今月の1冊
2023年05月09日
神話学から見た世界って?~『世界の神様 解剖図鑑』と神話学講座から~
本記事は平藤喜久子教授(國學院大學神道文化学部)の著書『世界の神様 解剖図鑑』(エクスナレッジ、2020年3月)と、慶應MCC agora「平藤喜久子さんにきく始原【世界の神話と日本の神】」講座(2022年10月開催)をベースにしています。
代田方面、愛媛方面の皆様であれば
「東京・世田谷の代田という地名はダイダラボッチに由来する(諸説あり)」
「愛媛という県名はイザナキとイザナミが生み出した女神の名前エヒメに由来する」
ということはきっとご存知でしょう。
私は平藤先生の『世界の神様 解剖図鑑』で初めて知りました。神様とのご縁は初詣などの節目に……と思っておりましたが、なんの意外と日常の中に溶け込んで身近にあったのですね。
そんな身近な「そうなんだ!」から世界の誕生という壮大な話までも盛り込んだこの本では、世界中の神様たちの不思議な姿や躍動的なエピソードが、なぜかスンとした表情のイラストと説明で図解されていて一気に読めてしまいます。しかし、添えられている説明やコラムの内容はやけに濃く、本格派の香り……。それもそのはず、この本の背景にあるのは「神話学」という学問なのです。
神話学・神話とは
日本には北から南まで各地の風土を感じる神話や、山や川などその土地ならではの地形があったからこそ生まれたであろう神話がたくさんあります。もちろん神話は日本だけではなく、メソポタミア(現在のイラクの一部)、エジプト、ギリシャ・ローマ、北欧、インド、インドネシア、ポリネシア、中国、北南米、マヤ、アステカなど世界各地に残っています。
『世界の神様 解剖図鑑』の「はじめに」(3頁)に神話学について、
複数の地域の神話を比較することで、その神話を持つ文化の特徴や、人々の世界観について考え、さらに神話と神話の間に見られる共通点から、人類の移動の過程を推測したり、人類に普遍的な思考などについて考察することを目指すものだ。(中略)
(スサノオを)インドラやペルセウス、ロキといった神々とともに解剖する(=比較する)ことで、スサノオの神話だけを読んでいては見過ごすような特徴に気がつくこともあるのだろう。また、人間離れしたエピソードの中に、人間社会との共通点も見出すかもしれない。
とあります。
また、別のページでは「ヒトの拡散経路とその時期」と「本書で取り上げる主な神話」がそれぞれ世界地図で示されています。全大陸を股にかけ、約20万年前から辿っていく、神話学のスケールの大きさに驚かされます。
人類や文化を神話から理解していこうとする神話学の取り組みに強い興味をもった私は平藤先生にお目にかかる機会をいただき、2022年秋期agora講座のひとつとしてご登壇いただき、神話学の世界に初めて触れたのでした。
なぜ神話に惹かれるのか
神話はこれだけ科学が発達した今もなお消滅することなく、寓話として語り継がれたり、神事に携わることのない一般人にも「初詣」「お詣り、神頼み」といったなじみある風習として存在し続けています。さらに、『大社縁結図』(歌川国貞、浮世絵)、『わだつみのいろこの宮』(青木繁、油彩)、『運命の赤い糸をつむぐ蚕・タマキの恋』(スプツニ子!、映像)などのアート、『鬼灯の冷徹』(江口夏実)などの漫画やアニメ、そして『エジコイ!~エジプト神と恋しよっ~』といったゲームなど、人の歴史が始まって以来幅広く創造の刺激を与え続けています。
なぜ私たちはこれほどまでに神話に心惹かれるのでしょうか。
平藤先生の次の言葉に、その理由を探ることができます。
人は自分について知らずには生きていけない。(中略)また、自分のことを知りたいと思うように、自分の生まれた家や地域、国についてもその成り立ちを知りたがる。さらには世界のはじまりや、人がどう生まれなぜ死ぬのかも。(中略)
文化が異なっていても、人が知りたいと思うテーマには共通点が多い。これらの疑問に対し、神を主役にした物語として答えてきたのが神話だ。抱く疑問が共通するなら、答えにも当然似た部分が出てくる。世界の成り立ちに関しては、自然の観察から説明されることも多い。そうすると別の地域の神話にも似たはじまり方や発想が見られることになる。もちろん、ある文化が他の文化に影響を与えたために、似た神話が伝承されることもある。
現在ではさまざまな「はじまり」が科学的に研究されている。例えば人類がどのように進化を遂げたのかは解明されつつある。しかし、なぜ人という存在がこの世に誕生したのかという疑問には十分に答えられていない。神話はこの「なぜ」についても解き明かす。(10~11頁)
つまり、地域や世代に関わらず、私たちは自分自身や人という存在を深く探求する手がかりとして、あるいは意味づけるものの一つとして、神話を求めてきたのかもしれません。
他者を知ることは自身を知ること、そして人類を知ること
講座では平藤先生より宗教学・神話学の父といわれる比較宗教学者マックス・ミュラー(1823~1900年)がゲーテの言葉を引用して比較宗教学を表した言葉を教えていただきました。
「たった一つの宗教しか知らないものは、宗教を知らないものである」
この学問分野の「優劣を判断するために行うのではなく、それぞれの宗教が持っている他の宗教とは異なった特異点や共通点、その両方を明らかにすることを目的として比較を行う」という姿勢には、今あらためて学ぶべきものがあります。彼と我を比較することで、より深く彼を理解でき、同時に自分自身についても姿かたちが明らかになる、というのは日常の中でもよくあることです。
神話に触れてみようとする時、「じゃあ『古事記』を読んでみよう」と特定の一冊を手に取ることが多いかもしれません。一方、神話学では「なぜ世界各地によく似た神様がいるのか。なぜよく似た神話があるのか」と横串を通していく見方も大切にしています。『世界の神様 解剖図鑑』でも「世界をつくる神」という横串をはじめとして、「竜を退治する神・英雄(スサノオ、インドラ、ペルセウス、ジークフリート)」「伝説の武器を持つ英雄(ヤマトタケル、アキレウス、クー・フリン、アーサー王)」など多くの分類が紹介されます。
「え、どうしてこんな遠くの国にそっくりな神様が?」「その国と日本の神話、文化の繋がりは?」と新しいワクワクの扉が開くに違いありません。お互いに対して興味を持ち、優劣という概念ではないところで理解しあうことは、人類のこれまでを理解し、これからを考える上でも重要なポイントとなるように思います。
もうひとつの世界を見る目
人類や文化を分類する観点は様々にありますが、神話学では一神教・多神教という観点があります。神話を展開しているのは多神教ですが、その中にも色々な分類があります。
例えば「世界をつくる」物語はバリエーションが多く、日本のイザナキとイザナミ、ギリシャ神話のウラノスとガイアのような世界両親型、卵のようなものから生まれる卵生型、当時の漁業との結びつきを感じさせる島釣り型、その他多様です。
「人をつくる」物語では、土(粘土、塵)からつくった土型、木やトウモロコシからつくった植物型があります。
また、ユダヤ教のように神の姿を描くことを禁じる宗教、ギリシャ・ローマや日本などのように様々に描いてきた宗教という観点もあります。
神話学の観点から世界を眺めると、日常的に用いられる政治イデオロギー、地政学、経済などによる分類とは異なる世界の姿が見えてきます。遠くても神話学的に近かったり興味深かったりする国、地域、文化があることに気がつくのです。こうして共通点や独自性を理解することを通じて、一層深い理解の上に立った世界の再解釈や相互理解、文化の交流に繋げていけたなら素敵なことですね。
(柳)
◎平藤喜久子教授の神話学講演・講座予定◎
〇夕学講演会
「日本の神様を知っていますか~神話学から紐解く~」
2023/06/14(水)18:30-20:30
(丸の内会場受講・ライブ配信受講)
〇agora講座
「平藤喜久子さんと【見て・立って・感じる日本の神話と神々】」
2023/10/21(土)開講・全6回 14時~17時予定
詳細は7月下旬よりWeb公開予定
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