う“会議”であることは間違いないだろう。
もちろん、コラボレーションを必要としない会議もある。単に連絡や報告を行うことを目的とした会議、上司の承認をもらうための会議、等である。しかし、企画会議や開発会議のような、明らかに「創造を目的とした会議」だけでなく、たとえばトラブルシューティングやオフィス効率化に関する会議等も「知恵を集めて一人では出ない解決策を見いだす」ことが目的であり、間違いなくコラボレーションが要求される。また、上司と部下の二人で明日の商談の進め方を相談する、といった「日常の打合せ」もコラボレーションの場と言えるだろう。
このように、本来多くの会議で行われている「はず」のコラボレーションだが、現実はどうだろう。私の講座でも、「会議の問題点」をテーマに議論してもらう場合があるが、そこでは際限なく彼らが日頃会議に対して抱いている不満を聞かされるはめになる。
「どうどう巡り」「論点が不明確」「無用な脱線」「沈黙または雑談」「コンフリクト」「予定調和」「声の大きい者勝ち」etc…
悲しいことだがこれが現実なのだ。ひょっとすると会議がコラボレーションの場になっていない、ということを嘆くより前に、「会議は単なる時間の浪費でしかないのか?」ということを問うべきなのかもしれない。
しかし、“組織の効果”が実質的に“コラボレーション”と同義語である以上、我々は会議というそれを実現する場を捨てるわけにはいかない。会議そのものを「効果的に」行っていく必要があるのだ。
3. 会議のプロフェッショナル
我々ビジネスパーソンは、皆なんらかのプロフェッショナルである。だれしも自分の属する業界・業種、特定の商品のプロであると同時に、営業や経理、人事といった職種のプロでもある。またビジネスパーソン個人も(自信度は人によって温度差があるだろうが)それを認識していると思われる。
しかし、“会議”についてはどうだろう。
ある調査によると、平均的な課長クラスの管理職は、業務に関わる全工数の約半分を会議や打合せに使っており、この割合は職級に比例して上がるという。
これだけビジネスパーソンの大事な時間の大半をかけている“会議”、その「会議のプロ」として自分を認識しているビジネスパーソンはどれだけいるのだろうか?
この「会議のプロ」として今注目され始めているのが“ファシリテーター”である。
4. ファシリテーターの位置づけ
一般的な会議には“司会”あるいは“議長”を置く場合が多い。これらと“ファシリテーター”とはなにが違うのだろうか。
多くの場合、司会に要求されるのは「スムーズな議事進行と、それを行うための各種調整と確認」である。つまり第一義は、「効率的な会議の実現」だと言ってよい。
対してファシリテーターは、「議論の活性化と、それを行うための議論のプロセスや構造の共有化」である。つまり第一義は、「効果的な会議の実現」なのだ。元々ファシリテーター、そしてファシリテーターの活動である“ファシリテーション”の語源は「支援する」からきている。このファシリテーションの概念は、わが国ではまず「まち創り」や「体験学習」におけるワークショップから発展してきた。そしてその中で参加者の心の垣根を取り除き、コミュニケーションを促進させることによって何らかの発見や創造を支援する役割を担うのがファシリテーターである。
ファシリテーターの役割
しかしこうしたファシリテーターの役割を見ても明らかなように、ファシリテーションの応用範囲は広く、特にコラボレーションを実現させる新たなリーダー像としてファシリテーターが注目されているのだ。
5. ファシリテーターの機能
コラボレーションの実現を目的としたファシリテーターが果たす機能とはなんだろうか。これを考える際にヒントとなるのが、“STAR WARS”で有名なハリウッドSFX界の巨星であるジョン・ダイクストラがコラボレーションの重要性について語ったくだりである。
「今や、自分達にもわかってい“ない”ものを作ろうとしているのだ。そこで、共同の精神を働かせようとする。人々の精神をもっと大きな精神の一部として相互作用させたいと考える-ある人からは論理的センス、もう一人からは視覚的センス、別の人からは聴覚的センス、というようにして共同の頭脳が生まれるのだ。」【1】
この「共同の頭脳」というキーワードには、「頭脳をひとつにする」「ひとつになった頭脳がバラバラな時以上に機能する」というプロセスが隠されている。そしてファシリテーターが果たすべき機能もこのプロセスの支援と促進と考えられるだろう。すなわち「頭脳をひとつにするためのコミュニケーションの支援と促進」そして「頭脳を機能させるための創発的思考の支援と促進」である。
6. おわりに:ファシリテーターの育成
ファシリテーターの機能は、上でも述べたように「コミュニケーションの支援・促進」と「創発的思考の支援・促進」である。
この機能が最も活かされる、つまりファシリテーターにとって最大の活躍の場が“会議”だろう。しかし、コミュニケーションや創発的思考が必要なのは会議だけではないはずであり、その意味ではファシリテーターが活性化させるのは、“会議”だけでなく“組織”そのものとも言える。
ファシリテーターは単なる「上手な司会」ではない。確かに欧米では専門のファシリテーターを雇うケースも多く、職業としても成立している。我が国でも徐々にファシリテーターの重要性が認められてきており、私もいくつかの戦略会議やワークショップでファシリテーターを請け負った経験がある。また最近では、コンサルタントがファシリテーターとしても機能するケースが増えてきている。
しかし、そうした社外からファシリテーターを招くケースはまだまだ少数であり、さらにファシリテーターによる組織の活性化も視野に入れると、ファシリテーターを組織内で育成、つまり内製すべきだと考える。別に大げさに考える必要はない。従来のリーダー/マネージャー像に「ファシリテーターとしての位置づけ」を加えればよいのだ。
しかしこのファシリテーター。何かを「知識として覚えたら誰でもなれる」というものではない。これはファシリテーションが、伝授され「知識として意味を持つ体系的学問の知識」ではなく「実践知」あるいは「体得され、実際に使用された時に初めて意味を持つ知」であるからに他ならない。そして実践の場は自ずと会議室におけるまさに「実戦」となる。従ってファシリテーターの育成は、「教育」というより「訓練」あるいは「実践的体得」と呼ぶ方が適切かもしれない。
よって組織サイドにお願いしたいのは、この「実践の場の提供」と「試行錯誤を許す組織文化」である。難しいことではない。どうせ今まで行われてきた会議など、コラボレーションできていなかったのだから。
 
<参考文献>【1】『マインド・ネットワーク』(マイケル・シュレーグ著 プレジデント社)

桑畑幸博(くわはた・ゆきひろ)
大手ITベンダーにてシステムインテグレーションやグループウェアコンサルティング等に携わる。社内プロジェクトでコラボレーション支援の研究を行い、論旨・論点・論脈を図解しながら会議を行う手法「コラジェクタ®」を開発。現在は慶應MCCでプログラム企画や講師を務める。
また、ビジネス誌の図解特集におけるコメンテイターや外部セミナーでの講師、シンポジウムにおけるファシリテーター等の活動も積極的に行っている。コンピューター利用教育協議会(CIEC)、日本ファシリテーション協会(FAJ)会員。
主な著書に、『すごい結果を出す人の「巻き込む」技術 なぜ皆があの人に動かされてしまうのか?』(大和出版)『日本で一番使える会議ファシリテーションの本』(大和出版)『論理思考のレシピ』(日本能率協会マネジメントセンター)などがある。
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