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今月の1冊

2024年07月08日

稲盛 和夫 著『経営12ヵ条 経営者として貫くべきこと』

経営12ヵ条 経営者として貫くべきこと
著:稲盛 和夫; 出版社:日経BP; 発行年月:2022年9月; 本体価格:1,700円

私が京セラ株式会社の設立やJALの再建で知られる稲盛和夫氏を知ったのは、恥ずかしながら社会人1年目の夏だった。たまたま稲盛和夫氏の本を手に取り読んでみたことが稲盛氏を知るきっかけだった。その本は稲盛氏の人生哲学を中心とした内容であったので、経営者というより哲学者のようなイメージが強かったのだが、名前を知ってからは、新聞などでたびたび取り上げられているのが目に付くようになり、日本有数の敏腕経営者として名を馳せている方であることを実感した。

今回選定した『経営12ヵ条』は、稲盛氏の最新版の著書である。何十冊もの書籍にて語り継がれている稲盛氏の哲学「人間として何が最も正しいか」という判断基準に基づいて、わかりやすく章立てで構成されたものである。『経営12ヵ条』の中で、私がポイントだと感じたところを抜粋しまとめ、本レポートとして提出する。

事業の目的、意義を明確にし、具体的な目標を立てる

企業は、経営者の私心を離れた大義名分を持ち、従業員に浸透させなければならない。稲盛氏は京セラ設立当初は「自分の技術を世に問いたい」という事業目的だったが、若手従業員の造反により、従業員は本人その家族まで将来にわたる保証を会社に求めていることに気づく。経営とは、経営者が持てる全能力を傾け、従業員が物心両面で幸福になれるよう最善を尽くすことであり、その大義名分がなければ、従業員は心から一生懸命にはなれない。会社のために最もよかれと思う判断を断固として下すことができるのが真の勇気を持った経営者である。

KDDIが勝ち残ったことも、日本航空が再建できたことも、大義名分を従業員に浸透させたことが勝因だと稲盛氏は述べる。本当に従業員ひとりひとりが納得し、自ら同じ方向を向いている組織文化を構築することが大変困難であるということは、誰しも感じていることであろう。「大義名分を従業員に浸透させる」などと簡単に言うとは思ったが、同時に、他者からみてとれるまでの相当な情熱、信念、努力、リーダーシップが稲盛氏にはあったのだろうと推察できた。私はバスケットボール部出身だが、チームの5人全員が本気で勝ちたいと思っているときの試合は、確かに実力以上の力が発揮できていたし、それゆえチームワークも強固なものとなっていたことを思い出した。京セラにおいても、いきなり全従業員に浸透させるのは難しくとも、まずは5人、そしてその周りのメンバーと徐々に波及させていき、時間をかけることで全従業員に浸透させることができたのだと汲み取れた。

そして稲盛氏は、「この組織は何を目指すのか」というビジョンを、「まずは町一番、やがては世界一」というように具体的に確立する。私が一番驚いたのは、稲盛氏の3年、5年、10年の中長期計画は不要という考えのもと、そう狂わずに読み切ることができる1年先の経営計画を着実に遂行することを何十年も重ねて、京セラは世界一を張る企業になったということだ。1年間の計画であれば1か月、1日とブレークダウンすることができ、一人一人の役割を最大限果たしてもらうことができる。

企業を取り巻く経営環境がいかなるものであれ、ビジョンを高く掲げ、具体的な経営計画の下、目標の達成へと組織を着実に導いていく人ことが真の経営者であるという。先の読めないVUCAの時代において、中長期経営計画の必要性が疑問視される今でさえ、まったく設計しないという決定に踏み切った企業はほとんどないのではないかと思う。何十年も前からそのような施策をとるとした決断力に驚き、実際に成功を収めていることに深く感銘を受けた。

企業が成長するには

企業が成長するには、売上を最大限伸ばし、経費を最大限に抑える必要がある。そのためには、業績が組織ごとに、かつリアルタイムに分かる管理会計システムが不可欠である。稲盛氏は、アメーバ経営と呼ばれる、小集団があたかも中小企業かのようにそれぞれ会計を算出することで、経費を細かく管理する経営方法を生み出した。

安定した経営を行うために経営者は損益計算書を常に注視していなければならない。経営者が会計を注視することは至極当たり前のように感じるが、12ヵ条のうちの1つとして独立して項目立てられていることからも、経営において会計の理解は非常に重要であることを改めて感じた。山根先生も会計講座の導入で稲盛氏の言葉を用いながら会計の理解の重要さをよく述べられている。

また、どのような産業分野にせよ、同じことを同じように毎日繰り返してはならない。独創的な製品開発や創造的な経営は最初からできるものではなく、日々真剣に改良改善を求め、創意工夫を弛まず続けられるかどうかがカギである。常に創造的な仕事をすると、数年後には必ずや素晴らしい技術を開発できる創造的な企業になっていると稲盛氏は言う。これも重要さは理解できるものの、実際の実行は非常に難しいことであることを、これまでの経験から身をもって感じている。従業員が気軽に改良改善を試みることができ、失敗しても受け入れられるような環境を作り出す企業側の努力も同時に必要だと感じた。

誰にも負けない努力、しかし思いやりの心で誠実に

京セラは会社を成長させるために、地味な仕事を一歩一歩堅実に、誰にも負けない努力を営々と弛まずに続けてきた。長丁場で努力を続けていく原動力になるのは「仕事が好きだ」という思いである。稲盛氏は、「この思いによって、昼夜を厭わない全力疾走のマラソンでも苦労ではなくなる」と言う。

ここまで本書を読み進めていて、はじめて共感できない内容が出てきた。私はいくら精神面で一切の苦労がなくても、昼夜厭わず走り続けることは非常に短絡的だと感じる。資本である身体の健康を害すれば、長期的目線でみるとトータルの仕事量は減るのではないか。また、自分の欲望を犠牲にしないと成功できないときっぱり書かれていたことに関しても、現代の働き方にはとても合わなく、目指すべき目標は理解できるが少なくともその方法には共感できなかった。誰にも負けない努力をすること自体はその通りだと思うため、現代に合った方法をみつけて努力を続けていきたい。

またこれに付随して稲盛氏は、「なにがなんでも負けない」という強烈な願望、すなわち利己が大事だが、利己心だけ強くても、一時的には成功してもいずれ破綻すると主張する。「利己」を肥大化させると同時に「利他」も肥大化させなければならず、むしろ利他の方が少しでも上であるべきであり、利他の心は意識して伸ばしていかなければならない。資本主義社会では株式会社は利益を最大化することが目的だが、実際は、経営者は従業員の雇用を守るために懸命して努めるという素晴らしい「利他行」であるという、資本主義社会のこれまでの通念を大きく変える考え方を提唱している。この「利他」と「利己」のバランスも非常に難しく、稲盛氏の手腕の高さを物語っていると感じた。

本書全体を通して一番に感じたことは、経営にはテクニック的な面と、精神的な面の両面が必要であり、どちらも欠けてはならないということだ。成功している会社の経営者は、素晴らしいテクニックを持った人であることはもちろん、同時に強い信念を持っている。私はこれまで、そういった信念のような精神的な面は経営において必要でありつつも、直接的に役に立つようなものではないように思えていたのだが、実はこの信念の部分こそ非常に重要であることを本書から痛感した。経営者でない人にとっても、成長していくのに大切なポイント、仕事の取り組み方がたくさん散りばめられた書籍であった。私も実行できることがたくさんあったので、今日から意識し、たまに本書のことを思い出しながら成長していきたい。

(仮屋 祥子)

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