ピックアップレポート
2019年01月08日
田口 佳史『なぜ今、世界のビジネスリーダーは東洋思想を学ぶのか』
なぜ今、世界のビジネスリーダーは東洋思想を学ぶのか
今、世界のトップリーダーたちは「東洋思想」をこぞって学び始めています。それはなぜでしょうか。
はじめに「東洋思想とはどのようなものか」をきちんと定義し、解説しておきましょう。
私の言う東洋思想とは「儒教、仏教、道教、禅仏教、神道」の五つの思想を指しています。日本に八世紀以上存在し、精神性や風土に根づき、息づくことで、私たち日本人の暮らしの源泉となっている「知的資源」と呼べるものです。
これら東洋思想に共通する特性を、近代西洋思想と対比すると、両者がいかに「相補い合う関係」にあるのかがはっきりと見えてきます。
西洋は「外側にある(すなわち、誰も見ることができる)真理に迫っていく」という真理探究方式を採る一方、東洋では「自分の中にある仏性、神的性に迫っていく」という真理探究の方式を採ります。
西洋思想では、どちらかと言えば「外側」に関心の中心が置かれ、「誰でも理解できること」「普遍性」を重視し、モジュール化に適しています。
反対に、東洋思想では「自分の心の中」に関心が向けられます。自己の内なる仏や神に気づくこと、自己の仏性、神的に目覚めることを重視します。それだけ精神性に豊んでいるということです。
西洋…外側にある対象に向かう
東洋…内側にある対象に向かう
このように、まさに正反対だからこそ相補(complement)の関係に成り得るのです。
一八〇年前の幕末の思想家佐久間象山は「渡洋道徳、西洋芸(技術)」という言葉で、両者を対比し、その特性の違いを見事に表現しました。
東洋は『精神』領域に長けているので、そこに資する知見を提供すべきであり、西洋は『技術』において1日の長がある。
佐久間象山は「両者の得意分野を融合して使うべきだ」と言っているのです。まさに「西洋と東洋の知の融合」です。
実際今、シリコンバレーを初め多くの世界のトップリーダーたち、日本の実業家、大企業のなかでも特に感度のいいリーダーたちは、こぞって東洋思想を学び始めています。私のところにも、そういった面々が日々、大勢訪れています。
ひと昔前なら、近代西洋思想をベースとしたマネジメント論、経営論、金融工学、マーケティング論などをMBAで学んでいたはずの人たちが、今や新しい学びを求めて東洋思想に強い関心を抱いているのです。
なぜ、彼ら、彼女らはそんなにまでして東洋思想を学ぶのでしょうか。
時代は転換期
今、時代は大きな転換期を迎えています。
情報のやり取りはほとんどがインターネットを介して行われるようになり、その量は激増、スピードは圧倒的に速くなりました。誰もが、どんな情報にも瞬時にアクセスできるようになり、情報の機密性は大きく損なわれ、ガラス張りの世の中が誕生しました。加えて、今日では発信者という境界線はほぼ完全になくなりました。今や個人の誰もが発信者となり「有名・無名」「個人・組織」の区別なく、あらゆる情報が自由に発信され、それを誰もがキャッチできます。
古代中国の思想家である老子は「戸を出でずして天下を知り、牅より窺わずして天道を見る」(外に出なくても天下の情勢を知り、窓から外を窺わなくても世の中の道理がわかる)と語っていますが、私流に言うならば、数千年前に老子が予測した通りの時代が今「現実世界」として実現しているということに、とても驚嘆しています。
そのくらい、情報の取り方、コミュニケーションのあり方、モノの買い方、企業や組織との関係など、さまざまな側面で大きな変化が起こっているのです。
では、「変化の時代」を迎えた今、私たちはまず何をすべきなのでしょうか。どうやって、この世の中を生きていけばいいのでしょうか。困惑している人も多いでしょう。しかし、私たちが取るべき第一歩は決まっています。
「知ること」です。「今、どのような変化が起きているのか」という、その正体をまず知らなければ何も始まりません。世界トップリーダーたちは、今起きている時代の変化を捉えるべく、時代を読み解くべく、東洋思想を学んでいるのです。
「マインドフルネス」や「シェアビジネス」が流行するたった一つの理由
もう一つの重要なことが「西洋と東洋の知の融合」です。
じつはこれまで私たちが生きてきた時代、社会というのは、原則として「近代西洋思想」をベースとして形作られていました。
私たちのライフスタイルはもちろん、働き方も、会社のあり方も、法律、政治、経済の様式まで、あらゆるものが近代西洋思想、近代西洋文明に則って作られてきました。現代の私たちにとって当たり前のことばかりです。しかし、そんなパラダイムが古今東西すっと続いてきたかと言えば、そんなことはありません。
実際には150年から200年ほど前に、中世ヨーロッパ社会が終焉を迎え、産業革命が起こり、近代という時代が始まりました。そんな近代西洋文明をベースとしたパラダイムが、近代という時代が始まりました。そんな近代西洋文明をベースとしたパラダイムが、今現在、広く世界を覆っています。
私たちの「当たり前」の根源はそこにあるのです。
しかし今、時代は再び大きな転換期を迎えています。言い換えるなら、近代西洋文明をベースとしたパラダイムが、あちらこちらで破綻し始めているのです。
これもまた、今起こっている「変化の正体」の一つです。
これまで全地球規模で世界をリードしてきた近代西洋文明をベースとしたパラダイム。そんなパラダイムが揺らぎ始めた今日、揺り戻しのように世界中で見直されているのが東洋思想です。
今、世の中では「近代西洋思想的な発送」から「東洋思想的な発想」へとさまざまな側面で転換が起こっています。
行きすぎた資本主義が格差社会を増長し、世界中で問題になっているのもその一つの表れです。物質的充足より、心の充足を求める人が増え、その延長でマインドフルネスや禅仏教が世界的に流行しているのもその一つ。あるいは「所有よりもシェア」という意識が広がり、シェアビジネスが増えているのも、東洋思想的アプローチの一側面と捉えられます。
このように今さまざまな側面で東洋思想への揺り戻しが起こっているのです。
もちろん近代西洋文明のすべてが悪いというわけではなく、あくまでも「西洋と東洋の知の融合」が求められ、そうした動きが世界中で起こっているということです。
世界のトップリーダーたちはなぜ東洋思想を学ぶのでしょうか。
もちろん単なる教養として学んでいるのではありません。
時代を読み解く切り口として、あるいは新しいビジネス発想を持ち得るための思考の源泉として、彼ら、彼女らは東洋思想を学んでいるのです。
世の中のトレンドや価値観はどこに向かっているのか。
もっと言えば「思考の源泉」はどこにあるのか。
彼ら、彼女らはそれを必死に探っていますし、そのヒントを東洋思想に求めているのです。
ぜひ、皆さんにも、そんな時代の流れを体感し、変化の正体の本質を知るとともに、西洋と東洋の知の融合の価値を知って欲しいと思っています。そこには必ず「今」という時代にフィットした「古くて新しい発見」があるはずです。
『なぜ今、世界のビジネスリーダーは東洋思想を学ぶのか』の「はじめに」をベースとして本レポート用に加筆・編集しました。無断転載を禁じます。
- 田口佳史(たぐち・よしふみ)
-
- 東洋思想研究家、株式会社イメージプラン代表取締役社長
- 1942年東京生まれ。新進の記録映画監督として活躍中、25歳の時タイ国バンコク市郊外で重傷を負い、生死の境で『老子』と出会う。奇跡的に生還し、以降中国古典思想研究四十数年。東洋倫理学、東洋リーダーシップ論の第一人者。企業、官公庁、地方自治体、教育機関など全国各地で講演講義を続け、1万名を越える社会人教育の実績がある。 1998年に老荘思想的経営論「タオ・マネジメント」を発表、米国でも英語版が発刊され、東洋思想と西洋先端技法との融合による新しい経営思想として注目される。
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