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2025年04月08日

菊澤 研宗「人事が企業の成長を決める―ダイナミック・ケイパビリティを活用した人材戦略」

菊澤 研宗
慶應義塾大学名誉教授
城西大学大学院経営学研究科長

現代のビジネス環境では、急速な技術革新や市場の変化に対応できる組織力が求められています。そんな中で注目を集めているのが「ダイナミック・ケイパビリティ」です。
本記事では、慶應義塾大学名誉教授の菊澤研宗教授に、ダイナミック・ケイパビリティの視点から、組織の変化対応力を高めるために人事が取るべき行動について話を伺いました。


ダイナミック・ケイパビリティとは?変化対応力の重要性

──なぜ今、ダイナミック・ケイパビリティが、注目されているのでしょうか?

ダイナミック・ケイパビリティとは、(1)環境の変化をいち早く感知し(センシング)、(2)そこに新しい機会を捉え(シージング)、(3)既存の人的・物的・知識的資産を再構築・再配置・再利用して自己変容(トランスフォーミング)する一連の変化対応力のことです。それは、経営学上ではずっと前から注目されてきた概念ですが、日本で注目されるようになったのは最近のことです。

多くの研究者がダイナミック・ケイパビリティ論に関心を持っていましたが、なかなか実務の現場には浸透していませんでした。ところが、近年、予期せぬコロナ禍、戦争、自然災害などが次々と発生し、変化が常態化する時代となり、このような時代に必要な能力として変化対応力つまりダイナミック・ケイパビリティが注目されるようになったのです。

今日、ダイナミック・ケイパビリティはさまざまな分野で注目されていますが、特にIT業界での関心が高まってきています。日本のIT業界は、これまでのビジネスモデルを見直し、変革する時期に来ています。

従来から、日本のIT企業はシステムインテグレーション型の手法で、特定の企業の要望に応える固有のシステムを構築してきました。しかし、この手法ではもはや時代の変化に対応できなくなってきています。今後は、海外のIT企業のようにクラウドを活用し、誰もがサブスクリプション形式で利用できるシステムやアプリケーションを開発することにシフトしていかなければ、他国との競争に負けてしまうでしょう。

ところが、日本のIT企業がこのような変化を起こす場合、これまでのビジネスモデルと新しいビジネスモデルがカニバリゼーション(共食い)を起こす可能性があります。そのコストがあまりにも高いので、今日、日本のIT企業はわかっていても変化できないという不条理な状況に陥っているように思います。

自己変革によって、そのコスト以上のメリットを生み出す能力が、ダイナミック・ケイパビリティです。企業は従来のやり方ではなく、環境の変化に対応して柔軟かつ迅速に人的・物的・知識的資産を再構築・再配置・再利用していくことが求められています。

変化に対応する組織の作り方

──ダイナミック・ケイパビリティの考え方を導入すると、どのようにして企業は持続的に成長していくのでしょうか。

企業には基本的に2つの能力があり、その2つの能力を変化する環境の中で適切に発揮することによって企業は持続的に成長することができます。

  • オーディナリー・ケイパビリティ(通常能力)
  • オーディナリー・ケイパビリティとは、すでにあるビジネスモデルのもとで無駄を排除する内向きの能力です。コスト削減を徹底的に行い、利益最大化と効率性を追求する業務遂行力です。

  • ダイナミック・ケイパビリティ(変化対応力)
  • ダイナミック・ケイパビリティは、(1)環境の変化をいち早く感知し、(2)そこに新たな機会を捉え、(3)既存の資産を再構築・再配置・再利用して環境に適応する外向きの能力です。それは、既存のビジネスモデルを変革し、新しいビジネスモデルを構築して環境に適応し、付加価値や売上高を伸ばして生産性を高める能力です。

現代の企業経営において環境の変化に適応するためには、これらオーディナリー・ケイパビリティとダイナミック・ケイパビリティを、相互作用させることが求められています。

より具体的に説明すると、まず企業は既存のビジネスモデルのもとでオーディナリー・ケイパビリティを活用し、業務の効率化やコスト削減を図ります。しかし、環境は絶えず変化しているので、既存のビジネスモデルのままでは環境との間にズレが生じ、やがて環境によって企業は淘汰される危機にさらされます。

このような危機を回避するために、ダイナミック・ケイパビリティを用いて環境の変化に対応するように既存のビジネスモデルを変革し、新しいビジネスモデルを構築して移行することで、企業は持続的に成長することができるのです。

この同じサイクルを繰り返すことによって、企業は変化に適応しながら持続的に成長を続けることができます。

──ダイナミック・ケイパビリティを発揮している企業の事例があれば紹介いただけますか。

例えば、「Terra Motors株式会社」は電気自動車の世界的なトレンドをいち早く感知し、バイク利用者の多いアジア市場に新しい機会を見出し、アジア諸国で電動バイクの生産販売に踏み切りました。まさに、環境の変化をいち早く感知し、そこに新しい機会を見出し、新事業を展開したボーングローバル(生まれながらにしてグローバル)企業です。

また、スタートアップでは「Spiber株式会社」も変革し続ける企業の代表例です。蜘蛛の糸を人工合成する技術をベースに、環境の変化を絶えず感知し、新しい機会を次々と見出して、スポーツウェアから化粧品までさまざまな分野にビジネスを展開し、絶えず自己変容しています。

このように、今日、ダイナミック・ケイパビリティは大企業だけでなく、ボーングローバル、スタートアップ、そしてニッチトップと呼ばれる中小企業にも求められる能力となっています。これからの企業経営にとって、現状維持ではなく、常に変化を感知し、そこに新しい機会を捉え、自己変容することが求められています。この変化対応力つまりダイナミック・ケイパビリティを発揮できる企業こそが、勝ち残り続ける存在となります。

 

→続きはこちらからお読みいただけます
第3章「次世代のリーダーに求められること」

この記事はHRMOS TREND(ハーモス トレンド) powered by BIZREACHに掲載された記事の前半部分を許可を得て転載しました。無断転載を禁じます。


菊澤研宗

菊澤 研宗(きくざわ・けんしゅう)
慶應義塾大学名誉教授
城西大学大学院経営学研究科長

1986年慶應義塾大学大学院商学研究科博士課程修了。防衛大学校教授、中央大学大学院国際会計研究科教授を経て2023年3月まで慶應義塾大学商学部教授。その間、ニューヨーク大学スターン経営大学院客員研究員(1年間)、カリフォルニア大学バークレー校客員研究員(2年間)として在外研究に従事。専門領域は経営学、組織の経済学、比較コーポレート・ガバナンス論、ダイナミック・ケイパビリティ論。

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