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2013年11月12日

『研究者という職業』

林 周二; 出版社:東京図書; 発行年月:2004年9月; ISBN:978-4489006852; 本体価格:1,890円
書籍詳細

林周二先生、というと、1960年代のベストセラーとなった『流通革命―製品・経路および消費者』を思い浮かべる方も多いと思います。J.フロント リテイリング社長の奥田氏が、学生時代にこの本に感銘を受け、当時の大丸への就職を決意したとされたという逸話も有名ですが、今回は、林先生が2004年に出版された『研究者という職業』をご紹介したいと思います。
『研究者という職業』という、題名からして、一般のビジネスパーソンが手に取ることは少ないかもしれません。私にとっても、書店で出会ったものではなく、慶應MCCのビジネスプログラムでお世話になっている先生から「研究者でなくても学ぶことがたくさんある」とお薦めいただいた1冊として手にしたものです。


しかし、林先生も本書の中で「人間が何らかの仕事作業にただ漫然と、あるいは散発的に向き合うのではなく、それぞれの物事ごとに、考え方、解き方などの一定の筋道を立ててそれを行うのであれば、それらに従事することは、狭義の科学・学術の研究には該当しないにしても、広い意味での科学的な態度による研究的な活動には含まれると考えてよいだろう」と述べていらっしゃるとおり、ビジネスも広義の研究的活動となり、ビジネスパーソンは広義の研究者と言えるのではないでしょうか。
実際、本書では、林先生の半世紀を超える研究生活から導いた、研究者としてのあるべき姿、研究者に求められるもの、研究者としての研鑽の積み方、などが説いてありますが、先生がおっしゃる点の根本は、狭義の研究者だけではなく、広義の研究者(ビジネスパーソン)も学ぶべき点が多いと思います。
例えば、「才能などは、多分に先天的な遺伝によることが多いが、環境作りや体制作りは、かなりの部分が後天的なものなので、良い師、良い仲間作りは重要。与えられた師や隣人だけではなく、積極的にすぐれた師や友人を自分自身で広く捜し求める努力を怠ってはならない」という指摘は、慶應MCCに参加くださる皆さまが”学び”だけではなく、師や友との”出会い”を期待されていらっしゃることからも実感できるように、ビジネスパーソンにとって非常に重要なことです。
さて、その中でも、私が特に注目した点は、本書が出版された2004年の時点で”ビックデータ”への傾倒について警鐘を鳴らしているように読み取れることです。
前述の通り、林先生は約50年前に『流通革命』という書籍を出版されています。それまで、戦略の書籍は過去の分析に留まっていることがほとんどだった中、初めて未来(流通業界の次の段階)の予測をしたといっても過言ではなく、問屋無用論を唱えた衝撃的な内容は、当時、物議を醸しました。本書は、外部からの膨大な情報量に対する懸念を以下のように記しています。
「知の時代だ」と言われる。(中略)世上で知と称されるものには、およそ二つの種類がある。(中略)現代の研究者に欠けているものは、外からの雑多な情報でなどではなく、むしろ内からわき出してくる知恵のほうであるように、僕には思われる。情報源を拡げたり、情報の高度な各種処理技法を学ぶことも、僕は決して悪いなどとは言わないが、それよりも「自分で深く知恵を絞って考え、自分で知恵を働かせて研究上の本質的な問題を探すこと」に、研究者はもっともっと多くの力を注ぐべきだと考える。
もちろん、ビックデータをビジネスに活かすことを非難しているわけではありません。それだけに頼ることの危険性を示唆されているのではなでしょうか。
情報というのは、功罪両面あり、知識に繋がることもあれば、”分かっているつもり”になってしまうことも考えられます。例えば、林先生も本書の中で、(少し古い話ですが)”バブルが弾ける”という現象を正確に説明できる経済学部の学生がいなかったことを嘆いていらっしゃるように、色々な情報を得たことで、自分自身がそのことを理解したように感じてしまい、実は本質を分かっていないことになりかねません。
また、データや書籍が過去の情報であることも、改めて心に留めておきたい点です。林先生もご経験から、これまで指導された院生たち研究論文テーマ選択は、自分自身の目で現実のなかから発見し、自分自身の頭で分析の道筋を構築することに勤めるものは極く少数で、ありきたりの流行の話題のコロラリーのようなものしか持ってこないと、実感されていますが、ビジネスシーンでも同じようなことを、私たちは行ってないでしょうか。林先生の言葉を借りれば、「他人の書いたものを読んで、そこから発想を得るやり方だと、知的手遅れになることが多い。」のです。
これは、私にとっても耳の痛い言葉でした。前職の仕事スタイルがまだ染みこんでいる私は、よく上司にただ効率よく仕事を回そうとするなと言われることが多いのですが、頭で分かっていても、どうしても、限られた時間でやり遂げる達成感の味わいを捨てきれず、質と効率のバランスに悩むことも多々ありました。しかし、本書を読んだときに、早く処理することそのものを注意されているのではなく、簡単に手に届く範囲内の事象や情報だけ判断するような、安易な仕事をするなと言われていたのではないかと、少し違った解釈で考えられるようになったのです。
では、どうすればよいのか。それは、現場に足を運ぶことだとおっしゃっています。林先生は、研究者に必要な諸適性として、”理論を構築する力”、”情報処理能力”と並び”観察する力”も挙げられており、リサーチを行う際には、データを取ること、集めることだけではなく、被調査者自身にも注目することを重要視されていました。既存データだけの研究は危うく、実物に触れることで、初めて、生きた数字になるとの信念からです。
つまり、ビックデータは、事業に役立つ知見を導出するための重要なデータであることは間違いないが、それだけで判断すると道を誤ってしまうこともある。ビックデータから得た知見と現場を繋ぐことが、最も大事な”研究的な活動”であり、その繋ぐ力が”知恵”であるのだと、示唆しているのではないでしょうか。
情報と知恵。この二つのバランスを取ることが、ビックデータの時代で求められるビジネスパーソンの能力だと、言われているように感じました。
(藤野 あゆみ)

研究者という職業』 林 周二(東京図書)

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