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ピックアップレポート

2023年04月11日

高橋 俊介「自律的なキャリア形成が組織も個人も強くする」

高橋 俊介
慶應義塾大学SFC研究所上席所員

今の仕事や働き方がいつまで通用するかわからない、先の読めない時代にビジネスパーソンの「学び直し」が注目されています。
変化への適応力を身につけるための学びは、学校教育の延長ではなく、主体的でなくてはなりません。しかし、社員の主体性をどうすれば引き出せるのか、悩みは深まるばかりです。そこで、キャリア論の第一人者であり、『キャリアをつくる独学力――プロフェッショナル人材として生き抜くための50のヒント』(2022)の著者でもある高橋俊介先生に、変化の激しい時代における仕事と学びのあり方をお話しいただきました。


キャリアは「到達するもの」から「継続するもの」に

20 世紀の日本は、どちらかというと昇進=キャリアだと言われてきました。加えて、標準的には何歳で結婚して、何歳で第一子が生まれて、その子が何歳で大学に入るといった、いわゆる人生のパターンがおおよそ決まっていて、タイミングは異なっても昇進していく形ができていました。キャリアは会社が職能等級制度で主導するものとなっていたため、自律という概念が必要なかったのです。一方米国などでも20世紀のキャリア論では、到達職務、つまり「天職を見つけて、一生その仕事を続ける」ことがゴールというStatic(静的)なものでした。仕事そのものが変化せず、自由度もなかったので、そのためには「なるべく早い時期に、自分に向いた仕事を見つける」というマッチング論が適していました。

でも21世紀はどんな仕事もなくなってしまうかもしれない、なくならないにしても内容がどんどん変わっていきます。電車の運転士というかつては高度な技術が求められた仕事でも自動化が進んでいます。環境の変化によっていつどんなチャンスが来るか、反対にどんな落とし穴があるか予想できない時代では、あらゆる仕事が一時的な「経過職務」に変わっていく可能性が高くなります。このような環境では、目標から逆算してキャリアを形成することはできません。「次にどうなるかわからない、次に進むとまたその先はわからない」を繰り返すDynamic(動的)なキャリア論なのです。
そのため21世紀のキャリア形成は、変化に対応しながら自分らしいキャリアを生涯にわたり築こうとし続ける「キャリア自律」が必要です。

筋の通った学びをしていますか?

人事、人材育成を例にしましょう。最近の日本ではジョブ型雇用制度(以下ジョブ型)が注目されていますが、アメリカでは昔からある一般的な制度です。ジョブ型がいつ、どこで、どのように誕生し、時代に合わせてどのように変化してきているのか、といった本質的な理解がないと、今の時代にも自社にも全く合わない20 世紀以前のジョブ型になりかねません。

なぜそうなってしまうのか。それは自分の学びに筋が通ってないからです。バズワードに流されて、社長に言われて、数冊本を読み、セミナーに行き、なんとなくわかった気になって、終わったころに次の流行が出てきて…を繰り返す。そのような短期間の表層的な学びを繰り返していたら、今の変化の速さにはとうていついていけません。社長に言われてから勉強するのではなく、人事のプロならばすでに勉強してあって「ジョブ型というのは何十年も前からアメリカにありますが、それも変遷しています。私たちが目指すべきジョブ型というのはどういう意味で、どう使うのかを考えることが重要ではないでしょうか。」くらいに答えてほしいと思っています。

キャリア自律を推進する主体的な学びとは

筋の通った学びとは、主体的な学びであり、キャリア自律をすすめるには欠かせません。主体的学びには3種類あり、私は学びの三層と言っています。

1.短期的・合目的的な学び

いま自分が携わっている仕事に問題意識を持ち、レベルアップを図る合目的的な学びです。日常的に仕事の枠組みを見直し、幅を広げる「主体的ジョブデザイン行動」と連鎖させることで、キャリア自律が進みます。

2.中長期的に専門性を深める学び

他人から指示されたものでも、合目的的でもなく、就いている職務にかかわらず、これは一生勉強するものだと自覚して継続する専門性を深める学びです。短期的な学び以上に、より一層の主体性・自律性が求められます。

3.リベラルアーツ

幅の広い、普遍性の高い学びです。私の好きな言葉にマーク・トウェインの「歴史は繰り返さないが、韻を踏む」という言葉があります。背景や時代が違うのだから、まったく同じ歴史を繰り返すことはありません。ただし韻を踏む、つまり要素を抽象化すると同じような意味合い、パターンを発見することができる。
異なる複数の事柄から普遍的な意味合いを引き出せるようになるのが、リベラルアーツを学ぶということです。

組織を強くするプロフェッショナル人材

現代は高い専門性がないと成果が出ない仕事が増えています。手続きや制度運用に精通した実務的専門性だけでは成果は上げられないですし、変化に対応できません。体系的・理論的専門性も学び、最新の動向にアンテナを張り、社外に人脈を広げて先端的専門性にも接し続ける「プロフェッショナル人材」がこれからの組織の成長には不可欠です。

プロフェッショナル人材は、ジェネラリストでもスペシャリストでもありません。高い専門性を持ち、成果に結びつく提案、行動をとる人です。そういう人材を社内のさまざまな分野に育てることで組織は強くなります。

今の時代は、たとえばマーケティングや財務は専門的、理論的体系的な勉強の必要性を感じて学ぶ人も多いでしょう。しかし、典型的な例として再び人事を挙げますが、人事という業務は専門性よりも人間力、人格、人を見る目などがあって、幅広い経験があればできると誤解されているように思います。だから社長からこれを勉強しなさいという指示が来る。プロの人事なら、すでに勉強していて社長に提案できるくらいでないと、と思います。

合目的的に経営ビジョンから専門性や人材像を絞り込んで会社主導でリスキリングをしていると、短期的には効率よく勝てるでしょう。しかし先のわからない時代では、状況が変わったり読みが外れたりしたときに、違う方向に舵を切ろうにもその方向の専門性を持った人材が育っていない状態に陥ります。人材育成に効率を持ち込むとそういう危険性があるんです。

プロフェッショナル人材は人材投資やリスキリングといった会社主導では育ちません。そこには本人の主体性がないからです。たとえば人的資本経営では、ビジネスポートフォリオを変更すると必要な人材像もスキルも変わるから、それに応じたスキルを習得させますが、これでは表面的なリスキリングはできても、高い専門性が身につくとは思えませんし、社員も疲弊します。

社員のキャリア自律を支援、推進するには

会社がこれを勉強しなさいというのではなく、まずは、会社が社員のキャリア自律をどのようにとらえているのかという定義を明確にすること。その上で、社員に対し、会社が何をどのように支援するのかを伝えることが必要です。次に、社員一人ひとりの勝負能力、つまり成果に結びつく強みを一つでも多く見つける支援をします。ミーティングではキャリアゴールやビジョンを話すのではなく、目の前の仕事で課題と感じていることや、今後自分がどうしていきたいと考えているのかとか、そういったことを話してもらい、必要に応じたアドバイスをする。
自分に合った仕事を探すのではなく、勝負能力を生かして今の仕事で成果を出すためのサポートをするんです。

たとえば営業部門で、営業はこういうものだと教えて全員が同じ営業スタイルになると、そのスタイルに向いている人だけが残り、合わない人は自分は営業に向いていないと辞めてしまうし、マーケットが変わったときに総崩れになります。でもメンバーの中には達成動機の高い人もいれば、感謝欲が強くて顧客から可愛がられる人もいれば、伝達欲が強くて説明やプレゼンテーションがうまい人もいる。
いろいろなタイプの顧客に刺さる営業がいれば、マーケットが変わってもある程度スムーズに対応できます。向いている・いないを自分の基準で決めつけるのではなく、社員一人ひとりが多様な勝負能力を発揮して成果を出せるようにするのが上司の仕事です。

そして、社内勉強会や外部研修機関、異業種社外活動、パラレルワークなど社内外に主体的な学びを促進する機会を提供し、社員の主体的な取り組みを促進する働きかけを行ってほしいですね。社員が継続的、主体的に自分の仕事や学びに取り組むことは、社内に色々な専門性、強みが育つということです。専門性のダイバーシティと言ってもいいと思います。そのような人材が多くいることで、ビジネスに大きな変化が起こっても次の手を打つ準備ができている。そういう状態を作っておくことが、今の時代の人への投資ということだと思います。


高橋 俊介

高橋 俊介(たかはし・しゅんすけ)
慶應義塾大学SFC研究所上席所員

慶應MCC担当プログラム
組織・人材プロフェッショナル養成講座
キャリアアドバイザー養成講座
企業参謀養成講座
人と組織の世界観ゼミナール

1978年東京大学工学部航空工学科卒業後、日本国有鉄道に入社。1984年プリンストン大学院工学部修士課程を修了し、マッキンゼーアンドカンパニーを経て1989年ワイアット(現ウイリス・タワーズワトソン)に入社。1993年代表取締役社長に就任。1997年独立し、ピープルファクターコンサルティング設立。
2000年5月より2010年3月、および2011年9月より2022年3月まで、慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科特任教授、同大学SFC研究所キャリア・リソース・ラボラトリー(CRL)研究員。2022年4月より現職。個人主導のキャリア開発や組織の人材育成の研究・コンサルティングに従事。

主な著書

キャリアをつくる独学力――プロフェッショナル人材として生き抜くための50のヒント』東洋経済新報社
プロフェッショナルの働き方』PHPビジネス新書
自分らしいキャリアのつくり方』PHP新書
キャリアをつくる9つの習慣』プレジデント社
スローキャリア』PHP文庫
キャリアショック』ソフトバンククリエイティブ
人が育つ会社をつくる-キャリア創造のマネジメント』日本経済新聞出版社
人材マネジメント論』東洋経済新報社
ヒューマン・リソース・マネジメント』ダイヤモンド社

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