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夕学レポート

2013年02月12日

金井 壽宏「個人が変わる、集団が変わる、組織が変わる~アクション・リサーチ、組織開発、組織エスノグラフィー~」

金井 壽宏
神戸大学大学院経営学研究科 教授
講演日時:2012年6月14日(木)

金井 壽宏

金井氏は、組織開発(OD:Organization Development)の効果的な実践のために、従来採用されてきた「アクション・リサーチ」や「プロセス・コンサルテーション」といったアプローチに加えて、文化人類学の手法であるエスノグラフィーを組織に適用した「組織エスノグラフィー」の活用が有効ではないか、と構想されています。今回は、この構想に至る背景や、その妥当性について豊穣な知見に基づいた話をされました。
金井氏によれば、組織開発に対して数多くの定義がありますが、おおむねどの定義にも見られる共通点としては、組織の有効性や健全性を高めるために、計画的に変化、あるいは変革を起こすこと、そして、そのために、組織へ積極的になんらかの働きかけをすることの2点があります。

アクション・リサーチは、社会心理学者のクルト・レヴィンが追求した研究方法です。集団や組織を好ましい方向に変化させようと実際に働きかけ、その結果を検証することを通じて、その集団・組織の構造、仕組みや振る舞いをより深く理解しようとするアプローチです。レヴィンは、名言をたくさん残していますが、中でも「よい理論ほど実践的なものはない」や、「ひとから成り立つシステムを理解する最良の方法は、それを変えてみることだ」といった言葉は、研究対象に働きかけることによって理論の有効性を検証するアクション・リサーチを実践したレヴィンならではの言葉だと言えるそうです。

また、プロセス・コンサルテーションは、金井氏の恩師であるエドガー・シャイン教授が開発した手法です。プロセス・コンサルテーションは、企業の問題解決に適用される場合を例に示すと、当該企業の社員が自ら組織の問題点を発見し、解決策を生み出していくために行なわれる様々な議論や活動がよい方向に向かうよう、外部から積極的に働きかける、すなわち「介入(積極的働きかけ)」(intervention)することです。

そしてエスノグラフィーは、文化人類学の領域で採用されてきた研究方法です。研究者は、研究対象となる部族、社会などの一員として内部に入り込みますが、内部者の物の見方に接近するために参加観察し、彼らの生活習慣や価値観、文化などについて詳細に記録するのみで、介入は基本的に行ないません。したがって、組織エスノグラフィーとは、企業などの団体・組織の一員として彼らと日常業務を共にしつつ、当該団体・組織固有の行動や規範、しきたり、価値観など、いわゆる「組織文化」を詳細に記述し、理解を深めるために行うものです。

対象となる団体・組織に積極的に働きかけるアクション・リサーチや、プロセス・コンサルテーションと異なり、エスノグラフィーでは、対象に働きかけることはしないため、これらは対極にあるアプローチとみなされてきたそうです。しかし、アクション・リサーチやプロセス・コンサルテーションに加えて、組織エスノグラフィーをも活用することが、組織開発の有効度を高めることができると金井氏は考えています。なぜなら、組織に変化、あるいは変革を起こすことは、しばしば当該組織の文化を扱わなければならないからです。

金井氏は、クルト・レヴィンのアクション・リサーチのよく知られたケースとして、「米国人の食習慣を変えるための介入」を示し、これもある意味、なにをどこまで食べるかは文化の問題でもあったはずだと主張します。この研究では、従来、米国人が好んで食べることのなかったレバーや肝油などを食べるように、食習慣を変えてもらうため、以下の3つの方法が行なわれました。

(1) 被験者ひとりひとりに説明して、食べるように説得する
(2) 一堂に介した被験者にレクチャーして食べるよう説得する
(3) 被験者を6名ずつのグループにして、話し合ってもらい、最後にグループとして食べようと申し合わせをする

その結果として、(3)の方法、すなわち自分たちで議論して決めることが、食習慣を変えるために最も有効であることがわかったのですが、ここで、「なにを食べて、なにを食べないか」、「牛肉のどの部分を食べて、どの部分は食べないか」というのは、前述したように文化の問題であり、文化を変えてもらうための働きかけが行なわれたと、金井氏は示唆します。

同様に、組織開発においても、組織文化(の変化、変革)がテーマになっている場合には、エスノグラフィーの方法を用い、当該組織の文化についての濃密な記述が行なわれ、高い精度の理解ができれば、より効果の高い、信頼できる「介入(積極的な働きかけ)」が可能になるのではないかと金井氏は期待しているのです。

シャイン教授も同じような見方をしていたとも思われる節があるそうです。エスノグラフィーによって得られた対象組織についての詳細な記述は、対象組織に役立つ、あるいは支援するというものではありませんが、組織開発において、対象組織の変化を支援するための有益なインプットになるのではないかと、シャイン教授も考えていたのです。というのも、組織文化は、組織の大半の成員にとっては当たり前であり、普段は意識されず、疑うことのないさまざまな決めごと、つまり仮定もしくは前提(assumption)であるため、エスノグラフィーのような方法で組織文化を読み解き、記述することが有効と考えられるからです。

金井氏は、そもそも組織を構成する個人ひとりひとりが変わらなければ、集団、組織全体も変わらないと考えてきました。個人が変わるということに対し、真剣に向き合ってきたのが、臨床心理学、あるいはカウンセリング心理学といった領域です。こうした学問分野は、個々のクライアントが抱えるメンタルな問題に向き合い、適切な支援=介入を通じてその解決に当たってきました。

さらには、集団、組織に働きかけることによって、組織が変わることで、個人も変わっていくというアプローチも開発されています。同様に、組織開発においても、組織エスノグラフィーを通じて、集団、組織としての振る舞いをより深く理解することで、集団や組織が、また個人もよりよい方向に変われ、元気になることを支援できるのではないかと、金井氏は考えているのです。

金井氏は、大学2年生までは臨床心理学の世界を目指して、個人を対象とする心理カウンセリングを勉強されていたそうですが、そのころから、個人だけでなく、集団、組織全体の振る舞いにも関心を持っていたそうです。その後、MITに留学、シャイン教授の下で組織開発を研究し、組織エスノグラフィーの権威であるジョン・ヴァン・マーネン教授の講義のTA(ティーチング・アシスタント)を務めたのだそうです。

現在、金井氏がシャインのプロセス・コンサルテーションと、マーネンの組織エスノグラフィーをうまく組み合わせることによって、新たな組織開発の可能性を探っている背景には、金井氏の若い頃からの関心と研究の積み重ねがあります。今後のさらなる研究の深化を期待したいです。

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