今月の1冊
2022年02月08日
徳川 夢声『話術』
「“頑張ってください”というのは、司会者としてちょっと上から目線ではないのか。」
『夕学五十講』で私が司会をした際の受講後アンケートに頂いた参加者からの感想です。
その回では、講演の質疑応答で質問をしてくださった方が、「今日の話を将来の自分の夢に役立てたい」と仰ったことに対して、司会である私が「将来の夢、頑張ってください」とお伝えしました。
一回に数百名の方がお越しになる講演会では、初めてお目にかかる方も多数いらっしゃるため、どのような方々にお集まり頂いているのか、参加者も司会である私のことはよく知らずにご参加いただくことが大半です。
そのようななかにあって、アンケートに記載された感想。
“頑張ってください”、“司会者”、“上から目線”・・・と、私の頭の中ではこの3つが絡まりはじめ悶々としたことは言うまでもありません。
ただ一つ言えることは、あの場で、司会者である私が、ご質問頂いた方に「頑張ってください」と答えたことが気になった方がいらしたということでした。
話す側の立場や雰囲気、相手によっての受け止め方・・・など、何気なく発した一言が意図せぬ感情を招いたり、引っかかったりするものであることを、改めて教えて頂く機会となりました。
そこからかもしれません。話し方のテクニックよりも、相手に届くための話し方とはどのようなものなのか、関連する書籍を読んだり、参考にしたい話しぶりをされる方を参考にしたりと意識するようになっています。
多くのコミュニケーション術、話し方の本が出ているなか、『話術』というこのストレートな題に惹かれ手にした一冊。
著者の徳川夢声さん(1894-1971)は、自らの仕事を舞台俳優、映画俳優、漫談、ラジオ放送、著述と分類し「五足のわらじ」と称し、日本の元祖マルチタレントとも言われています。
この5つの職業ともに、すべて「話術」に繋がることと思いますが、映画説明、漫談、ラジオの物語、ナレーション、俳優、司会、インタビュー、スピーチと、辿っていくと夢声さんの話術に関するエピソードには枚挙にいとまがありません。結婚式のスピーチでよく話されるという、いわゆる「3つの袋」の起源を作ったのも夢声さんという逸話も残っています。
私は、夢声さんが活躍されている頃のことも存じ上げず、お声も聞いたことはないのですが、伝説の話術の名人がどのような指南書を残しているのか、とても気になり、一気に読んでしまいました。
初版は昭和22年、現在は文庫化にて新装版となっており、七十五年もの間、読み継がれているロングセラー。話術を体系的に解説していますが、ハック的なテクニックの話はほとんど取り上げられていません。まったく色褪せず、現代の私たちにも普遍的な事柄が数多く記されているのです。何よりも、終戦後二年目という混沌としていたであろう時代に、夢声さんが、この本を書いたこと、「ハナシ」をテーマに広く伝えようとしていたことに驚愕します。
まず冒頭に、「ハナシ」を日常話と演壇話に分け、日常話のなかには座談、会談、商談などの業談、演壇話のなかには演説、説教、演芸と図式化しながら的確に分類し、それぞれの分類に適した話し方を解説していることが印象的です。
そう、夢声さんの解説は非常にロジカルなのです。分類から始まり、それぞれの解説に適したご自身のエピソードを交え、時に笑いを入れながら、小気味良いテンポで章が進んでいきます。まさに、夢声さんの話術の気持ちのよい進め方を彷彿とさせるのです。
ハナシはだれでもできるもの。
ことに今日の日本人は、いわゆる民主主義で暮らすわけですから、それにはだれでもかれでもみんなが、自分の思うことを率直に言い合い、自分の信念をわかりやすく他人にうなずかせなければなりません。
この一文に、昭和22年という時、戦後 日本の社会が激変していくなか、夢声さんが心に留め、大切なこととして広く日本人に伝えようとしたかったことに他ならないと思います。
-長い物には巻かれろ。-出る杭は打たれる。-なるべく目立たないようにしろ。
-他人に言わせろ、自分は言うな。-言いたいことは、内緒で言え。
こんな了見は、封建時代の遺物です。この際、さっさと捨ててもらいましょう。
当然のことのようにサラッと記されていますが、七十五年を経た2022年のいま、誰もが皆、自分の思うことを率直に言い合い、自分の信念をわかりやすく他人に伝えることができているのか、ふと疑問にも思います。私たちは、もしかしたら、“封建時代の遺物”を抱えたまま、当時よりもそれを隠し持ちながら、いまを生きているようにさえ思うのです。
ハナシは人なり
コトバは心の使い
ココロがそのまま言葉になって現われ、ハナシとなって、人の心に働きかけるのであります。
ですから良き話をするには、良き心をもっていなければなりません。
(中略)
良い話をするのは、別に雄弁を必要としません。訥弁でも、心の良い人は、良い話ができます。
夢声さんは、話の根本条件として、「人格と個性」の大切さを何度も記しています。
口先だけうまく話をしようとしても、いまひとつ相手に伝わらないことが多い。型にはまった話をしようとすると個性が殺されてしまい、これまた相手に伝わらない。
ハナシは誰にでもできる。だからこそ難しい。
私が『夕学五十講』司会の際に頂いた声は、「頑張ってください」の言葉がどうのこうのということよりも、その時発した私のココロがその言葉に乗って出てきたものへの感想、感じ方なのかもしれないと、本書を読むうちに考えるようになりました。
夢声さんは、本書を通して、誰にでもできるハナシであるからこそ、真摯に学び続け、探求し続け、ココロを磨き、その先にある話術を磨いていかなければならないこと、を伝えてくれているのです。
最後に、本書は全文を通して、まさに徳川夢声調で書かれています。故に、夢声さんの声や話し方を知らない私には、夢声さんの声や語り口調で読んでほしいという、今となっては叶わない贅沢な願いも生まれた一冊となっています。
(保谷範子)
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