KEIO MCC

慶應丸の内シティキャンパス慶應MCCは慶應義塾の社会人教育機関です

今月の1冊

2020年10月13日

竹中 平蔵『経済古典は役に立つ』

経済古典は役に立つ
著:竹中 平蔵 ; 出版社:光文社新書; 発行年月:2010年11月;

今だからこそ経済古典を学ぼう

経済学専門の教授から聞いた話ですが、経済学の教授だと自己紹介すると、「儲かる株を教えてくれ」と言われることがよくあるそうです。株価を予想するのはアナリストの仕事であって、経済学者の仕事ではない、と冗談交じりに愚痴をこぼしていたことがありました。

皆さまは経済学と聞いてどんなイメージが浮かぶでしょうか。真っ先に浮かぶのはやはりお金の学問というイメージでしょう。中にはマクロ経済学、ミクロ経済学という言葉を聞いたことがある方もいるかと思います。ざっくり説明すると、マクロ経済学は政府や日本銀行の動きと経済の関係性を分析するもの、ミクロ経済学は企業や家計など個々の経済主体とお金・労働力といった資源の関係性を分析するものです。例えば”コロナで経済悪化。過去に例を見ない財政政策実施”と言う場合はマクロ経済学の範疇ということになります。

さて、そんな私達の生活と切っても切れない関係にある経済ですが、それを研究する経済学が生まれたのは1776年にアダム・スミスが『国富論』(諸国民の富)を刊行してからのことであり、実は250年の歴史もない学問なのです。ではなぜそこまで経済学は無かったのでしょうか。さまざまな理由が考えられますが、単純に経済学が必要なかったという考えがわかりやすいと思います。例えば貴族の息子は貴族になり、八百屋の息子は八百屋になることが決まっており、職業選択の自由、つまりは労働市場が無いため人の動きが極めて限定的でした。加えて、売買の範囲も量もかなり小さかったため、経済の発展も変化も極めて小さく、多くの場合で今日と変わらない明日がずっと続くと考えられていました。またお金儲けは悪だとも考えられていたとも聞きます。そのような時代背景があったため、家業を粛々とこなしていればよく、もっと言うと経済がどうなっていくかを誰も考える必要がなく、経済学が発展しなかったのでしょう。

ところで経済学の巨匠と聞いて誰を思い浮かべるでしょうか。経済学を学んだことのない人でも、アダム・スミス、ケインズ、シュンペーターなどの名前を聞いたことがある人は多いのではないでしょうか。私自身経済学部出身で、10年ほど前ですが経済史も学んだこともあり、アダム・スミスと言えば国富論、ケインズと言えば公共政策、シュンペーターと言えば破壊的イノベーションと、一問一答の形で覚えていました。ただ、彼らの主張や考え方は既に過去の話で、言ってみれば徳川家康が天下統一したことと同じ歴史の1ページでしかなく、現代経済を考える上では役に立たないものだと思っていました。

しかし竹中平蔵氏は著書『経済古典は役に立つ』でこう言います。

私達が今直面している経済社会の問題を解決するうえで、経済古典と言われる文献がきっと多くの示唆を与えるに違いない。

この書籍が刊行されたのは2010年10月であり、執筆時期はリーマンショックの経済危機直後なはずです。これはどういうことでしょうか。古典と呼ばれるくらい古くなった理論が現代の複雑な経済に当てはまるのでしょうか。竹中氏はこうも言います。

多くの経済古典は目の前の問題解決のために書かれた。そこから導き出されるものは多い。

考えてみれば当たり前ですが、経済古典と言われる書籍は当初から古典だったわけではなく、書かれた当時は新刊でした。書かれている内容も机上の空論ではなく、その当時の社会問題を解決するために考え出された手法をまとめたものです。社会問題とその対応が書かれているという点で、経済古典は学ぶことはケーススタディになると考えることができるということでしょう。

確かに古典と呼ばれるだけあり、例えばアダム・スミスの「神の見えざる手」という考えは250年ほど前のもので、その当時の経済と今の経済は大きく違います。(実際にはアダム・スミスの著書にはそのような記述はなく、”見えざる手”と1回でてくるだけだそうです。)しかし、経済の基本的な考え方は同じであり、アダム・スミスの考えは現代経済においても変わらず重要な理論なのです。

実際、共通する部分も多くあります。アダム・スミスが、生産性が今後の鍵を握ると気づいたプロセスは現代社会にも当てはまるものです。「時代遅れで今の経済には当てはまらない。学ぶ価値のない考えだ」と切り捨てるのではなく、どのような条件下でその理論が有効に働くかを理解し、使いこなせるようになることで複雑な現代経済を読み解く武器を得ることができるのです。

もちろん、経済学の巨匠と呼ばれている経済学者の考え・施策が全て正しいわけではありません。例えばマルクスは資本主義社会がいずれ共産主義社会にとって変わられると予想しましたが、ご存知の通り資本主義経済はなくなる気配はありません。また、どの主張もその前提によっては正しくも誤りにもなりえます。各々の経済理論の考え方を学ぶことは重要ですが、どの経済古典が正しい・間違っていると考えることは危険だとも言えます。複数の経済古典を学び、自身の引き出しを増やしていくことこそが経済の未来を考える上で役立つのだと思います。また、それは古典のみならず直近の理論にも当てはまるものだと思います。例えばMMT理論が正しい・正しくないではなく、現実に合わせてMMT理論の良い点を取り入れ、経済を良くしていくことが重要なのではないでしょうか。

今、まさにコロナによる経済危機の最中です。だからこそ経済古典に立ち戻り、経済とは何か、経済はどういった歴史を辿ってきたのかを振り返ってみてはいかがでしょうか。『経済古典は役に立つ』では9人の経済学者を6つの時代に分けて焦点を当てています。それぞれの時代背景と当時の社会問題を紹介した上で各巨匠の人となりを解説、その後どういった主張をしているのか原典にあたって生の声を紹介しています。まさに経済古典を学ぶ第1歩として適切な本だと思います。

慶應MCCでは明治大学の飯田泰之先生を講師にお呼びして、経済学の巨人と世界経済の未来を考えるワークショップ形式の講座を12月に開講予定です。アダム・スミス、ケインズ、石橋湛山、フリードマン、ミンスキー、ピケティの経済学の偉人と呼ばれる6人が経済危機をどう乗り越えたかを学び、経済の未来を考えます。読書に加えて、講師・参加者との交流で学びを深めてみませんか。ご興味のある方はぜひ下記をご覧ください。

◇飯田泰之先生と深める【危機の経済学】
http://www.sekigaku-agora.net/c/2020/mo2020b.html

(塚田 卓満)

経済古典は役に立つ
著:竹中 平蔵 ; 出版社:光文社新書; 発行年月:2010年11月;
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