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ピックアップレポート

2009年03月10日

日本発のマーケティング

清水 聰 明治学院大学経済学部 教授

ここ10年ほどの情報化による技術革新、特にインターネットの急速な浸透は、日本人の情報収集方法に大きな変化をもたらしている。問題意識の高い消費者は、従来のテレビや新聞、雑誌などのメディアから得られる情報に加えて、インターネットを駆使することで多くの商品情報を得、プロ顔負けの知識を持ち、商品選択するだけではなく、購買後の使用の感想などを、インターネットを通じて発信するようになってきた。日本語のブログの数は世界で一番多いそうだ。70億人とも言われる世界の総人口に対して、日本語を駆使する人の数は1億ちょっと。いかに日本人はお喋りなのか、よくわかる。
他方で、問題意識の低い消費者は、従来のメディアにも触れず、ごくごく限られた情報源だけで、その日の特売品などを狙って意思決定するようになっている。店舗間や商品間の競争の激しい日本では、質の高い商品が毎日のように特売で売られており、店頭で意思決定してもリスクはほとんどないため、わざわざ情報を事前に入手せず、値段だけでモノを買っても不自由することはないためである。このように、情報化は、消費者間の情報格差を確実に生み出し、それが消費者の意思決定にドラスティックな変化をもたらしていると言えよう。


このように日本の消費者を取り巻く情報環境は大きく変化してきているが、ことマーケティングの理論に関して言えば、お寒い限りだ。書店のマーケティング関連書物のコーナーに行けば、そこにおかれている本は、カタカナの著者の本ばかり。たまに日本人の著者の本を手にとってみても、その本の中で展開されるマーケティング理論や、例として挙げられる企業は、そのほとんどがアメリカやヨーロッパの理論や企業であり、日本発の理論は「ない」と言っても過言ではないだろう。
大体、一握りの大金持ちと、その他大勢の人から構成されているアメリカの社会で発展したマーケティング理論が、8割の人が中流とされる日本で当てはまるほうがおかしいのだ。自戒を込めて言うならば、鎖国をしている時代ならいざ知らず、年間何百万人もの人が海外に行き、何十万人もの人が海外で生活している時代に、欧米で展開されているマーケティング理論のちりばめられた私の講義を、学生さんは何の疑問もなくよく受けてくれていると思う。考えてみれば非常に不思議である。
それらの反省から、私が今取り組んでいるのは、日本からマーケティング理論を発信しようという試みだ。特に日本の消費者特性に注目して、欧米にはないマーケティング理論を作り、実践しようというのが研究テーマである。
一例を挙げよう。欧米では、スーパーマーケットなので販売される新商品の発売後の売上を予測するには、その商品のトライアル率(何人の人が試し買いをしたのか)と、トライアルした人のうちの何人がリピートしたのか(試し買いをした人のうちの何パーセントが再購買したのか)で測定する。この方法、精度は高いが、発売から13週間ほどのデータを必要とするのがネックである。前述のように競争が激しい日本の市場で、新製品で13週間も棚に置いてくれない。特に日本のコンビニエンスストアでは発売後4週間で一定の成果が出なければ棚から撤去されてしまう。前、食べて美味しかったものが、次に行ったらなかった。そんな経験したことある人、多いのではないだろうか。
じゃあどうしたらいいのだろうか?私が考えて実証しているのが「目利きの研究」。これだけ情報感度が高い日本人の中には、パッと見ただけで売れるか売れないか、わかる人がいるに違いない、という信念のもと、5年ほど継続研究・実用化をしているもので、ある企業との共同研究の賜物である。
具体的には、発売前に出されるプレスリリースをみて、売れるか売れないかを判定してもらう。現在、1000名ほど目利きパネルをネット上に抱えているが、これ、かなり精度がよく、発売後数ヶ月の売上の指標との相関、相当高い。プレスリリースは通常発売の数ヶ月前に出されるが、調査は1ヶ月ほどで出来るので、発売前から販売数量の予測が立つ。このためその企業では、工場の生産調整などに役立てている。また、プレスリリースは自社の商品だけではなく、ライバル企業も行うので、ライバル企業の売上予測も可能だ。発売前にライバルの需要を予測できれば、事前に策もたてられる。最近では、目利きが何を評価しているのか、それも判明してきており、売上予測だけではなく、新製品開発にも役立てられている。
目利きの研究と同時に、「死神の研究」なる、なんとも物騒なネーミングの研究も平行して行っている。これは目利きとは反対に、情報感度の低い人たちを利用したブランド評価の一つの方法で、欧米ではブランド評価、いわゆるブランドエクイティと呼ばれる、ブランドの認知、ブランド・ロイヤルティなど、ブランドに帰着した指標で測定しているが、それを「誰が買っているか」で判定しようとしたのが特徴である。
具体的には、「この人が買ったら売れなくなる」、という、「この人」と、「この人が買ったら売れる」という「この人」(これを聞き耳さんと呼んでいる)をかき集めて商品の評価をしようとするもので、実際、発売後非常に調子のいい商品の購入者を眺めてみると、死神さんの構成比は低く、聞き耳さんの構成比が高い。最近どうも調子が悪いなぁ、という商品では、死神さんの構成比がだんだん上がっていることが、データからわかっている。
このように、情報格差の広がっているわが国では、新しいマーケティング理論を発掘できそうなネタがゴロゴロしている。日本は欧米の理論を適応するのが得意な国だが、世界有数の経済国なんだし、そろそろ日本独自の理論が出てきてもいいのではないか、そんな風に考えている。

清水 聰(しみず あきら)
明治学院大学経済学部教授
慶應MCCプログラム「マーケティング情報から顧客を読み解く」講師

慶應義塾大学商学部卒業。慶應義塾大学大学院商学研究科修士課程・博士課程を経て、2000年より現職。博士(商学)。訪問研究員としてノースウェスタン大学大学院、シドニー大学に留学。専門はマーケティング、消費者行動論。
主著に『新しい消費者行動』『消費者視点の小売戦略』『戦略的消費者行動論』(いずれも千倉書房)など。

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