今月の1冊
2008年06月10日
『Naoto Fukasawa』
著者:深澤直人 ; 出版社:ファイドン(英) ; 発行年月:2008年2月; ISBN:9784902593617;
本体価格:8,400円(税込価格8,820円)
書籍詳細
深澤直人さんというプロダクト(工業)デザイナーをご存じでしょうか。
大ヒットしたauの携帯電話「INFOBAR」(http://www.au.kddi.com/au_design_project/seihin/infobar/)をはじめ、無印良品の「壁掛けCDプレーヤー」(http://www.muji.net/store/cmdty/detail/4547315778829)、シャチハタの「ネームペン サイン」(http://www.shachihata.co.jp/catalog/lineup/040/001/001/)などどこかで目にしたことのある製品を数多くデザインされている、世界的にも著名なデザイナーです。「工業製品を通して人を幸せにする」ことをミッションとして活躍されています。
この本は、そんな深澤さんの100点以上に及ぶ作品を、ご本人の解説と国内外の多数のデザイナーや教授による寄稿とともに紹介した作品集です。
深澤さんの作品の特長は「人が無意識にやってしまう行動を形にしている」ことです。
「無意識にやってしまう行動」とはどういうことでしょうか。
たとえば「傘」を扱うとき。
ぬれた傘をたたんで立てかけるとき、傘の先端を床の目地(溝)にあてて立てかけたことはありませんか?本来床の目地は傘立てではないことは明らかなのに、人は無意識に傘立てとして上手に利用します。これが「無意識にやってしまう行動」です。
そこから、傘立てを作るときは筒状の傘立てではなく、玄関の床に溝を一本作ることでも成立するのではないかと考えます。これが「無意識の行動を形にする」という発想です。
持ち手の一部分が欠けているように見える傘があります。(http://www.pmz-store.jp/prodocuts/umbrella.html)
もちろん、欠けているのではなく、わざとくぼませています。このくぼみも、私達がよくやる行動から作られています。
閉じた傘を杖のように持っているとき、持ち手の部分にコンビニの袋を掛けたことのある人は多いと思います。けれど、実際は滑ってしまってうまく止まりません。そこで傘の持ち手にほんの少し、くぼみをつけた傘が作られました。
蓋の平らな炊飯器(http://www.muji.net/store/cmdty/detail/4548076087786)は、正面写真からはわかりづらいですが、平らな蓋に一カ所、突起があります。これは「ご飯をよそった後、しゃもじを持ったまま蓋を閉める」という自然な行動から、「そのまま蓋の上にしゃもじを置けるように」しゃもじの枕のような突起をつけたそうです。
そして私が深澤さんの名前を知るきっかけになった壁掛けCDプレーヤー(http://www.muji.net/store/cmdty/detail/4547315778829)。操作性も含めたデザインされたこのプレーヤーを見て、何かを連想しませんか?
そう、換気扇です。だから操作に迷いが生じません。下にあるコードを引っ張ればON/OFFが切り替えられます。そしてくるくる回るCDの姿も換気扇そっくりで、遊び心が満載です。
無意識は、自分たちが気づかない(無意識ゆえに)だけで、実はものすごく高い能力と強い影響力を持っています。「目地を傘立てに」したり、「電車の窓ガラスを鏡に」したりと、身の回りの物や環境を、本来の目的・機能“以外”の用途としてとても上手に使いこなします。
商品開発やサービスにおいて消費者の声を聞くことは大切ですが、「消費者自身もわかっていないニーズ」があります。米コカ・コーラ社のNew Cokeの失敗と言われる事例は、変えるのは“味”ではなく“イメージ”だったことに誰も気づけませんでした。
大ヒットした日立の静音洗濯機は、事前の調査で“静かであること”に対する声はあがっていなかったと言われています。
また、深澤さんが関わったナショナルのシステムバスルーム「i-u(イーユ)」(http://national.jp/sumai/bathroom/i-u/comfort/index.html)では、床や壁、天井の隅にある凹凸を数ミリ~数センチ減らしました。「一般のお客様にそんな細かな違いはわからないのでは」という声もあったそうですが、大変売れたそうです。
無意識はその違いを感知したのかも知れません。本人も気づいていない、無意識のニーズを形にすることで、「こういうのほしかったんだ」と思わせたのでしょう。
人間が環境を利用するということは、環境は人間の行動に強い影響を与えているということでもあります。環境と行動の関係は、脳科学や心理学をはじめ、社会学・経営学でもさかんに研究されています。深澤さんはそれを「ものづくり」で実践されています。
無意識のふるまいから本音を抽出し、「いいなと思えることは、特別なことにではなく、自分の中のささいな事柄にあるんだよ」と形で伝えることで、国境も人種も越えた“究極のふつう”と言われる作品が生まれます。
プロデューサーを務めるブランド「±0(プラスマイナスゼロ)」(http://www.plusminuszero.jp/)では、「ありそうでないもの」「センス・オブ・ユーモア」をコンセプトに、さまざまな家電・雑貨を展開しています。理屈(理性)ではなく本能(感情)に訴えるが満載です。
もちろん、感情に訴えかけている以上、最終的には個々人の好みによりますが、「世界中のすべての人に共通する無意識」なるものがあって、それが形となった時は、それはどんなモノなのでしょうか。ちょっと楽しい空想です。
最後に、水滴をイメージさせる加湿器は、ニューヨーク近代美術館(MoMA)のパーマネントコレクションに選ばれ、永久保存されているそうです。(http://www.plusminuszero.jp/information/07moma.html )
MoMAの永久保存作品と同じものが私の部屋にもある、ということにうれしさを感じました。
(今井朋子)
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