夕学レポート
2012年09月11日
原田 泳幸「マクドナルドの経営改革」
原田氏は工学部出身です。社会人としてのキャリアは、エンジニアから始まり、その後33年間はIT業界で活躍されてきました。日本マクドナルドの社長に就任される直前は、アップルコンピュータ株式会社(現アップルジャパン合同会社)の代表取締役社長の職にあったことから、原田氏の日本マクドナルドへの転身は「マックからマックへ」と形容されました。
原田氏がアップルコンピュータへ入社した1990年当時、同社は「最も危険な外資系企業」と言われていたそうです。経営状態のアップダウンが激しく、倍々ゲームで業績が伸びた時期から、一転して13,000人ものレイオフをしなければならないような経営不振も経験されています。しかしその後は、iMac、iPod、iPhone、iPadなどの世界的大ヒットにより、アップルは現在、株価総額ベースで世界最大の企業となりました。
さて、原田氏が日本マクドナルドのCEOに就任した2004年は、同社は7年連続で既存店売上がマイナスという厳しい状況に直面していました。しかし原田氏は、アップルと同様、マクドナルドも業績を回復できるという可能性を信じていたそうです。そして現実に、原田氏が経営改革に着手した2004年以降は8年連続、既存店売上がプラスに転じ、見事に業績を改善することに成功します。原田氏は、「改革をすること」こそが自分がやるべき仕事であり、「天命」であると思っているそうです。
原田氏は、マクドナルドでの改革の具体的な内容に入る前に、原田氏が大切にしている「経営の考え方」を話してくれました。
一つ目は「リサーチデータにもとづいて経営戦略を立ててはいけない」というもの。原田氏の言う「リサーチデータ」とは、基本的に「お客様の声を聴く」ということですが、お客様の声はあくまで過去の経験に基づくものです。今後の新たな機会を生み出すことにはそれほど役には立ちません。今後の機会は、新たに創造するものだからです。そこで、原田氏は、部下たちには「自分の信じる商品をつくるように」と話しています。そして、リサーチデータは、実際につくったものがどの程度受け入れられているかを「自己検証」するために集めるものだそうです。原田氏は、新たに創造するものはお客様の期待値、これまでの経験を超えるべきだと強調します。すなわち、お客様を感動させるくらいの商品を生み出すべきであり、そのためには、論理的、IQ的に考えるだけでなく、情緒的、EQ的な発想が必要なのだそうです。
次に、原田氏が大切にしている考え方は「基本に立ち戻る」ということ。7年連続既存店売上高マイナスから、原田氏の社長就任後、8年連続プラスへとV字回復できた最大の要因は、まさに基本に立ち戻ったからなのだそうです。外食産業における基本とは「QSC」です。すなわち、Quality(品質)、Service(サービス)、Cleanliness(清潔さ)の改善を徹底すること。原田氏によれば、人は基本をやりたがらないものだそうです。だからこそ、常に、もっと基本にこだわるように言い続ける必要があります。
そして、もうひとつは「らしさ」を大切にすること。「らしさ」とは、企業や商品が持つ「独自性」のことです。マクドナルドの「らしさ」とは、ハンバーガーであり、チーズバーガーであり、ビッグマックです。また、近年ヒットした、マクドナルドらしい商品としては、メガマックやクォーターパウンダーがあります。リサーチをすると、「サラダを置いて欲しい」という声が必ず出てくるそうですが、実際には多く売れることはないそうです。多くの消費者は、マクドナルドにサラダを期待しているわけではないからです。「らしさ」を大切にするとは、「強さをより伸ばす」ということであって、この点からも、リサーチデータに惑わされすぎてはいけないのです。なお、マクドナルドは、コーヒーにも力を入れています。コーヒーはマクドナルドにとって独自性を出すための商品ではなく、コモデイティ(どこでも売っているありふれたもの)として扱っており、新規顧客を獲得するなど、新たな販売機会を増やすために販売しているのだそうです。
さて、原田氏が取り組んだマクドナルド改革ですが、一番は先ほども出てきた「基本に立ち戻る」ことでした。マクドナルドは1971年、1号店を銀座に開店し、それから1977年までに日本国内に127店を出店しました。「創成期」と言える時期です。その後1992年までの間に店舗数は1,000店近くになり、その後1999年には3,000店舗を超えるなど急速に店舗数を拡大し、大きく成長した時期です。しかしその後、マクドナルドは低迷の時代を迎えます。
原田氏は、マクドナルドは「ピープルビジネス」だと言います。「人材」こそが成功の鍵を握っているにもかかわらず、人が育つ前に店舗を増やしすぎたため、「QSC:Quality, Service, Cleanliness」、つまり商品の品質や、サービス、清潔さといった基本が犠牲になっていたのです。
原田氏は、ともかく「基本に戻る」ことを周知徹底すると同時に、成長のために必要な投資も積極的に行ないました。例えば、作り置きではなく、注文を受けてから商品を作りはじめる「メイド・フォー・ユー」のシステムに必要な機器を半年でほぼ全店に導入。できたてのハンバーガーをお客様に提供できるようになりました。その後、「100円メニュー」を導入します。これは、低迷の時代に行なった、度重なる値下げとは意味が異なります。「メイド・フォー・ユー」でおいしくなったマクドナルドの商品を味わってもらうため、いったん離れてしまったお客様を呼び戻すこと、来店頻度を高めることが狙いでした。
この100円メニューの導入については、社内外から猛反対を受けました。来店客数は増えても、客単価が低下し、売上の減少につながる可能性があったからです。実際、導入当初は客単価が下がり、売上低下を招きました。それでも、原田氏は信念を持って100円メニューの導入を断行したのです。というのも、最初は100円メニューの購入目的で来店されるお客様も、そのうち違うメニューを注文してくれるようになると原田氏は確信していたからです。客単価が元の水準に戻るまでには6カ月かかると、最初から周囲に言っていたそうです。最終的には原田氏の予言したとおり、半年を過ぎてからお客様が増えただけでなく客単価も戻り、一転して大幅な売上回復につながったのでした。
原田氏はその後さらに合計6回の値上げをし、2004年から現在までに実質22.4%増の価格改定を行ない、継続的な収益増加を実現してきました。事業を成功させる鍵は商品やサービスの「価値」を上げることにある、と原田氏は主張しています。価値は従来のままで値下げ競争しても、長期的には利益を下げるだけです。かといって、価値も、価格も下げてしまったのでは客離れを招き、収益先細りの可能性があります。そうではなく、価値を上げ、お客様に満足していただければ、値上げしても納得してくれます。
将来性の見込めない433店舗の閉鎖による総店舗数の減少や、昨年(2011年)の東日本大震災後の厳しい環境も乗り越え、日本マクドナルドが2011年12月期において過去最高益を記録したことは、原田氏が下した経営判断の正しさを実証しています。
原田氏率いる日本マクドナルドは、上記のような改革以外にも、24時間営業店舗の拡大、フランチャイズ店舗比率の増加、マクドナルドブランドを訴求することを目的とするグローバルなルールに基づいた店舗外観を持つ店舗の展開、クーポンの配信などの携帯電話・Webサイトを活用したeマーケティングなど、多面的な施策を次々打ち出してきました。
また、人材育成にも力を入れています。従業員満足(ES:Employee Satisfaction)が上がれば、顧客満足(CS:Customer Satisfaciotn)が上がり、結果的にブランドイメージの向上、業績向上にもつながるという考えのもと、店舗従業員(クルー)の待遇を改善し、クルーの休憩室(クルールーム)をゆっくり休める環境に変えるなどしています。
ハンバーガーの作り方などのトレーニングは、ゲーム機(ニンテンドーDS)を用いてゲーム感覚で覚えることができるものとなっているのには驚きました。
原田氏は、リーダーとしてのあり方について、とにかくぶれないことが大事だと説きます。「自分の戦略は正しい」と絶大な自信を持って伝えること。極端な言い方をすれば「うそでも本当だと思わせる力」が必要なのだそうです。今後も、日本マクドナルドが打ち出す新たな施策に目が離せません。
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