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今月の1冊

2016年07月12日

ビジネスに役立つアート鑑賞

エグゼクティブは美術館に集う 「脳力」を覚醒する美術鑑賞

奥村高明; 出版社:光村図書出版; 発行年月:2015年4月; 本体価格:2,106円

2016年は大きなアートイベントが目白押しの一年です。記憶に新しいところでは、生誕300年を記念して開催された東京都美術館の「若冲展」。約1カ月間という短い開催期間にも関わらず、様々なメディアで取り上げられたため、多くの方が「じゃくちゅう」という言葉を耳にしたのではないでしょうか。そして、現在は、東京国立博物館で開催されている日本と韓国の二つの貴重な半跏思惟像が見られる「ほほえみの御仏」展が話題になっており、夏から秋にかけてはさいたま、茨城、愛知、瀬戸内など各地で芸術祭が開催されるなど、アートに触れる機会に恵まれた年です。

私はアートに造詣が深いわけではありませんが、学びという視点で広く社会と関わりたいという思いから、博物館学芸員資格の勉強をしています。博物館、美術館を訪れて調査研究をする中で、どの施設でもあまりビジネスパーソンの方を見かけることがないこと、いらっしゃったとしても作品を見るよりも解説を読むことに時間をかけている方が多いという、少し残念なことに気がついてしまいました。

「美術」や「アート」は敷居が高く、ごく一部の限られた人のものという印象をお持ちかもしれませんが、今、アート鑑賞がビジネスに役立つということが注目を集めているのです。もっと多くの方に美術館に足を運んでいただきたい、そしてもっと美術作品とコミュニケーションをしていただきたいという思いから、今回は奥村高明先生の『エグゼクティブは美術館に集う 「脳力」を覚醒する美術鑑賞』(光村図書、2015年)を紹介します。

本書には、脳科学者との対談、大人と子どもの美術鑑賞の仕方の違い、美術鑑賞のコツなどが書かれていて、アート好きな方も苦手な方も、手軽に読める鑑賞ガイドブックのような一冊です。特に、興味深いのは「ニューヨークでは、ビジネスパーソンが早朝のMoMA(ニューヨーク近代美術館)に集まって美術鑑賞をしていること」、「ビジネススクール(経営大学院)ではなくアートスクール(美大大学院)で学ぶ人が増えていること」が書かれている点です。

では、アートとビジネスはどのようにつながっているのでしょうか。少しだけ紹介します。

自他の文化を知り、教養を高めることができる

グローバル化が加速し、様々な国の人と接する機会が増えている中で、自国の文化を語る力、他者の文化を理解する力、教養として芸術を語る力は、ビジネスにおいてとても大切です。しかし、解説を読むことで作品を理解したり、美術作品の価値を確認するような、教養を高めるだけのアート鑑賞は、何だか一方通行のように感じ、少しもったいないと私は思います。

心身をリラックスさせ、思考の幅を広げることができる

オフィスのような無機質な空間よりも、美術作品のある空間の方が、リラックスできて脳が活性化することが実証されています。そして、アートを鑑賞する時には、私たちは美術作品だけでなく、作品を通じて自分の思考の枠も見ていると言われています。美術館は、リラックスできる空間で、自らの思考の枠や思いこみに気付き、それをほぐすことで思考力を高められる有効な場のひとつと言えるのではないでしょうか。

創造性を高め、複合的なビジネスの問題を解く能力を身につけることができる

ビジネスと同じで、アート鑑賞には唯一の正解があるものではありません。解説を読んでわかった気になったり、「何が書いてあるかわからない!」とすぐに結論を出してしまうことはありませんか?ここで大切なのは、作品と一体になって、作品内の人物になりきって、散りばめられた要素を組み合わせ、解釈しながら、物語を想像して論理的に組み立てるように作品としっかりコミュニケーションをすることなのです。これはビジネスの問題解決のプロセスと同じではないでしょうか。少し試してみたくなりませんか。

このように、アート鑑賞にはビジネスに役立つことがたくさんあります。作品とのコミュニケーションを通じて論理的思考、創造的思考を実践する場だからこそ、MoMAには早朝からビジネスパーソンが集まるのだと思います。日本には早朝から開館している美術館はないようなので仕事前に行くことは難しいですが、夜まで開館している美術館はありますので、ぜひ仕事終わりに気持ちを切り替えて訪れてみてはいかがでしょうか。

本書の最後には、「奥村式 美術館の歩き方」として、アート鑑賞のコツが書かれていますが、これに、僭越ながら私が皆さまにおすすめする3つのポイントを加えさせていただきます。

  1. お住まいの地域の美術館へ行ってみましょう!
    上野にあるような大きな美術館も魅力的ですが、県や市や区などが運営する地域の美術館に足を運んでみていただければと思います。展覧会だけでなく、公開講座やワークショップ、学校教育との連携など様々な活動を通じて美術館が地域の人々とつながろうとしていることもわかりますし、地域の新しい魅力を発見できるのではないでしょうか。
  2. 特別展(企画展)と常設展(コレクション展)の両方を開催していれば、ぜひ常設展へ!
    常設展(コレクション展)は、美術館が日々の研究の成果を込めて購入、収集した作品を、常設と言いながらも作品保存の関係で定期的に入れ替えて展示をしています。多くの人は期間限定で大々的に開催される特別展(企画展)を目当てに来館しますので、特別展は混雑することが多いのですが、常設展は自分のペースでゆったり鑑賞することができます。そしてお値段も数百円ととてもリーズナブル!自分と向き合うのに最適な環境が整っています。
  3. 気に入った作品は、誰かと共有しましょう!
    貴重な鑑賞の記憶を自分ひとりのものにしておくのはもったいないです。なぜ気に入ったのか、自分はどう考えたのかを文字や言葉にしておきましょう。SNSにアップするのも、何人かで一緒に対話しながら鑑賞するのもおすすめです。

この夏には、全国各地でたくさんのアートイベントが開催されます。美術館は、展示してある美術作品にもよりますが、だいたい気温22度、湿度55%という、暑い夏にはたいへん快適な空間に整えられています。お仕事に追われる毎日の中で、ふと立ち止まって、本書を片手にゆっくりアート鑑賞をしてみてはいかがでしょうか。

(石澤夕貴子)

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