夕学レポート
2003年06月10日
田村 次朗 「プロフェッショナルの交渉学」
田村 次朗 慶應義塾大学法学部教授 >>講師紹介
講演日時:2003年4月22日(火) PM6:30-PM8:30
4月22日開催の「夕学五十講」は、慶應義塾大学法学部教授、田村次朗氏の「交渉学」についてのお話でした。田村氏は「世界経済フォーラム」の運営に関与されており、世界各国の首脳や著名人が集まることで知られる「ダボス会議」にも毎年出席されています。田村氏の専門は法律ですが、今回は、米国留学やダボス会議を通じて、交渉上手の外国人相手に磨いた「交渉学」を体系的に、かつわかりやすく解説していただきました。
まず、田村氏は、日本の教育には、高校にしろ、大学にしろ、あらゆるレベルの教育において共通して欠けているものがあるという、問題提起から話を切り出されました。それは、「知識」は与えるが、「使い方」を教えないという点です。だから、社会に出ても、学んだことが実際に役に立ったという経験が少ない。自らも教育者である田村氏としても、「こういった受身型の教育は、なんの成果があるのか、果たして評価できるのか」という忸怩たる思いがあるようです。
一方、田村氏が、米国のロースクール(ハーバード・ロースクール)に留学した際、目から鱗だったのは、法律の知識を教えると同時に、「交渉学」、すなわち交渉の技術を教えていたことでした。日本では「交渉学」を教えているところはほとんどありません。それが、「交渉学」のような、受身ではなく自発的で、問題解決型の学問を、社会人初日からでもすぐに使えるような科目を教えていたことに驚かれたようです。また、99年から参加されているダボス会議では、日本人は議論に慣れておらず、まともに諸外国の人々と議論できないという現実を見てきたことから、「どうすれば交渉力を磨くことができるのか」という問題意識が生まれ、「交渉学」を教えるようになったのです。
では、「交渉」とはそもそも何でしょうか?ビジネスや国家間での交渉はもちろん、家族の間でのテレビチャンネルの争いといった、日常生活で行っている身近なことも「交渉」の一種です。その意味では、“交渉のない日はない”と言えるそうです。したがって、「交渉力」を強化することはとても重要な課題となっています。ただ、日本では、自分の有利な方向に結論を導くための「駆け引き」といったイメージがあります。しかし、田村氏によれば、最適な交渉スタイルとは、互いの利害という原則に立ち戻り、双方が満足できる賢明な結果を、効果的かつ友好裏にもたらすべく設計された交渉方法です。これを「原則立脚型交渉」と呼びます。「交渉学」は、こうした、「相互理解に基づく合意形成」を行うための方法として生み出されたものであり、単なる駆け引きではないということがよく理解できました。
さて、交渉力を強化することの重要性を理解するために、田村氏は、交渉学を否定する「三つの誤解」を説明してくれました。一つ目は、「交渉は、場数を踏めばうまくなるものである」というものです。確かに交渉の経験は貴重ですが、経験だけに頼ると、ワンパターンな交渉スタイルに陥りやすくなります。また、経験のないスタイルで相手が攻めてきた場合、瞬時に対応できなくなるそうです。つまり不意打ちに弱いということです。しかし、「交渉学」をきちんと学ぶことで、交渉スタイルを増やすことができますし、相手の巧妙な交渉テクニックにだまされない方法を知るため、どんな相手にも、余裕を持って対応できるようになるとのことでした。
二つ目は、「交渉は、その場での臨機応変な対応力が全てである」という誤解です。確かに現場での対応力は重要ですが、その場の対応だけでは不利な合意をしかねません。むしろ事前準備が重要です。また、特にトラブル対応では、感情に左右されがちであるため、交渉学のトレーニングを通じて、うまく感情をコントロールできるようになることが必要だそうです。
三つ目の誤解は、「交渉は、最後は『真心』である。テクニックは不要である」というものです。しかし、相手のことを考えた控えめの提案だと思ったのに、「強引だ」と思われてしまうことがあります。「真心」や「誠意」は大切なことですが、それをきちんと相手に伝えることができなければ意味がありません。「交渉学」は、誠意を効果的に相手に伝えるための「戦略と戦術」を学ぶものだそうです。だとすると、「交渉学」を学び、「誠意」を持って交渉に臨むことができれば、どんな交渉も成功する可能性が高くなるだろうと思いました。
次に、田村氏は、三つの誤解のお話の後、交渉学の基礎理論(ファンダメンタルズ)の中から、特に大切なところを中心に解説されました。このレポートで全てを詳しく書くことはできませんので、項目とポイントのみご紹介します。
- 交渉は、論理的なゲームである:クリティカルシンキング(論理的思考力)が、交渉において非常に重要
- 交渉は、「勝負」ではない:前述した「原則立脚型交渉」であり、双方が満足できる結果を導くこと
- 交渉は、「落としどころ」探しではない:高い「目標設定」が大切で、早々と落としどころ探しをしない
- 交渉は、事前準備がものをいう:予想外の事態/展開に備えるための事前準備が必要
- 交渉は、ブレイン・ストーミングに持ち込むことが重要:交渉相手を問題解決のパートナーとしてとらえる
上記のお話の中で、特に私にとって目から鱗だったのが、“交渉の出発点は、「目標の達成」にあるのであり、合意することが目的ではない”という点です。したがって、目標を大きく下回る合意以外に考えられない状況になった場合には、「合意しない決断」をすべきなのです。ただし、その場合の最善の代替策(BANTA:Best Alternative to a Negotiated Agreementと呼びます)を事前に準備しておきます。確かに、交渉では、「決裂してもかまわない」と思っている立場の方が強いので、’これは使える!’と感じました。
さて、交渉の具体例として、田村氏はキューバ危機についての、あまり知られていない意外な事実を披露してくれました。紙幅の都合上、当レポートでは割愛させていただきますが、6月17日から丸の内シティキャンパスで開講される「ビジネスプロフェッショナルの交渉学」の中でも、お話いただけるのではないかと思います。この講座では、「ロールプレイ」などの実践的なトレーニングを通じて、「交渉学」を身に付けることができるそうです。興味のある方は資料を取り寄せてみてはいかがでしょうか。
田村氏の講演は、18世紀のフランスの外交官、カリエールのこのような言葉で締めくくられました。
「交渉の達人とは、相手が手に入れたいものを相手に贈ることができる人である」
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