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2025年01月14日

平藤 喜久子著『物語をつくる神話 解剖図鑑』

平藤 喜久子
國學院大學神道文化学部教授


物語をつくる神話 解剖図鑑

「一撃必殺の槍」、「呪いの宝」、「真実を語る剣」。世界の神話・伝説には、いったいどんなものなのだろうと思うような不思議なアイテムが盛りだくさんだ。それらのアイテムは、「兄弟争い」や「難題婚」といったモチーフ(要素)や「はじまり」などの神話のテーマ(主題)と結びつき、掛け合わせられて物語を盛り上げていく。
本書は、世界の神話・伝説を「テーマ」「モチーフ」「アイテム」という3つの切り口から解剖している。例えばアーサー王伝説であれば、「仲間との冒険」、「楽園」というモチーフ、エクスカリバー(剣)や聖杯、盾などのアイテムに解剖される。こうすることでアーサー王伝説全体の流れはつかみにくくなるかもしれないが、同じ「仲間との冒険」モチーフをもつ『西遊記』やギリシャ神話のアルゴナウタイなどと比較が可能となり、それぞれの特徴が浮かび上がってくる。ガラハッドの白い盾も、ゼウス・アテナのアイギスなどと並べられることで、盾(アイテム)が物語の中で何を象徴するのかを考えることができる。
解剖の方法は、前著の『世界の神様解剖図鑑』のときと同じように「神話学」という学問を背景とする。複数の神話の比較対照から人間や文化について考える学問だ。
神話学の観点からの解剖は、時に強引に、時に慎重に見えるかもしれないが、思いがけない発見もあるだろう。その発見からモチーフとアイテムを新たに掛け合わせ、新たな物語をつくる読み手も登場するかもしれない。本書の狙いの一つはそこにもある。
わたしは神話や伝説は、流動的なものだと考えている。神や英雄の活曜を通して語られる魅力的な物語は、新たに解釈されることで、新しい物語を生んでいく。創造的な存在だ。本書の存在が、読み手の内なる創造力を刺激し、何か新たな作品が生み出されたら、これに勝る喜びはないと思っている。

巻頭特集 創造の源流となる「神話・伝説」

今より3万年から2万年前にかけ、ヨーロッパに芸術の起源とも呼ばれる「作品」が生まれはじめた。貴重なマンモスの牙でつくられたライオンの頭をもつ男性像、通称ライオンマン。石灰岩で彫られた豊満な女性像、通称ヴィレンドルフのヴィーナス。フランス・ラスコーの洞窟には、奥深くにアニメーションのような表現が見られる絵画が描かれた。これらは文字のない時代の人々の宗教観や神観念、神話を知る手がかりとなる。つまり芸術のはじまりには、神、神話がかかわっているということだ。
文字化された物語として現存最古のものは『ギルガメシュ叙事詩』だ。英雄ギルガメシュを主人公に神々と人の物語が語られる。ギルガメシュは実在の人物なので神話というより伝説といえる。古代ギリシャ最古の文学はホメロスの『イリアス』と『オデュッセイア』。いずれもギリシャ神話に基づくトロイア戦争の物語である。
こうして見てみると、芸術や文学は神話・伝説とのかかわりの中に誕生したといえる。ギリシャ悲劇はいうまでもなく、ボッティチェッリの『ヴィーナスの誕生』のようなルネッサンス期絵画、最古のオペラの一つ『オルフェオ』やジェイムズ・ジョイスの小説『ユリシーズ』、映画「スター・ウォーズ」やRPG「ファイナル・ファンタジー」シリーズなど、神話・伝説やそのモチーフは時代ごとのメディアを通して使われてきた。
芸術の歴史は神話の再話の歴史でもあった。神話・伝説というと古いものというイメージがあるが、実際には新しい物語、作品を生み出し続けている。なぜ神話・伝説にそのような力があるのだろうか。その答えを出すのは難しいが、優れた神の姿を伝える神話や英雄の事跡を描いた伝説は、語り継ぐべき物語であったろう。文字のない時代にそんな物語を口頭で伝えるとしたら、印象に残りやすく、覚えやすい形に工夫したのではないだろうか。思わず伝えたくなる話、例えば怪物退治や特別なアイテムの使用など、あまり複雑ではなく面白いものが求められただろう。それは当然新たな創作を生み出すことにもなる。神話の「生み出す力」は、神話自身の生存戦略の一環だったのかもしれない。

1章 神話のテーマ

人はどのようにしてこの世に登場したのか、人はなぜ死ぬのか、なぜ太陽と月は一緒に天に昇らないのか。神話は、人間が抱く生への根源的な疑問や身の回りに起こる出来事の理由を説明する役割を果たしてきた。人々が抱いてきたさまざまな問いが神話のテーマになっているのだ。
その中のひとつ「王の資格」についてみてみよう。

【試練を乗り越え、王になる─王の資格】

王になる資格をどのように説明するか。神話学者のJ・G・フレイザーは『金枝篇』の中で、古代イタリアに次のような風習があったことを紹介している。
ローマ時代、ネミ湖のほとりにあった女神ディアナの森に、「森の王」と呼ばれる祭司がいた。この森の王になるには、先代を殺す必要があった。そしてその挑戦者となり得るのは、逃亡した奴隷であり、森の聖樹ヤドリギの枝(金枝)を折り取ってもってきた者だけであった。 フレイザーはこの風習 (儀礼)の背景に、冬に死に、春に大地からよみがえる植物神の神話の存在を想定し、殺される王は、殺されることで新たな王として生まれ変わるとする。森の王の風習は、王になるためにはなんらかの「神聖な保証」を必要とすることを示しているのだろう。神話でも王になる者は占いや神託などでその資格を保証されるようだ。

2章 神話のモチーフ

「争い」、「仲間」、「嫉妬」、「親友」、物語を展開させるために古今東西問わず使われるモチーフがある。神話ならではといえば「怪物退治」、「異形」、「異常出生」などがあるだろう。人々を引きつけるモチーフは、地域を越え、時代を超えて繰り返し物語に登場する。

【ワイワイみんなで宝を探す─仲間との冒険】

英雄の冒険譚は各地の神話に見られ、今も文芸作品の主要ジャンルである。英雄の冒険には仲間の存在も重要だ。RPGの「ドラゴンクエスト」「ファイナルファンタジー」シリーズにも間接的に影響を与えた小説、J・R・R・トールキンの『指輪物語』も仲間との冒険の話だ。 一人きりの冒険の場合、試練はその主人公の能力だけが頼りだ。主人公の圧倒的な強さを示すには、孤独な冒険の方がいいだろう。ギリシャ神話のヘラクレスは孤独な英雄の代表といえる。他方で、仲間がいると、主人公だけではなく仲間も力を発揮して困難を乗り越えていく。主人公である英雄には、人徳やリーダーシップも求められる。時に仲間が裏切ることも、亡くなってしまうこともあるだろう。そんな危機にどう対応するのか。組織の危機管理能力も求められるのだ。より身近に感じられるのは、仲間をもつ英雄の話なのかもしれない。

3章 神話のアイテム

不思議な力をもつ武器やアクセサリー。限られた者にのみ許される飲み物や食べ物。神話の中には、一度見てみたい、味わってみたいと思うようなアイテムが盛りだくさんだ。中には不幸をもたらすものもある。神話が語るアイテムには、人間の欲望が詰まっているのだろう。

【一度は耳にしたことがある武器(1)日本の刀剣】



刀剣に関心をもつ人が増えているという。擬人化された刀剣が登場する『刀剣乱舞』の影響も少なくない。ゲームにはじまり、アニメやミュージカル、歌舞伎にもなっている。刀剣の魅力を簡単にいうことはできないが、武器そのものに宿る力もあるだろう。妖刀、妖剣、魔剣といった言い方もあるように、いわくつきのものや、使い手を選ぶような話が伝わるものもある。刀剣のために身を滅ぼしたりする話も少なくない。刀剣と一口にいうが、刀と剣は異なるもの。刀は片刃、剣は両刃を指す。現在では言葉の違いはあまり意識されずに使われているが、日本神話を見てみると、出てくるのは剣ばかりで、刀は登場しないようだ。また、今に残る古い刀剣は、反りのない刀(直刀)である。草薙の剣に代表されるように、神とのかかわりも深く、祭祀でも使用されていたのだろう。

小説、マンガ、絵画などの創作物には、神話から着想を得ているものが数多く存在する。 本書は世界各地の神話を分類整理して、型ごとに物語の構造や特徴などをわかりやすく図解している。 これらから創造的刺激を感じていただけたなら幸いである。

物語をつくる神話 解剖図鑑』(エクスナレッジ2024年12月)を著者と出版社の許可を得て抜粋・編集・追記しました。無断転載を禁じます。


平藤喜久子

平藤 喜久子(ひらふじ・きくこ)

國學院大學神道文化学部 教授

学習院大学大学院人文科学研究科博士後期課程日本語日本文学専攻修了。博士(日本語日本文学)。専門宗教文化士。専門は神話学、宗教学。
日本神話を中心に他地域の神話との比較研究を行う。また、日本の神話、神々が研究やアートの分野でどのように取り扱われてきたのか、というテーマに取り組んでいる。日本や海外の学生のために、日本の宗教文化を学ぶための教材を作るプロジェクトにも携わっている。

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