今月の1冊
2025年02月12日
橋本 幸士著『物理学者のすごい思考法』
私には前職で雑貨店の売場での勤務を長く経験したことから身に付いた職業病があります。
- コンビニの棚で奥まっている商品があるとつい手前に出して揃えてしまう
- 売り切れの商品を見ると「人気だから売れている」ではなく「人気がないからそもそも仕入れが少ない」のではないかと邪推してしまう
- 商品自体よりも陳列されている棚に注目してしまう…などなど
自分の職業病は自虐的に捉えることが多いですが、他人の職業病エピソードを聞くととても興味深く感じます。そして、使いようによっては良いアイデアの源になりえることを、MCCで体感しました。
MCCに入り3年目、これまでラーニングファシリテーターとして様々なプログラムを担当し、同じ課題でも一緒に取り組むグループのメンバーによって、まったく違う方向性のアウトプットとなることを多く目にしてきました。
例えば、「家具メーカーの新たな商品群を考案する」というワークでは、あるグループは「家畜用飼料」、別のグループは「防災用品」、さらには「ホテル参入」に至ったグループと、まったく異なるアウトプットが発表されました。どれも思い付きではなく、論理思考のツールを活用した上で、メンバーのアイデアを組み合わせて生まれたもの。各個人の経験、そして時には職業病も活かしながら掛け合わせることによって、幅広いアイデアを創出できるのだと感じました。
職業病的な思考に刺激を受けた例は、日常生活にもありました。花火を見ていた時に隣の人が、ふと「これは○キロ先で打ちあがってるなぁ」とつぶやいたのです。しかも、ごく自然に。「こんなに日常生活に自然に数学を使う人がいるんだ!?」と驚いた覚えがあります。これは理系ならではの発想であり、文系の私には思いつかないなぁ…と感服していました。
こうして他者の思考から刺激を受けるにつれ、「自分自身の感受性や発想が固まってきているのかな」という思いが芽生え、本書「物理学者のすごい思考法」に出会いました。
すると、なんと先ほどの花火のエピソードとそっくりの事例が載っていたのです。
著者である理論物理学者の橋本先生によれば、「花火大会での会話で専門がバレる」そうです。
美しい大きな花火が上がった時に、「今のはマグネシウムが多いな」とか言ったら化学系、「音の遅れから発火点は2キロ先」とか言ったら物理系、「仰角が30度だから三角関数が使いやすい」とか言ったら数学系、といった具合である。
(略)
専門に首までどっぷり浸かりすぎると、花火が美しいという観点が全く変わってしまう、という典型例だろう。
なるほど、あのとき花火打ち上げ地点の距離を推定した人は、物理の専門の方だったのですね…。
本書では、理論物理学者の職業病の代表例として「近似病」が紹介されています。相手が近似病にかかっているかを判断するには、こんな風に話しかけるのだそうです。
「このエレベーター、定員9人って書いてあるけど、本当はもっと乗れるよねぇ」とつぶやいてみるのである。このつぶやきの後に、相手の目が虚空を見つめ始めたら、それは近似病の初期症状だ。
(略)
近似病の人は、まず人間を立方体で近似するだろう。人間の体重を65キロぐらいとして、人間がほとんど水からできているとすると、体積は1リットル牛乳パック65本分、つまり40センチ四方の立方体で近似できる。この立方体がエレベーターの内側に何個入るか?
(略)
「うーん、無理したら40人は乗れるんじゃないかな」とか冗談っぽく答えるその人の目の奥は、実は真剣そのものなのである。
エレベーターに乗っているとき、せいぜい記載の定員と体重を見て「一人70キロくらいの想定なのか」と単純な割り算をしている程度の私にとっては、「日常的にフェルミ推定をしているとは…すごいし、かっこいい」と尊敬の念を抱かずにはいられませんでした。
こんな調子で、物理学者の「職業病」を遺憾なく発揮した日常がユーモラスに語られているのがこのエッセイ。
ほかにも、
- ギョーザの皮とタネを余すことなく作り終えるための「ギョーザの定理」
- 最短距離でスーパーの全てのレーンを効率的に歩く方法
- 徒歩通勤の最短ルートを経路積分で求める
- たこ焼きの半径になぜ上限が存在するのかを、昆虫の進化を辿って科学的に解き明かす
- ニンニクを微分し、剥いた皮と本体との大きさの比率の法則を解く
などなど、橋本先生は、日常生活の様々な現象を題材に、軽快な口調で物理学の世界に誘ってくれます。それぞれのエピソードがショートコントのような仕立てになっていて、最後のオチも秀逸です。
一気に完読して、私の職業病も橋本先生ほどではなくとも、もしかすると私の強みと言えるのかもしれないと思えました。
もちろん、面白いだけでなく、物理学的思考の奥義にも触れられる一冊です。
ここで、物理学的思考の奥義を惜しげなく披露しよう。物理学の手法は、4つのステップからなると考える。問題の抽出、定義の明確化、論理による演繹、予言。この4ステップをフォローし思考することで、物理学の研究が進んでいく。
(略)
この思考法は物理学の研究だけではなく、日常のあらゆる場面で有用になりうるのだ。
物理学的思考を日常に取り入れ、さらに職業病(自分ならではの強み)を掛け合わせれば、思考やアイデアの幅はどんどん広がっていくように感じました。思考が凝り固まってしまったときには、またこの本を開きたいと思います。そのときもまた、一気読みしてしまうことでしょう。
(竹内)
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