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今月の1冊

2013年01月15日

『五感を刺激する環境デザイン』

田中直人・保志場国夫; 出版社:彰国社; 発行年月:2002年6月 ; ISBN:9784395006830; 本体価格:2,310円
書籍詳細

ここ一年ほど街散策にはまり、天気の良い日はよく気の向くままに歩き回っている。
多い日は10kmほど歩くこともある。最近は便利になり携帯のGPS機能のおかげで、方向音痴の私でもよほどのことがない限り迷子になることはない。今住んでいる街に引っ越して1年半、まだまだ知らない場所が多いということと、出産休暇取得中、軽い運動として散歩を勧められていたこと、これに加え”いつでもどこへでも出かけていける”という安心感が、街散策にはまった理由である。


少し前までは、外出というと…”○○を見に○○へ”とか、” ○○さんと会いにと○○へ”と目的を持って出かけることが多かったが、街散策をするときはいつもノープラン。それでもこんなにも飽きずに続けられているのは、毎回小さな発見がたくさんあるからだ。車や自転車と違って”歩き”では散策できる範囲が限定されるが、逆に車や自転車では見過ごしてしまう小さなものにも気付くことができる。
通るのがはばかられるほどの狭い路地から突然、広い農場にでも来たのかと思うほど空の広いスポットを見つけたり、偶然入ったお店で美味しいものをゲットしたり…。毎回街散策を終えると、その日見つけた小さな発見に心躍らされ、それだけでも十分に満足できるのだが、それに加えて、季節や時間の移り変わりで毎回違った顔を見せる空模様や草木の香り、頬をすり抜ける風など体中で受ける五感への刺激が散歩の満足感を格段に増させている。
家と会社の往復では、道の多くが綺麗に舗装され、地下道のおかげで雨に濡れず風にも当たらずに広範囲移動できることもあり、ともすると自然の移り変わりを感じることなく、1日を過ごしてしまう。そのため街散策を通して感じる五感への刺激は、予想していなかったほどに大きいものだった。そんな折、”都会は無味単調で五感への刺激とは対極にある”という私の認識を覆してくれる本に出会った。
『五感を刺激する環境デザイン』である。五感への刺激に注目し、ユニーク且つ効果的にデザインした、福祉国家デンマークにある施設を写真とともに紹介している。具体的にどんなところが五感を刺激する環境デザインなのか、以下に印象的なものを挙げてみたい。
<足音の反響音を使ったサイン>
デンマーク視覚障害者協会が整備した研修・休暇センター「フールサングセンター」では、何回角を曲がったかで、自分がどのゾーンにいるかがわかるよう、6つのゾーンを直角に配置したわかりやすい形状で建物全体が構成されている。この施設の中で場所を認識する際、特に重要となる廊下が交差する部分では、天井の高さが大きく変えてあり、足音の反響音の違いでその場に着いたことが認識できるようデザインされている。
<多様な誘導ブロック>
デンマークでは都市景観と視覚障害者への配慮を両立する誘導ブロックとして、至る所にピンコロ石を使った歩道がある。周囲と足ざわりの異なるピンコロ石をライン上に敷き詰めることで、道がどちらに伸びているかを示してくれるのである。また、首都コペンハーゲンの駅構内にある誘導ブロックは、床に敷き詰められたタイルのうち、必要な部分のタイルの凹凸が逆転しているという。同じ模様なので、一見するとそこが誘導タイルになっていると気付きにくいが、足からの刺激がしっかりと道標になっているのだ。
このように本書では、障がい者向け施設が多数紹介されているのだが、著者によれば、”障がい者は見方を変えれば達人”であり、ある感覚が弱くなっている分、他の感覚が健常者よりも研ぎ澄まされているため、こうした微かな刺激でも十分に認知できるのだという。そしてむしろ、残された他の感覚を刺激し、より発達させるような仕組みをデザインとして取り入れている。
一見しただけでは、障がい者用のサインとはわからないがしっかりと意図を持ってデザインされていることに感心すると共に、「どうしたら楽しいか、どういう感覚がおもしろいと感じるのか、というアプローチからデザインする」という建築家の想いの通り、機能性や見た目だけでは終わらない建築空間の幅広さを感じる。
細部にまでこだわりのある素晴らしいデザインばかりが紹介されていて、読み進めるごとに感激するのだが、今の私の五感ではおそらく解説なしには、仕組まれた微かな刺激のデザインの1つ1つに気付けないのではないかと思う。
五感を刺激する環境に、自然に勝るものはないと思っていたが、本書を通して、実は自身が気付いていないだけで、私たちが日常生活している空間の中にも、意識の向け方次第で感じ取ることができる刺激がたくさん眠っているのではないかと思い直した。作り手側の遊び心を1つでも多く探し当てられるよう、自身の五感を磨きながら、もっともっと都会の街散策にも出かけてみたいと思う。
(鈴木ユリ)

五感を刺激する環境デザイン』 田中直人・保志場国夫(彰国社)

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