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夕学レポート

2012年08月14日

武石 彰「経済社会変革としてのイノベーション」

武石 彰
京都大学大学院経済学研究科 教授
講演日時:2012年1月31日(火)

武石 彰

武石氏はイノベーションを「経済成果をもたらす革新」、あるいは「革新による価値の創造」と定義しています。この両者は、多少表現は違うものの、基本的には同じ意味だそうです。この定義でのポイントは、「経済成果=価値」という点です。これは、「革新」によって生まれた新しい商品(製品やサービス)が、消費者に良い、欲しいと思ってもらい、一定の価格で購入され、その結果として、商品提供者側に利益が出ること。これが経済成果=価値の意味するところです。

イノベーションの出発点の多くは、工学・理学的な新発見や技術です。すなわち、自然界についての新たな知識やアイディアに基づいて開発された実際の商品が市場に出され、社会に浸透して始めて、「経済成果を生み出す革新(イノベーション)」と呼ぶことができます。

イノベーションは、しばしばインベンション(発見、発明)と同一視されることがありますが、工学・理学的な新発見や技術は、あくまで武石氏の定義するイノベーションの出発点に過ぎません。
広い意味でのイノベーションを実現するには、新製品を製造するための工場設備や、あるいは新しいサービスを提供するための組織体制、また販売部隊やアフターサービス体制を構築することなどにとどまらず、補完品やインフラ(社会基盤)、法制度などが整備されてなければならないなど経済社会への働きかけを視野に入れる必要があります。

武石氏は、「ある製品に不可欠な補完品やインフラとはどんなものか」を考えるための思考実験を教えてくれました。それは、「200年前の江戸時代に戻ったとしてその製品が使えるか」というものです。例えば、当時は、「電気」というインフラがない時代です。したがって、電化製品はあっても使い物になりません。つまり、電化製品においては、それらが利用できる前提として、電気という社会基盤が整備されていなければならないということになります。このように、経済成果、すなわち価値を創造できる製品を社会に浸透させるためには、単に技術を製品化に応用するだけでは不十分であり、インフラの構築や法制度の整備など、「社会全体への働きかけ」が必要なのです。

さて、イノベーションといえば、シュンペーターが有名です。彼は、イノベーションによって経済発展が促進されることを説きました。とりわけ、既存製品を改善、改良するような「漸進的な革新」ではなく、従来とは全く異なる技術に基づく「非連続な革新」が、とりわけ大きく経済社会を進展させることを強調しました。例えば、蒸気機関の発明によって可能となった「鉄道」は、それまでの「馬車」主体の社会を一変させました。過去100年ほどの世界の歴史を振り返ってみても、様々な「経済成果をもたらす革新」が数多く起きており、そのほとんどが米国において始まっています。最近で言えば、やはり、米国で生まれた「インターネット」の浸透が、社会を大きく変えつつあります。

武石氏は、イノベーションとは「社会的な営み」であり、したがって、社会を変えるためにイノベーションを行なうという逆の考え方も可能だと指摘します。このイノベーションの担い手は、政府や非営利組織のこともありますが、資本主義経済においては、基本的にビジネス、すなわち企業です。つまり、これまで、そしてこれからも、社会を大きく発展させるのは、新たな発明や発見、アイディアを実際に製品化し、市場に出すことができる企業なのです。

経済成果をもたらすためには、社会に働きかける必要があるのは前述したとおりですが、もうひとつ、イノベーションに必要なのは、「クリエイティビティ(創造性)」です。すなわち、これまでに存在していなかった新しいものを生み出す力。これまでなかったわけですから、うまくいくかどうかはわからないという「不確実性」があります。かつ、周囲の抵抗を受ける可能性も高いわけです。そこで、こうした不確実性や周囲の抵抗にもくじけずイノベーションを成し遂げるには、武石氏は次の3点を挙げました。

1.そのイノベーションを通じて社会をどのように変えていくのかのビジョン

単に新しい製品を出すということだけではなく、その製品がもたらす社会的影響を考え、より大きなビジョンを構想することが大事です。そのイノベーションの規模が大きければ大きいほど、より大きな社会変革のイメージを持つことが必要です。

2.粘り強く、したたかに、臨機応変に。

市場に出してみないとわからないという不確実性と、周囲の抵抗に屈しないためには、粘り強く製品改良に取り組んだり、周囲の否定的な反応に対してしたたかで、臨機応変の対応を行なう必要があります。

3.固有性

結局のところ、社会全体を大きく変えてしまうようなイノベーションに取り組み、不確実性や抵抗を乗り越える原動力がどこにあるかと言えば、「固有性」にあると武石氏は考えているそうです。「固有性」とは、その人、組織、社会、時代が持つ独自の特質であり、「自分(たち)は違う」という意識のことです。この「固有性」こそが、社会全体を変えてしまうようなイノベーションを構想し、粘り強く取り組んで実現することに寄与するのです。

武石氏は、日本人はどちらかと言えば、すでに米国で実現されたイノベーションを改善、改良することが得意であったと指摘しますが、これからは、日本発のイノベーションの登場にも期待したいものです。

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