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夕学レポート

2012年05月08日

村山 斉「宇宙に終わりはあるのか」

村山 斉
東京大学国際高等研究所数物連携宇宙研究機構 機構長・特任教授、カリフォルニア大学バークレイ校 物理学教室教授
講演日時:2011年11月15日(火)

村山 斉

村山氏が機構長をされている「数物連携宇宙研究機構」とは、文字通り「数学」と「物理」を用いて宇宙の謎を解明することに取り組んでいる組織です。世界中から集められた数学、物理学、天文学の専任研究者を始めとする人々が、日々、複雑な数式をホワイトボードに書きつつ議論を重ねている風景が見られるそうです。

そこで、同機構が迫ろうとしている宇宙の謎とは、端的に言えば以下のような問いになります。

  • 宇宙はどうやって始まったのか
  • 宇宙に終わりはあるのか
  • 宇宙は何でできているのか
  • 宇宙はどのような仕組みになっているのか
  • 宇宙にどうして我々は存在するのか

村山氏は、まず宇宙の遠大さを実感してもらうために、国際宇宙ステーションのことから話を切り出されました。国際宇宙ステーションは、地球から375キロメートルの上空を周回しています。ただ、地球の直径は1万2千キロメートルありますから、地球を桃にたとえるなら、国際宇宙ステーションまでの距離は、桃の皮の厚さしかないそうです。

また、地球から月までの距離ですが、光で1.3秒かかります。1.3光秒の距離です。このように、宇宙はあまりにも広いため、距離は光が到達できる時間で表しています。地球から月までの距離の400倍有る太陽までであれば距離は1.5億キロメートル、光では、地球から太陽まで8分20秒、私たちが見ている太陽は8分20秒前の太陽です。

私たちにエネルギーを供給してくれている太陽は、なぜ燃えているのでしょうか。100年くらい前まではどうやって燃えているかわからなかったそうですが、今では、水素が「熱核融合反応」によってヘリウムに変換することで、エネルギーを発生させていることがわかっています。村山氏によれば、太陽の質量は1秒間に50億kgずつ軽くなっているそうです。つまり、太陽は、わが身を削って膨大なエネルギーを地球に分け与えてくれているということになります。

この熱核融合反応の過程において、「ニュートリノ」という粒子が発生します。ニュートリノは極めて小さい粒子であるため、私たちの体を含め、ほぼあらゆる物体を毎秒数十兆個も通り抜けているのだそうです。そして、大マゼラン星雲の一つの星が爆発して生まれた超新星から出た、ニュートリノを世界で始めて観測することに成功したのが、あの「カミオカンデ」です。この功績により、物理学者の小柴昌俊氏はノーベル物理学賞を受賞されました。

地球は、太陽の周りを秒速30キロの速さで回っています。太陽を中心として周回している惑星などの天体のことを「太陽系」と呼んでいますが、太陽系はさらに大きな星の集まりである銀河系(いわゆる「天の川」)の一部です。太陽系は銀河系の中心から、2万8千光年離れたところにあります。だから、地球からも、自分が属する銀河系である天の川を見ることができるわけです。

実は、太陽系自体、銀河系の中心を秒速220キロものスピードで周回しているのだそうです。太陽系ほどの規模の天体をつなぎとめるだけの重力はどこにあるのか、というのがひとつの謎です。もし、十分な重力がなければ、天体はばらばらに離れていってしまっているはずだからです。銀河系の中心には、「ブラックホール」の存在が既に確認されています。ブラックホールは太陽の400万倍の重さがあり、それだけの重力も大きいのですが、それでも、銀河系の星たちを引きつけておくだけの力はないそうです。そこで存在すると推定されているのが「暗黒物質」です。文字通り、正体不明なためにこのように呼ばれています。研究によれば、どうやら、私たちが理解している物質以外の暗黒物質は、銀河系の領域の8割を占めるらしいと考えられています。しかし、未だその正体が何なのかはわかっていません。

現在、この宇宙全体は広がっている(膨張している)と推測されていますが、これは、いわゆるドップラー効果からわかるのだそうです。救急車のサイレンが、近づくときには高い音だけれど、離れていく音は低く聴こえるのと同様のことが光についても起こります。すなわち、離れていく星の色の見え方から、宇宙が広がっている、言い換えると膨張していると言えるのです。したがって、昔の宇宙は今より小さく、ある時ビッグバン(大爆発)が起きて、そこが宇宙の始まりだと考えられています。このビッグバンの始まりは、近年の観測技術の進展のおかげで、およそ137億光年前だということがわかっています。

村山氏によれば、前述のように宇宙の多くは暗黒物質で占められ、その正体は未だわかっていないとしながらも、宇宙の始めに作られた素粒子で、ほとんどが消滅したけれど、少し生き残ったことが推測されていることから、「WIMP(Weakly Interacting Massive Particle :英語で弱虫という意味)」とも呼んでいるそうです。この素粒子も、ニュートリノ以上に小さく、私たちの体を毎秒数千万個も通り抜けていると考えられています。しかし、ニュートリノ同様、この暗黒物質を捕捉するための巨大な施設の建設が予定されています。また、ビッグバンを人為的に起こしてみようとする「LHC実験」も去年から始まっているのだそうです。

さて、演題でもある「宇宙に終わりはあるのか」というテーマですが、以前は宇宙自体が持つ重力によっていつか膨張から収縮に転じ、どんどん小さくなって消滅する「ビッグクランチ(Big Crunch)」という説が提唱されていました。現在は、超新星の観測結果などから、膨張スピードが加速していることがわかっており、どんどん広がって最後は、あらゆる物質が完全に引きさかれて消滅してしまう「ビッグリップ(Big Rip)」という説が提唱されているそうです。

村山氏は、受講者からの「私たちの生活に直接役に立つわけでない天体の研究の意義は何か?」という質問に対して、「コペルニクスの天体の観察によって、地動説が覆され天動説が支持されたことで、私たちの世界観は文字通り変化したように、宇宙の研究は私たちの思想・哲学の形成に役立っている」と回答されました。

村山氏が執筆された『宇宙は何でできているのか』は約27万部が売れ、まさに日々の生活とは直接関係のない宇宙に対し多くの人が関心を持っていることがこの売れ行きからも実証されています。世界をリードする研究成果が、村山氏率いる数物連携宇宙研究機構から次々と登場することを期待したいと思います。

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