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ピックアップレポート

2019年08月13日

中原淳、中村 和彦『組織開発の探究 理論に学び、実践に活かす』

中原 淳
立教大学経営学部教授
中村 和彦
南山大学人文学部心理人間学科教授

組織開発の実践者に求められること

人材不足が深刻化し、人材の多様化が進む今の日本では、組織が機能しない、チームがうまくまとまらないなど組織の問題があちこちで顕在化しつつあり、組織開発に対するニーズは急速に高まっています。日本の組織開発が再び拡大期に入った今、何より重要なのは、組織開発の実践者の質向上であると考えます。すなわち「組織開発実践者の人材開発」こそが急務であるということです。

私は、組織開発が人に対して大きな影響を与える可能性があるからこそ、組織開発実践者の人材開発と質を担保することを早急に進めていかなければ、過去、組織開発がたどった悲しい歴史をもう一度たどってしまうことになりかねないのではないか、と危惧しています。

組織開発のさまざまな手法は、集団精神療法などの心理療法がベースとなっています。そこで、心理療法にはどの程度の効果性があるのかを下記にご紹介しましょう。下記は、心理療法の効果性をメタ分析したりするなどして、総合的に判断した結果の研究知見です。分析から、下記のことがわかりました。

  • 心理療法では、20~40%くらいのケースでは肯定的な変化は起こらない。5~10%は症状が悪化する。
  • 心理療法効果に影響を与えるのは、1)偶然の要因(40%)、2)カウンセラー要因(30%)3)本人が感じる「希望」(15%)、4)カウンセラーが用いる技法(15%)である。
  • 「手法」の違いによる効果の差は非常に少ない。効果は全体の5%以下である。
  • カウンセラー効果(臨床経験、臨床能力)は、手法よりもずっと多くの影響力をを持つ。カウンセラー効果が全体的機能水準の改善の28%を説明する。
  • カウンセラーの「促進的対人スキル(相手のメッセージを理解し、共感し、伝え返す能力)が、カウンセリング効果と関係する。
  • カウンセラーの内省能力が高いほど、課題解決が高い。

これらの知見は、直接的に、組織開発についての効果性を研究したものではありません。しかしながら、心理療法がベースにある組織開発も同様に、ファシリテーターや、トレーナーの質向上、人材開発が極めて大事になってきているように思います。特に、クライアントとカウンセラーがいかなる関係を結ぶことができるのか、いかなる促進的関わりを持つことができるかに、その効果は大きく依存することがわかります。

組織開発の実践家は一朝一夕には育ちません。熟練したファシリテーターの実践を数多く観察したり、熟練したファシリテーターの指導を受けたり、自らTグループなどの研修に参加して体験から学ぶことを通して、その能力を開発し、高めていくことが必要なのではないかと考えます(※1)

(※1)集中的グループ経験で心的損傷などの被害を出さないためにもう1つ重要なことは、参加者を「見極める」ということです。Tグループやエンカウンターの手法は、そこに参加する人々を選ばなければならない、という議論は、かつてから存在します。例えば、NTLの元会長のブラッドフォードは「気が弱すぎたり、ひどく神経症的であって、起きている時間や休みなしに無理をしているような人々はグループに出てはならない」としています。また、医師であるNTLのポウェル博士は「生活上の危機的な問題を抱えてここにやってくる人は、たださらに多くの問題を抱え込んで帰ることになりやすい」としています。
Howard, j. 伊藤博(訳)(1977). 可能性をひらく―グループの中の自己変革―ダイヤモンド社 p.51.

組織開発の定義における効果性と健全性について

ところで、そもそも組織開発とはどういうものなのでしょうか。組織開発には27通りの定義があり、60の変数が含まれているとのことです(Egan 2002)。古典的であり、よく紹介される定義は、リチャード・ベックハードによる定義です。彼の定義では

(組織開発とは)計画的で、組織全体を対象にした、トップによって管理された、組織の効果性と健全さの向上のための努力であり、行動科学の知識を用いて組織プロセスに計画的に介入することで実現される(Beckhard 1969)

と表現されています。
組織の効果性と健全さとはいったい何でしょうか。
ベックハードは、健全性と効果性について詳細に記述しています。まずは効果性について、彼自身の言葉として以下のように述べています。

<効果性>

  • 組織全体、重要な部署、個人が、それぞれの目標達成に向けて、目標と計画に従って業務を行う。
  • (組織や職場の)形は機能に従う(問題、課題、プロジェクトによって、どのように人材を組織化するかが決まる)。
  • 情報源が組織図のどこにあっても、情報源によって/情報源の近いところによって決定がなされる。
  • 給与の仕組みは、たとえば、マネジャーが以下のことに対して報酬が支払われる(あるいは罰せられる)。
  • 短期の利益、または、パフォーマンス
  • 部下の成長と育成
  • 将来性のある仕事をするグループをつくること
  • タテとヨコのコミュニケーションは、比較的歪められていない。人々は全体的にオープンで向き合い、気持ちも含めた事実を共有している。
  • 個人やグループの間で、勝つか負けるかといった関わりはほとんどない。葛藤や葛藤が生じる状況について、解決すべき問題として、すべてのレヴェルで常に取り組まれている。
  • 課題やプロジェクトについての「葛藤(アイデアの衝突)」がある。そして、対人間のいざこざの衝突にはエネルギーが費やされない。それはすでに解消されているからである。
  • 組織とその部分は、お互いに関わり合い、環境とも関わっている。組織は「オープンシステム」になっている。
  • 共有された価値観があり、マネジメントはその価値観を支持する戦略を取っている。個人や職場は、それぞれの真摯さと独自性をお互いに助け合いながら維持している。
  • 組織とそのメンバーは、「アクション-リサーチ(行動して-考える)」行っている。個人やグループは自らの経験から学ぶことができるように、フィードバックのメカニズムが築かれている。

いかがでしょうか? ベックハードは組織の効果性について、高度に発達したグループや組織のありようを想定しています。このような効果的なグループや組織になっていくように発達を促す、ということが、組織「開発」のデベロップメントという発想の中に含まれていることがわかります。ちなみに、ベックハードが主張する効果性の中には、人材の組織化や給与の仕組みなどの、いわゆる、組織のハードな側面も含まれています。一方で、当時の組織開発は、組織のソフトな側面である、プロセスや風土に焦点づけることが主流でした。組織開発の定義に、組織のハードな構造について明確に含まれるようになったのは、もっと後のことです。

次に、健全性について検討していきましょう。ベックハードは、ミルズによる健全な組織を引用することで、健全性について記述しています。

<健全性>

  • 合理的に明確で、受け入れ可能で、達成できる、適切な目標がある。
  • コミュニケーションの流れが比較的はっきりしている。
  • 権力が適切に均衡している。
  • リソースの活用、そして、個人の特徴と役割に求められることがうまく一致している。
  • 凝集性と組織のアイデンティティが十分にあり、人々がそれに対して積極的につながりたいと感じるくらいの明瞭さと魅力があること。
  • モラール(士気)が高い。成長と変革のためには、健全な組織は革新性、主体性、適応性、問題解決力を持っている。

健全性では、個人と組織の関係性に言及されています。個人が目標を受け入れているか、自らの職責がフィットしているか、権力によって抑圧されていないか(衡平なパワーを持っているか)、組織のアイデンティティを有しているか、主体性があるか、などの側面が健全性に含まれています。また、前述したように、さまざまな組織開発の定義に含まれている、健全性に関連する言葉としては、「従業員のウェルビーング」、「満足度」、「対人関係」、「エンパワーメント」、「組織の日常」などを挙げることができます。

 

組織開発の探究 理論に学び、実践に活かす』(中原淳、中村和彦著。ダイヤモンド社)より著者と出版社の許可を得て転載しました。無断転載を禁じます。

組織開発の探究 理論に学び、実践に活かす
著:中原 淳, 中村 和彦; 出版社:ダイヤモンド社 ; 発行年月:2018年10月; 本体価格:3,200円(税抜)
中原 淳(なかはら・じゅん)
中原 淳

博士(人間科学)。北海道旭川市生まれ。東京大学教育学部卒業、大阪大学大学院 人間科学研究科、メディア教育開発センター(現・放送大学)、米国・マサチューセッツ工科大学客員研究員、東京大学講師・准教授等を経て2018年より現職。「大人の学びを科学する」をテーマに、企業・組織における人材開発・組織開発について研究している。専門は人的資源開発論・経営学習論。

立教大学経営学部においては、ビジネスリーダーシッププログラム(BLP)主査、リーダーシップ研究所副所長を歴任。研究の詳細はBlog:NAKAHARA-LAB.NET

中村 和彦(なかむら・かずひこ)
中村 和彦

名古屋大学大学院教育学研究科教育心理学専攻後期博士課程満期退学。教育学修士。学校心理士。専門はグループ・ダイナミックス、ラボラトリー方式の体験学習、組織開発(OD)。米国NTL Institute組織開発Certificate Program修了。トレーニングや組織開発コンサルティングなど、様々な現場における実践に携わるとともに、実践と研究のリンクをめざしたアクションリサーチに取り組む。
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