今月の1冊
2014年11月11日
今 柊二『ファミリーレストラン~外食の近現代史』
本書の著者である今柊二は、2010年に出版した「定食学入門」の末尾で、ファミリーレストランに関する以下の研究を進めていくと明言している。
- 勃興から定着にいたるまでの歴史
- ファミリーレストランのファミリーとはいったい何か
- ファミレスの存在意義と今後のゆくえ
これらが結実した本作は、副題に「外食の近現代史」とあるように、明治維新から現在までの外食産業全体を俯瞰した歴史書でもある。食べ歩きコラムもふんだんに入っている労作を、上記の執筆コンセプトに基づき、紹介していきたい。
1.勃興から定着にいたるまでの歴史
冒頭、「ファミリーレストラン前史」という章タイトルで、全体の三分の一程度の紙面を割いて綴られているのが、「家族単位で外食する場所」の変遷である。
明治維新後の汽車の発達によって移動が容易になったことで「駅前食堂」が出来、明治後半になると、寺田虎彦が『後年のデパートメントストアの予想であり胚芽のようなものであった(注1)』と記している勧工場や、三越・白木屋といったデパート、更には阪急や東急のターミナルデパートが出来ていった。都心まで足を運ばなくても、買い物の楽しみと共に食事が出来る「デパート食堂」を、著者はファミレスの前身的存在であったと述べている。
中盤から後半にかけては、大手・中堅から地方発祥のファミレス、作者が「ファミレスの専門化」と称する回転寿司、サラダバー食べ放題のステーキハウスについても頁が割かれているのだが、1970年前後にファミリーレストランというカテゴリーを創出したロイヤルとすかいらーくは、別格のものとして扱われている。この2社が当業態の勃興と定着の中心にいたのは間違いない。
【ロイヤル】
「月刊食堂」等を出版している柴田書店のウェブサイト「フード・ラボ」の中に「外食産業50年史」という頁がある。その中の「ファミリーレストラン」のカテゴリーに最初に記されているのは、1950年4月に設立された、ロイヤルの前身、キルロイ特殊貿易である。設立者である江頭匡一は、城山三郎「外食王の飢え(注2)」の主人公、倉原礼一のモデルともなった、ファミリーレストランの生みの親といえる存在だ。
- 1951年の民間航空再開の流れにのり、機内食と空港レストランを開設
- 冷凍庫の進歩からコールド流通網の発達を想定し、セントラルキッチンを導入
- 知名度とオペレーションスキルの両方を一度に向上させるために、大阪万博に出店
これらは、同社がロイヤルホストを全国展開する以前に進めてきたことであるが、彼の「私の履歴書(注3)」と併せ読むと、鬼気迫る情熱と、来るべき社会を予測して先手を打っていく迫力に圧倒される。
【すかいらーく】
一方、東の雄であるすかいらーくの横川兄弟は、アメリカ視察でモータリゼーションを背景とした郊外型外食チェーンの隆盛を目にし、「出店する前から、100店、100億円企業が実現できるシステムを研究してスタートした(注4)」と語っている。同社は、6年で約5倍(注5)という日本の自家用車の急速な普及スピードと寄り添うように、出店を加速させていった。それを支えたのは、独自の賃借システムであるリースバック方式である。これは、同社が設計した建物を地主に建ててもらい賃借するやり方であり、「2年で回収できる(注6)」と地権者を説得していたらしい。明るい店・明るい接客・おいしい食べ物を標榜したすかいらーくは、子供達から圧倒的な支持を受けた。同社創業者の一人である横川竟はこう語っている。
『子供が育てたんですよ。すかいらーくは。みんなが子供を連れて行くようになったことが、すかいらーく、そしてFR(ファミリーレストランの略)が成長した原動力なのです』(本書126頁)
2.ファミリーとファミリーレストランの定義
ファミリーレストランの「ファミリー」は、1970年前後の流行語である「ニューファミリー」から取ったものだ。戦後のベビーブーム期以降に生まれた世代を指すこの層は、(1)友達的な夫婦関係(2)マイホーム志向(3)ファッションやライフスタイルに敏感という特徴を持っていた。この、先端的象徴であったニューファミリーに訴求するために、すかいらーくの創業一族である茅野亮は、日経流通新聞の記者と「ファミリーレストラン」という言葉を造り、1973年に8号店を出した時から、対外的な広報資料に明記するようになった。(本書121頁~122頁)
因みに、現在、富士総研の市場調査時におけるファミリーレストランの定義は以下の三点から成っている。
(1)単価が500~2,000円 (2)注文から料理提供までの時間が3分以上 (3)座席数が80席以上
どこにも「ファミリー」の要素が見当たらないのが面白い。
3.ファミリーレストランの存在意義と今後のゆくえ
著者は、1970年代に最盛期を迎えたファミリーレストランを、アミューズメントパークになぞらえ、「家族の絆と非日常を感じる特別な場」であったと振り返っている。(本書157頁)
しかし、コモディティ化の波が急速に押し寄せた1980年代ともなると、柳田國男の世界観(注7)を引用し、こう嘆息せざるをえない。
『ファミリーレストランは「ハレ」の場所として休日に使う機能はどんどん薄くなり、逆に日常の「ケ」の場所と化していった。』(本書245頁)
この流れは、バブル崩壊後の1992年以降、低価格+呼び出しボタン+ドリンクバーで一世を風靡したガストによって決定づけられる。「おいしい食事を家族で食べる場所」から、「より安くいられる場所」へとシフトしていったのだ。(本書223頁)
重松清は、近著『ファミレス』(2013年)で、ファミリーレストランを「ファミリーレス」、つまり「家庭がなくても居られる場所」と定義した。
それから一年たった今年の夏。仕事仲間や1人での「ファミ呑み」という言葉が女性週刊誌などで躍った。
1~2人客やグループ客を取り込み、業績を大幅に向上させたすかいらーくだけでなく、「吉呑み」が出来る店舗への転換を進める吉野家や、駅前の赤提灯替わりとなりつつある日高屋など、「家族でなくても居られる場所」が、居酒屋チェーンの領域を侵食しつつある。
新しい動きは他にも出てきている。作者が「ファミリーレストランの正しい継承者」(本書256頁)として高く評価しているサイゼリヤは、「Pastas」という持ち帰り用スパゲッティの実験店を8月から始めた(注8)。中食の比率が高くなる中、もはやファミレスには「場所」すら必要ないのではないかという大胆な仮説を検証しているのかもしれない。
すかいらーくの谷社長は、単身者や高齢者をターゲットとした新たな業態を立ち上げる一方で、全店舗の半数近くを改装する「既存店強化」を打ち出した(注9)。脱ファミレス戦略によって10月9日の再上場に漕ぎ着けた同社の、静かなるDNA回帰宣言と言えよう。
『ファミリーレストランは大きなチェーン店でも、小さな規模でもいい。大事なのは、家族にとっての居心地のよさとおいしさが「ずっと」続くことなのだ。』(本書266頁)という著者の訴えは、ファミリーレストラン華やかなりし頃を知る者全ての、仄かな願望なのである。
(黒田 恭一)
(注1)「銀座アルプス」寺田虎彦著,岩波文庫,1963年刊
『新橋詰めの勧工場がそのころもあったらしい。これは言わば細胞組織の百貨店であって、後年のデパートメントストアの予想であり胚芽のようなものであったが、結局はやはり小売り商の集団的蜂窩あるいは珊瑚礁のようなものであったから、今日のような対小売り商の問題は起こらなくても済んだであろう。とにかく、これは、田舎者が国へのみやげ物を物色するには最も便利な設備であった。それから考えると、東京市民の全部がことごとく「田舎者」になった今日、デパートの繁盛するのは当然であろう。』(1933年中央公論)
(注2)「外食王の飢え」城山三郎著,講談社,1982年刊
私の履歴書の初回で、江頭は城山からサイン入りの単行本を貰ったものの、まだ開いていないと書いている。しかし、連載の最終回では、小説の結末について言及しているので、読了したようだ。
(注3)「私の履歴書」江頭匡一著,日本経済新聞連載,1999年5月
日本経済新聞において1999年5月1日~30日に連載された。ロイヤルホールディングスのホームページで読むことが出来る。
(注4)「業界を先取り、すかいらーく飛翔」, 日経ビジネス,1976年2月2日号
茅野社長(当時)の言葉。すかいらーく1号店を出す前に、店舗規模、色彩、雰囲気、取扱いメニュー、価格、客層、立地などの、あらゆる項目のコンセプトを描いていた。
(注5)1966年に229万台だった自家用車が1972年には1092万台となった。(本書98頁 一般財団法人 自動車検査登録情報協会データより)
(注6)「地主には、アパートを建てると投下資本を回収するのに6年かかるが、ウチに貸してもらえれば2年で回収できる、と説明すれば大概協力してくれる」日経ビジネス1976年2月2日号
(注7)「明治大正史(世相編)」柳田国男著,講談社学術文庫,1993年刊
『明治以降の庶民生活では、褻(ケ)と晴(ハレ)の混乱、すなわちまれに出現するところの昂奮というものの意義を、だんだんに軽く見るようになった』(1930年初出)褻(ケ)は日常、晴(ハレ)は非日常を指す。
(注8)「外食、背水の転身」日経ビジネス,2014年9月29日号
(注9)「すかいらーく 脱ファミレスで再上場」,日経ビジネス,2014年11月3日号
『ファミリーレストラン~外食の近現代史』 (光文社新書)
(参考文献・Webサイト)
『定食学入門』今柊二著,筑摩書房,2010年刊
『寺田虎彦随筆集第四巻』寺田虎彦著,岩波文庫,1963年刊
『外食王の飢え』城山三郎著,講談社,1982年刊
『午前八時の男たち』城山三郎著,光文社,1983年刊
『明治大正史(世相篇)』柳田國男著,講談社学術文庫,1993年刊
『ファミレス』重松清著,日本経済新聞社出版部,2013年刊
『テニスボーイの憂鬱』村上龍著,集英社,1987年刊
『国道沿いのファミレス』畑野智美著,集英社,2011年刊
『私の履歴書』江頭匡一著 ロイヤルホールディングスHP
『フード・ラボ』柴田書店ウェブサイト
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