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今月の1冊

2018年06月12日

『のんきに生きる』鈴木登紀子(幻冬舎)

のんきに生きる
著:鈴木登紀子 ; 出版社:幻冬舎 ; 発行年月:2017年5月; 本体価格:1,188円

「人生100年時代」という言葉を、あちらこちらで耳にするようになりましたが、皆さんはどのように受け止めてますか。人は誰しも死に対して恐怖があるもので、長生きできることは喜ばしいはずなのに、いざ、「あなたは高い確率で100歳まで生きられますよ」と言われると、喜ばしい感情だけではなく、どこか心がざわつくものがないでしょうか。

想定していたより長く人生を過ごせる分、健康面、生活面に対する不安もより高まるかもしれませんし、実際、いまだ60歳を定年としている企業も多い中、突然「人生100年時代に備え、70歳までは現役でしっかりと働けるようにすべきだ」と主張されても、フルマラソンに挑戦している最中に、主催者から「レースの途中ですが、フルマラソンからトライアスロンに変更になりました。」と言われるのと同じようなことではないでしょうか。

正直、私はどちらかというと「人生100年時代」を、現代を生きる人に課された重いミッションのように感じていました。

しかし、ある時、鈴木登紀子さんという93歳の料理研究家が、それは生き生きと料理番組に出演されているのを目にしたきっかけで、人生が何年時代だろうが、必要以上に構える必要ないのではないか。と、受け止め方を少し変えることができました。

鈴木登紀子さんは、現在も、ご自宅で料理教室を開催し続け、メディアでもご活躍。工夫や知恵を紹介しながらの家庭料理を披露する姿に、視聴者は皆、自身の祖母の姿を重ね、「ばぁば」という愛称で女性を中心に多くの方に支持されています。

私も、初めて鈴木登紀子さんを目にした時、90歳を超えても、凛とした気品を保ちながら、ユーモアを交えた、はっきりとした通る声で、見るからに美味しそうな家庭料理の調理方法を教えている姿にあこがれ、「ああ、この方のように歳を重ねたい」と思いました。

いわば、人生100年時代の先駆者といえる「登紀子ばぁば」が、これまでどのような人生を歩まれてきたのか。とても気になり、プロフィールを調べたり、著書を探して何冊か拝読したりしました。

93歳で、今なお現役。
どんな超人的な方かと思われませんか。

実は、登紀子ばぁばは、結婚を機に青森から上京してから、30代半ばまでは、3人のお子さんを育てる専業主婦でした。子育てがひと段落した30代後半に、近所の方々を自宅に招いて料理教室をするようになった、いわばどの町にでもいらっしゃるような「お料理上手な奥さん」だったのです。

そのお教室が評判となり、雑誌などのお仕事を通して46歳のときに料理研究家としてデビューをされ、今日まで40年にもわたり定期的に出演されることとなるNHK「きょうの料理」の初出演はなんと50歳を過ぎてからでした。

この経歴を拝見するだけでも、自分もこれからまだ人生の変化を楽しめるのではないか、まだまだ頑張れるのではないかと、勇気をいただけます。

もちろん、これまでのご活躍は、登紀子ばぁばの努力あってのことだと思います。しかし、ばぁばの生きざまは「自分とは違うタイプの人」「特別な人」と感じてしまうストイックさはあまりなく、とても身近に感じることのできる魅力があるのです。その証拠に、今回取り上げたご著書のタイトルは『のんきに生きる』です。

のんきに生きて、93歳現役。「人生100年時代」をポジティブに受け止められる秘訣を求めて、手に取った1冊です。

秘訣1:分相応に、1日1日。

90歳を超えて、現役の料理研究家でいることは並大抵なことではなく、私などは、自分にはとうてい真似出来ないと考えてしまいますが、登紀子ばぁばには、圧倒的なカリスマ性というよりも、どことなく安心できる柔らかさ、しなやかさを感じます。
凡人には決して真似ができないような完璧主義ではなく、ご本人も、「何ごとも無理はしないし、無理はできないわ」「わたくしは、いい加減なことも多いの」とお話されています。

ただ、1つだけ。「料理だけは真面目に、どんなときでも手を抜かない。お料理に関しては無理をする」と決めているそうです。

人は誰でも、成長したいと思いますし、理想像はあると思いますが、登紀子ばぁばは、まず『分相応』という考えを大事にされてます。
「なりたい自分」に近づくために、あれも、これもと、多方面で上を目指すのではなく、自分はこれができる!と思うことに、1つでもいいのでプライドを持って、精一杯取り組む。そして、精一杯取り組むことが大事で、成功失敗には必要以上に拘わらず、思い通りにいかないときに言い訳をしない。

これだけのキャリアを積まれた登紀子ばぁばでも、お料理教室で、思うような仕上がりに作れないこともあるそうです。そんな時は、「料理だけは真面目に、どんなときでも手を抜かない」という信念に沿って、ごまかしたり、うやむやにしたりせずに、自分よりもずっと年下の生徒さんにでも、はっきりと失敗を認め、謝り、生徒さんが自分のミスから学べるように修正ポイントを必ず伝える。そして、自らは悔しいという想いを大事に反省する。

93歳になったいまでも、今日が一番若い。今日よりは明日、明日よりは明後日。この歳でも、少しずつでもいいから成長したい。

欲張らずに、分相応を心掛け、1日1日の成長を大事にする。人生は案外長いと実感をもっているばぁばだからこその、人生という長い道を楽しみながら完走する秘訣ではないでしょうか。

秘訣2:なんとかなる!

登紀子ばぁばは40代の時に、主婦から料理研究家へ転身、今で言うキャリアチェンジをされています。料理ということの行為そのものは大きく変わりませんが、活躍の場を家庭だけではなく、社会へ広げること、その挑戦を40代にすることのハードルの高さを自分に当てはめると、かなりの勇気と思い切りが必要に思えます。

登紀子ばぁばも、それこそ、「清水の舞台から下りる気持ちで」とおっしゃるのではないかと、想像していたのですが、しかし、意外にも、ご本人「私はいつも、なんとかなると思ってやってきたの』と、あっけらんと当時を振り返ります。

チャレンジすること臆せず、機会をもらったことに感謝し、失敗したら、自分には分不相応だったのだと反省して、謝罪をして身を引けばいい。「なんとかなる」と、普段通りの自分のまま、一生懸命やる。ただそれだけ。

登紀子ばぁばは、年齢を気にする方が多いけれど、40 代、50代というのはそれなりに人生経験も積んでいて、体力も気力もまだまだあり、何か新しいことことをするのには、とてもいい時期、といいます。

ただ、人生経験というのは、諸刃の剣になることもあると私は思うのです。経験があるからこそ、臆病になってしまうこともないでしょうか。

登紀子ばぁばが躊躇せずに、人生経験がいつもポジティブに作用する秘訣は、挑戦する前からあれこれ考えたり、くよくよしたりせずに、「なんとかなる」という魔法の言葉で自分の中から前向きな力を引き出すこと。
臆病な大人にはなかなか難しいかもしれませんが、まずは、「なんとかなる」と、言ってみることから始めたいですね。

秘訣3:「ああ、おいしい」は生きる力になる。

食べることは生きること。人は食べないと生きてはいけません。ならば、美味しいものをいただきましょう、美味しいものを食べたら誰でも楽しい気分になるでしょ。と登紀子ばぁばはは言います。

人間の身体をつくるのは、食べ物です。旬のもの、おいしいものを食べていると、身体だけではなく、気持ちも自然にゆったりとほぐれてゆきます。

現代は、男女かかわらず、家事と仕事を両立している方が大半で、ご自身の食事、あるいはご家族への食事も、毎日の時間との闘いの中、用意されていることも多いと思いますし、ゆっくり味わう時間がなかなか作れないかたもいらっしゃるかもしれません。
3食毎回は無理でも、それぞれのライフスタイルに合わせて、1日1回、朝食でも、ランチタイムでも、夜食でも、どこかで心と体をゆったりとほぐれるような、食事をいただきたいですね。

実際、ばぁばの秘訣、1日1日の成長を楽しむにも、なんとかなると前向きな力を出すにも、「心と体の余裕」が必要ではないでしょうか。

では、その「心と体の余裕」がないときはどうすればいいのか。

答えは…
それでも食べること。

登紀子ばぁばも、これまでの長い人生、いろいろなことがおきたそうです。
64年連れ添った最愛の夫の死、ご自身の病気。ばぁばは、若い頃はそれこそ丈夫に過ごしたそうですが、近年は、大腸癌、肝臓癌、心筋梗塞という大病を乗り越えた経験もあります。そんなときは、「なんとかなる」と思えるばぁばでさえも、やはり食べる気が起きないこともあったそうです。

それでも、なんとか手を動かして料理を作って、「美味しい」と味わいながら、ご飯を食べる。それを繰り返えすうちに、元気になる。

食べることは人生そのもの。
人生が何年時代と言われようが、1年、1カ月、1日・・・そして、その一口の積み重ねであることは、昔も今も変わらないと思います。

美味しいものを食べ、「なんとかなる」を口癖に、今日よりは明日、明日よりは明後日、少しでも成長できるように一生懸命に生きる。

そう。人生が何年になるのかなんて、それは、ただの結果ではないでしょうか。

(藤野 あゆみ)

のんきに生きる』(幻冬舎)

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