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慶應丸の内シティキャンパス慶應MCCは慶應義塾の社会人教育機関です

今月の1冊

2023年01月10日

ウィリアム・ブリッジズ『トランジション ―人生の転機を活かすために』

トランジション ―人生の転機を活かすために
著:William Bridges; 翻訳:倉光 修、小林 哲郎; 出版社:パンローリング; 発売年月:2014年3月; 本体価格:1,300円

「3年ぶりの規制なし」として各地に賑わいが戻ったこの年末年始、Withコロナの生活にすっかり慣れたことをしみじみと感じました。1歳の娘は検温、消毒がすっかり日常のものとなり、外出時は入口で立ち止まって消毒ポンプに手を差し出してきます。「可愛いね」と唐突に話しかけてくる通行人のマスク越しの笑顔を察知する力も高まりました。世界中の老若男女が一斉に過渡期(トランジション)を迎えざるを得なかったここ数年でした。

「トランジション」とは、外的に状況が変わること(=「変化」)とは異なり、そうした「変化」に対処するために必要な内面の再方向づけや、自分自身を再定義すること。新型コロナウィルスの感染拡大という変化をきっかけに、生活習慣も、働き方も、余暇の過ごし方も、人間関係すらも大きく変わったこの間はまさしく多くの人々にとって「トランジション」となったように思います。

そう年末に振り返るきっかけとなったのは、昨年の夏、クロシングを機に手に取ったウィリアム・ブリッジズの『トランジション―人生の転機を活かすために』でした。当時は、3度目の育児休暇から復帰して3か月ほど、家族の新型コロナ感染や身内の他界など、激動の環境に翻弄され、自分の中で大きな内的な変化を感じつつも、振り返りの時間を持てず、モヤモヤしていました。

この本は、元ヤフーの本間浩輔さんと元ほぼ日CFOの篠田真貴子さんの対談講演内で、本間さんが篠田さんのキャリアを振り返る軸として紹介されていたのですが、キャリアでは大変著名な本とのことで、ご存じの方も多いと思います。

人の生涯は、
<他者への依存から自立し、自己イメージや個人的スタイルを発達していくタイミング>
<発達させた自己イメージや個人的スタイルが、成長を妨害するようになるタイミング>
といった発達過程における重要なポイントに加え、就職や転職、転居、子の誕生、親の他界、退職など、様々な節目があります。そうした状況が変わる「変化」によって、“心理的に変わる”ことを「トランジション」と呼び、それらを上手く乗り越えることで人は成長していきます。

伝統的社会では「通過儀礼」として、独自の儀式を執り行うことで人生のトランジションを構造化してきましたが、私たちの社会では儀式が形式化され、「トランジション」そのものに対する認識が薄れてしまっています。

ブリッジズはこの「トランジション」がどういったものなのか、その中で人はどのような心理状態に置かれるのか、どうすればスムーズな移行ができるのか、自身やセミナー参加者の体験、コンサルタント経験を踏まえ、体系化しました。

ブリッジスの3段階プロセス

第1段階……何かが終わる
第2段階……ニュートラルゾーン
第3段階……新しい何かが始まる

第1段階(何かが終わる)

外的な変化によって、これまで慣れ親しんできた活動や人間関係、環境などから引き離され、「何かが終わる」段階です。どんなトランジションもここからスタートします。
講演中の篠田さんのお話にも本の事例にも、出産・子育ての話があり、大いに共感しました。

私の場合、仕事復帰を希望していたこともあり、物理的に仕事と子育てをどう両立するかばかりに意識がいっていましたが、夫婦の対話や自分だけの時間、大切にしてきた友人・知人との時間や趣味に充てる時間が取れなくなることを真に受け入れるまで、かなりの時間を要しました。

こうした終わりを迎える中で、それまでの役割や習慣、行動パターンで強化されていたアイデンティティの喪失などの心理的変化を迎えるのがこの時期だそうです。

第2段階(ニュートラルゾーン)

古い自分が終わったことを理解したものの、新しい自分になれていない、”何者でもない自分”で過ごす期間を「ニュートラルゾーン」と呼びます。大切にしてきた習慣や行動パターンはもはや価値を持たず、深刻な喪失感や空虚感に襲われるのがこの時期だそうです。
ただ、この空虚感から逃れようとするのではなく、【一人になれる時間と場所を確保する】【体験を記録する】【自叙伝を書いてみる(過去を振り返る)】といった方法で、ニュートラルゾーンに居る意味を見出すことが「本当の自分」を発見することに繋がり、この時期一番重要なことだそうです。

第3段階(新しい何かが始まる)

ニュートラルゾーンを過ぎると、新たな始まりが動き出します。しかし、いざ新しいことを始めようとすると、「もう少し準備が必要」と先延ばしにするなど、内的な抵抗が生まれることがあります。安全で慣れていた環境から離れることへの恐怖心から来るものです。

そうした変化に対する「内的抵抗」が自分の中に起き、過去と現在を行きつ、戻りつしているうちに、少しずつ「古い自分」と「新しい自分」が融合し、新しい立場に相応しい行動を取ることができるようになるのだそうです。

本の中で特に印象的だったのが、
―「トランジション」には決まった型があるわけではなく、表面上に起こる変化の内容も、衝撃の大きさも、そこでの対応も個人ごと多彩なものであること。
―3つのプロセスは過去自分が経験した「トランジション」と似ていることが多く、これまでの体験を振り返ることがトランジションをスムーズに進めるうえで重要であること。
という点でした。

さて、自分が本書を手に取った時のモヤモヤは何だったのでしょうか。
本書を元に改めて自身と向き合ってみると、冒頭のWithコロナの生活、そして育児と仕事の両立という外的な変化に対するトランジションにおいては十分な「ニュートラルゾーン」を経て、新しい始まりの手ごたえを感じています。一方で40歳を過ぎ一歩踏み込んだ組織への貢献をしなければと焦る自分や、第一子が1/2成人式(10歳)を迎え、子との関り方が新たなフェーズに入る中、親としてのあり方を模索する中で湧き出てきたモヤモヤのように思います。

日々忙殺される中で抱いていたモヤモヤが、自分の内面の変化によって生じていることに気づけたこと、そしてそれらは同時並行であらゆる角度から起こっていることに気づけたことも、この本に出会ったからこそでした。

では、これらの「トランジション」の第一歩として、「何を終えるのか」自らの過去のトランジション体験とも照らし合わせながら、これからじっくりと考えてみたいと思います。

最後に、日本でもお宮参りや七五三など通過儀礼があるものの、この本を読むまでは成長した我が子の晴れ舞台として、スタジオ◯◯!?で記念写真を撮る日といった形式への意識が強くなっていた行事でしたが、もっと子供たちの内面のトランジションに目を向けながら成長を見守る機会としたいと感じました。

人生の節目に立ち返りたくなる一冊、ぜひ皆さんもお手に取ってみてください。

(鈴木ユリ)

トランジション ―人生の転機を活かすために
著:William Bridges; 翻訳:倉光 修、小林 哲郎; 出版社:パンローリング; 発売年月:2014年3月; 本体価格:1,300円
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