2005年10月11日
『武士道』
著者:新渡戸稲造; 訳者:矢内原忠雄
出版社:岩波書店; ISBN: 4000070355
本体価格:900円(税込:945円); ページ数:159
書籍詳細
昨年、トム・クルーズが主演し、さらに渡辺謙がアカデミー賞最優秀助演男優賞を受賞するのではないかと期待された映画『ラスト サムライ』で話題になり、“武士道”は、一気に注目された。
迫力ある演技や激しい殺陣や戦闘シーン、美しい映像などに対する評価はもちろんあったが、なぜこの映画がこんなにまで注目を集めるのか、そこに興味を持ち、私は“武士道”とはいったい何なのかを知ろうと思い、本書を購入した。しかし日常に埋没した生活の中で、購入したにもかかわらず開くことなく本棚に眠ったまま1年以上の歳月が経ってしまった。最近、ふとしたきっかけで改めて手にとり読んでみた。そして同時に、『ラスト・サムライ』のDVDをレンタルしじっくりと鑑賞をしてみた。
『武士道』の解説本やそれをテーマにした書籍は多数出版されている。それらには、いまの日本社会や政治への警鐘などが書かれていることが多い。まだまだ未熟な私にとっては、武士道の思想を社会への提言や警鐘を促すというような大それたことはできないし、例えしたとしてもステレオタイプの薄っぺらで軽いものしか語ることはできないだろう。また、『ラスト サムライ』の作品としての評価や昨年の社会現象を分析できるほどの知識も能力も残念ながらまだまだない。だから大上段に構えず、自分自身の生き方に少しでもヒントを得られたらという思いで、本書を読み進め、そしてDVDを鑑賞した。
改めて言うまでもないことであるが、『武士道』は、1899年に新渡戸稲造によって英語で書かれ、アメリカで出版された“BUSHIDO, The soul of Japan”を翻訳したものである。新渡戸稲造は、「我れ太平洋の橋とならん」と、その言葉通り、激動期の国際社会を舞台に、国際平和、文化交流のために活躍した人物である。『武士道』を執筆するきっかけは、ベルギーの法学大家ド・ラブレー教授の「宗教教育なしに日本では道徳教育をどう授けるのか」という問いかけであったと、序文にある。つまり、日本人の倫理道徳観のベースにある武士道を改めて体系化し、タイトルの示すとおり、“日本人の精神”として外国に紹介したものである。教育者でもあり、思想家でもある新渡戸を国際的に有名にした書でもあった。
では、“武士道”とはいったい何なのか?本書を読み終えた今でも、はっきりと説明できるまでにはいたっていない。でも、これだけはいえるのは、人としての生き様を考えさせられるということである。武士道は、『ラスト・サムライ』で勝元(渡辺謙)の最期の切腹のシーンが印象的に描かれているように、往々にして切腹、つまり“死に様”が象徴的にとりあげられ、潔く死ぬことと捉えられるが、より大切なのは、「自己規律をもって行動し、いかに生きるか」という“生き様”なのである。常に死を覚悟しているからこそ、生を直視し、いつ死んでも悔いの残ることのないように立派に生きろ、と、いう考え方がベースにあるのだと感じた。
本書では、「武士道の起源および淵源」、「その特性および教訓」、「その民衆に及ぼしたる感化」、「その感化の継続性、永久性」を、順を追って述べている。この中でも第二番目の武士道の特性と教訓に重心をおき、特に詳しく説明されている。「義」「勇」「仁」「礼」「誠」「名誉」「忠義」など、武士として大切な特性について、欧米や中国、日本の思想や哲学なども交えながら、解説している。
「義は武士の掟中最も厳格なる教訓である」というように、武士道の中心は「義」であるという。そして、「義と勇とは双生児の兄弟であって、共に武徳である」という。私なりに解釈をすると、自分の利害にのみとらわれず、打算や損得のない、人として正しい行い(義)を、倫理観と正義感のもと勇気(勇)をもって行うことが大切である、ということであろう。また、「愛、寛容、愛情、同情、憐憫は古来最高の徳として、すなわち人の霊魂の属性中最も高きもの」として、「仁」について述べ、他人の苦痛に対する思いやりの心をもつことを説いている。そして、「礼」「誠」・・・・と続く。どれもが、非常に心にずしりと響く。言うは易し行うは難しである。
ここで描かれる武士の姿には、強さ、潔さ、忠誠心、慈悲深さ、美しさなどが感じられるが、その根底にあるのは、どのような結果になろうとも、自らを律する行動と、自分の行動や言葉に対する妥協なき責任感であるように思う。
新渡戸は、本書の中で何度か、武士道を桜とともに取り上げている。武士道は桜と同様、日本の象徴であり、無形だが日本人の心の中に生き、道徳を力強く支えているものである、という。たしかに、武士道に対して心のどこかでなんとなく感じる感覚と、満開の華やかな桜の花をなんともいえない侘しさや儚さを感じながら眺める精神性は、深いところでつながっているのかもしれない。
いまでも武士道について十分理解したとはいえない。死と直面し常に死を覚悟するようなことのない生活の中では、本当の意味で理解することはできないかもしれない。そして、大切な倫理観、責任感を教える思想ではあり、武士の理想的な姿を教えるものであるが、そのすべてが現代にそのまま通用するものではないとも思う。でも、生き方の指針として、いまの自分にとって大切な何かを気づかせてくるきっかけになるような気がする。
これからも、時折、『武士道』を本棚から手に取り、自分の生き方を考えてみたい。
(井草真喜子)
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