今月の1冊
2018年04月10日
『みみをすます』谷川俊太郎(福音館書店)
取り寄せたその本は山吹色の箱に入っていた。
表紙にはおおきなやさしい書体で「谷川俊太郎 みみをすます」
山吹色に、箱! 予想外の装丁に、目をみはる私。
古い本特有のあの香りがするのかと鼻が警戒する。
山吹色の箱からひっぱりだすと、シュルシュルシュルと音がする。
自然と「みみをすます」私。
装丁だけで私の五感が急に動き出したこの本。本を開く前に高まる期待。
なんでしょう、子供の時のように、ひさしぶりにわくわくした。
みみをすます
きのうの
あまだれに
みみをすますみみをすます
いつから
つづいてきたともしれぬ
ひとびとの
あしおとにみみをすます
めをつむり
みみをすます
ひらがなだけの詩がしずかに始まる。
あまだれから、様々なくつのあしおと、生き物のなきこえ、人間が発するおと、社会のおと、へと拡がり、そしてみみは時代をさかのぼる。
みみをすます
じゅうねんまえの
むすめのすすりなきに
みみをすます
みみをすます
ひゃくねんまえの
ひゃくしょうのしゃっくりに
みみをすます
(中略)
いっちょうねんまえの
うちゅうのとどろきにみみをすます
十年前の娘のすすりなきから一兆年前の宇宙のとどろきにまで「みみをすます」。
壮大な宇宙の中に解き放たれたわたしの心が、いきなり今ここに引き戻される。
みちばたのいしころやコンピューターのうなるおと、ギターをつまびくおと、へと戻る。
ざわめきのそこの
いまに
みみをすますみみをすます
きょうへとながれこむ
あしたの
おがわのせせらぎに
みみをすます
長い長いひらがなだけの詩。かな文字ゆえのやさしさとともに、生命の力強さが伝わってくる。
詩を読み進めるにうちに、凝り固まった私から、あなたへ、世界へ、過去に、そして現在に戻ってくる。いつのまにか心の半径が拡がっている不思議な感覚。いつものこの場所、日常にいながら、旅をしてきたような爽快感がある。
そしていつの間にか、子供たちが、山吹色と表紙のなんとも奇妙な顔の挿絵にひかれて私の手元をのぞいている。私が「みみをすます・・」と声にだすと、子供たちが表紙の挿絵と同じ顔をして「みみをすまし」て聞いている。
ひとりだったはずなのにいつの間にか隣りに人がいる。
みみをすますって、どういうことかわかる?と聞いてみる。
9才の息子は耳の後ろに手をあてた。5才の娘は背後の兄の動作を感じとろうとしながら手を動かし、いきついた先は頭の上。
それはうさぎだよーと、ひと笑い。
だって保育園の発表会でウサギ役の子がこうやるもん、耳をすましてみよう!って。
そうかそうか、そういうことか、ともうひと笑い。
この春、長女は学区が異なる中学に入学した。
顔なじみの友達がいない新しい学校で、新しい人間関係を築く不安と戦っている。同じ小学校出身同士で盛り上がっているクラスメートの会話、クラスの空気の流れに、みみをすます彼女。
「休み時間なんていらない。話す相手はどうせいないんだから。」とぽつり。
張り詰めた彼女の心の緊張の声に、みみをすます私。
谷川さんの対談記事で、耳をすますとは耳を澄ますと書き、英語にはその状態を表す表現はないというのをよんだことがある。
聞くでもなく、聴くでもなく、「みみをすます」
春は出会いと別れの季節。これまでの環境や価値観とは異なる中にあってとまどうこともあるかもしれない。そんなときにこそ、自分の声だけに耳をかたむけていないか、そばによりそう家族や仲間のかすかな声、息づかいがきこえているのか、目をとじて、みみをすましてみよう。
(前田 祐子)
『みみをすます』(福音館書店)
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