ピックアップレポート
2006年07月11日
高橋 文郎「企業価値向上のための財務戦略」
高橋 文郎 青山学院大学大学院 国際マネジメント研究科 教授
企業価値はどのように決まるのか
企業価値は、有利子負債総額と株式時価総額の合計のことであるが、これはどのような要因によって決まるのであろうか。
まず、企業価値は、企業が将来生むフリーキャッシュフローを資本コストで割り引いた現在価値と定義される。フリーキャッシュフローとは、事業から生まれるキャッシュフロー(税引営業利益と減価償却費の合計)から投資のキャッシュフロー(設備投資額と運転資本需要の合計)を引いたものである。
資本コストとは事業の必要収益率のことである。企業の資金調達源は負債と株式に分かれるので、企業の資本コストは負債コスト(債権者が要求するリターン)と株主資本コスト(株主が要求するリターン)を加重平均したものになり、加重平均資本コストとも呼ばれる。
このうち、負債コストは税引後金利のことであり、これは理解しやすい。これに対して、株主資本コストは株主が株式投資から期待するリターンのことであり、株式投資のリスクに見合って金利水準よりも高くなる。このため、加重平均資本コストは金利水準よりも高くなることが多い。企業が事業から上げねばならないリターンは金利水準よりも高いということを経営者は理解する必要がある。
このように、企業価値はフリーキャッシュフローの現在価値になるので、事業から生まれるフリーキャッシュフローを資本コストで割り引いた現在価値が投資額を上回るような事業を実施すれば、企業は価値を創造でき、企業価値が高まることになる。これは、投資のリターンが資本コストを上回る事業を実施することと同じことを意味する。
EVAと企業価値
企業価値は、企業の投下資本と企業が将来生む経済付加価値(EVA)の現在価値との合計と表すこともできる。
EVAは税引営業利益から投下資本と資本コストの積を引いたものであり、企業が1年間にどれだけ価値を生んだかを示す指標である。企業が事業から資本コストを上回るリターンを上げればEVAはプラスになり、企業は価値を生んだといえるのである。
したがって、企業がプラスのEVAを生み続けることができれば、その現在価値分だけ企業価値は投下資本よりも大きくなる。近年、企業の業績評価指標としてEVAが普及しているが、EVAは企業価値を説明する重要な要因にもなっているのである。
優位性持つ事業を選択
資本コストを上回るリターンを上げる事業とは、定性的には、(1)低コスト、(2)高付加価値、(3)ユニークさ、等の点で優位性を持つ事業であるといえる。かつて日本企業は横並びで事業の拡大を志向してきたが、今後は、各事業がこれらの基準に照らして優位性を持つのか否かをグローバルな観点から確認しながら、事業を展開する必要がある。
このように、単なる事業規模の拡大は企業価値の向上につながらない。企業価値の向上のためには、自社が優位性を持つ事業を選択し、そのような事業に重点的に人材や資金などの経営資源を投入することが必要である。また、努力しても資本コストを上回るリターンを望めないような事業からは大胆に撤退することも、価値創造のためには必要とされる。このような各事業に重点的な資源配分を行うリーダーシップが、現在のわが国の経営者には必要とされている。
企業構成員の力を結集
価値創造を志向した企業経営は、以上述べたような事業の選択とともに、日常的な事業サイクルを効率化させることによって達成することもできる。開発、購買、生産、販売、管理などの各部門で、価値創造につながるような具体的な業務上の目標を設定し、その達成のために努力することが価値創造につながることになる。
このように、企業価値を高める経営は、単に経営トップや財務部門が意識すれば実践されるものではない。企業のすべての構成員が、各現場での自分の活動がEVAや企業価値にどのような影響を与えるのかを意識して活動することが要求されるのである。
積極的情報開示で成果アピール
企業の価値創造の成果が資本市場で形成される企業価値に反映されるようにするためには、投資家に価値創造の状況を正しく伝えることも必要である。しばしば、情報開示が悪いために、業績水準の割に株価が上がらない企業があると指摘されることがある。企業が、単なる業績開示だけでなく、事業戦略や投資政策についての情報を投資家に伝達することによって、資本市場では価値創造を達成している企業の株価や企業価値が適正に評価されることになろう。
高橋文郎’s Web Page http://www.e-takahashi.net/index.htmlより転載
高橋文郎(たかはし ふみお)
青山学院大学大学院 国際マネジメント研究科教授
1955年東京生まれ。77年東京大学教養学部卒業。同年(株)野村総合研究所入社。82年ペンシルベニア大学ウォートンスクール経営学修士(MBA)。 84年~94年(財)野村マネジメント・スクールにて事業会社、金融機関の経営幹部に対する経営戦略、企業財務、ポートフォリオ資産運用等の教育の従事。その後CSKベンチャーキャピタル(株)取締役、UAMジャパン・インク取締役を経て、99年(有)ナレッジリンク代表取締役。01年中央大学経済学部教授。04年より現職。
著書『エグゼクティブのためのコーポレート・ファイナンス入門』(東洋経済新報社)、『実践コーポレート・ファイナンス』(ダイヤモンド社)、『企業価値を高める投資・財務戦略』(東洋経済新報社)、『経営財務入門』(共著日本経済新聞社)、『金融・契約技術・エージェンシーと経営戦略』(共著東洋経済新報社)など多数。
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