今月の1冊
2003年07月08日
『小説 上杉鷹山』
著者:童門冬二
出版社:集英社; ISBN:4087485463
本体価格:952円; ページ数684p
http://item.rakuten.co.jp/book/850102/
ジョン・F・ケネディが、日本人記者団に「あなたがもっとも尊敬する日本人は誰ですか」と質問されて「ウエスギヨーザン」と答えたところ、日本人記者団がその人物を知らず「それは誰だ」と互いに聞きあったというエピソードは有名である。
上杉鷹山は確か10年位前だったと思うが、ビジネスの世界で注目を集め新聞や雑誌によく取り上げられたので記憶にある方も多いと思う。最近は話題になることも少なくなったが、読み返して見たくなり本屋へ行ってみると、うれしいことに棚に収まっていた。
ご存じでない方のために、上杉鷹山とはどんな人物か、「行列のできる法律相談所」風に、ここで簡単に要点を整理してみよう。
- 上杉治憲(後に鷹山)は今から220年前の第9代米沢藩主である。上杉家の人ではなく日向(宮崎県)高鍋の秋月という小大名の家に生まれ、縁あって上杉家の養子に入り弱冠17歳で藩主の座についた。米沢のことは何も知らない。
- 当時の日本経済は高度成長から低成長へ移行する節目で、田沼意次が老中となった頃であった。一方、上杉家は謙信の時代以降に幕府から何度も減封にあって、禄高は8分の1になっており最悪の状態だった。藩の財政を見ると人件費が88%を占めており、今風に言えば倒産寸前であった。
- 治憲はすぐさま経営改革に乗り出すが、今で言う抵抗勢力に妨害され一筋縄ではいかなかった。17歳の若造に何ができるかという素朴な反発もあった。民衆は貧困と疲弊で心は冷え希望を失っていた。治憲は反骨精神の旺盛な者の中から何人かのブレーンを登用した。改革の必要性を説き、「やる気のあるものは、自分の胸に火をつけよ」といって輪を広げた。腹心の部下佐藤文四郎らによって「改革の炭」と呼ぶ火種がリレーされた。
- 治憲は意識改革をしながら、自らのアイデアにより富国殖産のための政策を周囲を説得しながら進めた。生糸生産、紅花の育成、錦鯉の養殖、縮(米沢織)の生産を行い、武士の手で開墾も進めた。
- 改革は必ずしも順調ではなく、重臣の反乱、信頼する部下の堕落そして凶作や飢饉なども次々と起こった。しかし粘り強く取り組んでいるうちに彼の目指しているビジョンが藩士、庶民の一部に理解され、徐々に意識と行動が変わってゆくのであった。そして経済も再生し改革は好循環に入っていった。間もなく治憲は35歳の若さで隠居を申し出て、先代藩主重定の子に藩主を譲った。
折しも「構造改革」ということが小泉首相によって叫ばれているが、上杉鷹山の行ったことは正に「構造改革」という言葉がぴったりだ。ここで両者を比較することはしないが、今の政治の様相と重ね合わせて見るとなかなか興味深い。小説を読んで影響される程、政治家は素直でないので期待はしてないが、ビジネスパーソンや特に行政の人にはこの本を是非読んで欲しいというのが素直な感想である。因みに、作家の童門冬二氏は東京都庁で知事秘書や政策室長を歴任し、退職後作家になった人である。
科学技術は進歩し社会は着実に進歩している。しかし政治や経営は手法において時代に適応し変化しているが、その本質においてあまり進歩しているとは言えず、同じ様な事を繰り返している。これは経営学や政治学など学問の有効性の問題ではなく、人の心や意識は個々の成長はあっても、生物と同様に種の進化はのろく、時には退化もあるからではないだろうか。それゆえ過去の史実にも学ぶことが多いという気がする。
また、ビジネスを学ぶ際によく他社の事例を研究する事があるが、いざ適用する段になってどうしても我彼の環境や状況の違いにとらわれてしまいがちである。歴史に学ぼうとして史実を観察すると、あまりにも環境や条件が今の現実とが違うので、却って普遍的な本質的が良く見えてくるから不思議である。
そこで、この「小説上杉鷹山」には現代のマネジメントやリーダーシップに参考になる点が多々あるので、何を学べるかを要約してみようと試みたが、残念ながら断念した。何故なら要点をまとめようとして普遍化、抽象化しようとすると「経営は愛である。指導者として他人への思いやりいたわりが肝心」「経営には柔軟な思考と果断な行動力、そして大局観が必要」などと、よくありがちな結論になってしまう。筆者の表現力の限界ということもあるが、所詮小説とは要約して理解するものでもない事がわかった。
そこで、ぜひこの本を買って読んで頂きたい。文庫本約600頁だが1週間もあれば読み切れると思う。本書の他に「上杉鷹山の経営学―危機を乗り切るリーダーの条件」(同著者)など手軽に読める本や解説書があるが、是非この小説そのものを手にとって読んで頂きたい。
いかに世の中が進歩しようと「組織の改革」と「人材の育成」は永遠のテーマであり、ゴールはない。ゆえに史実から学ぶことも多いというのが結論である。
そう言えば、上杉鷹山は改革の施策の一つとして、藩民の教育に投資をした。興譲館という学校を作り、江戸から細井平州という儒者を呼び寄せ実学を教えさせたそうだ。MCCもあやかって社会のためになる人材の輩出に少しでも寄与できるよう頑張っていきたいと思う。
筆者から最後にひと言。当記事をここまで読み進めて下さった方は、きっとリーダーシップなどに関心がお有りでないかと思います。MCCでは、『ネットワーク時代の組織とリーダーシップ』というプログラムなども開催しておりますのでぜひご検討ください。
◇『小説 上杉鷹山』
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