夕学レポート
2013年11月12日
三宅 秀道「新しい市場のつくりかた」
三宅 秀道 東海大学政治経済学部経営学科 専任講師 >>講師紹介
講演日時:2013年6月27日(木) PM6:30-PM8:30
三宅氏は、「製品開発論」「ベンチャー企業論」を専門とする経営学の研究家です。これまでの約15年間にわたって三宅氏は、約1,000社のベンチャー企業における製品開発事例を実地で調査してきました。その集大成として2012年に発行された著作『新しい市場のつくりかた』は大きな関心を集めベストセラーとなっています。
冒頭、三宅氏は自著の中でも紹介されている興味深い事例から話を始められました。それは、三菱重工業が開発した姿勢制御装置「ジャイロ」の思ってもみなかった新たな用途についての話です。
このジャイロは人工衛星用に製造された、極めて性能が高い製品です。しかし、人工衛星用以外の用途がなかなか見つからず、販売は伸び悩んでいました。ある日、超豪華クルーザー(ヨット)を手がけるイタリアのフェレッティ社から引き合いが入ります。三菱重工業の担当者は、航行中の横揺れ防止に同社のジャイロは有効だと売り込むのですが、フェレッティ社によれば、航行中ではなく港に停泊中の揺れ防止のためだと言うのです。どういうことかというと、クルーザー所有者の大富豪が船内で開いているパーティで、テーブルに置かれたグラスの中のワインがこぼれないことをフェレッティ社は期待していたのです。こうして、人工衛星用のジャイロは、停泊中のクルーザー内でワインの横揺れを防止するという新たな市場を見つけることができました。
三宅氏がこの事例で伝えたいことは、どんなに優れた「機能」や「性能」を備えていたとしても、それ自体が「価値」を持つものではないということです。ジャイロの場合、大富豪がヨットの上でワインを飲むというある種の「文化」ともいえるライフスタイルが存在したおかげで、新たな用途としての「価値」が生じました。それは、企業が新たな文化、言い換えると「新たな習慣」や「ライフスタイル」を人々の生活の中に根付かせることによって、自社製品に対して新たな価値を生み出すことができるということです。その結果、新しい市場を形成することが可能になるのです。
では、どのようにすれば新たな文化を根付かせ、新しい市場をつくることができるのでしょうか?三宅氏はまず問題を「発明」することが必要だと指摘します。発見ではなくて「発明」あるいは「開発」することです。実は、問題とはどこかにはじめから存在しているのではなく、人が、あることを「問題」と認識することによって、初めてそれが「問題」と定義されるのです。
たとえば、墨田区にあるフットマーク株式会社は、以前はおむつカバーを製造している中小企業でした。しかし、紙おむつの登場により、将来、布おむつは使われなくなり、おむつカバーの需要も先細りになることを見越した同社社長の磯部氏は、新たな製品開発の必要性を感じていたのだそうです。
そんなとき磯部氏は、たまたま新聞記事で「今後小学校ではプール教育に力を入れる」という文部省の教育指針が打ち出されたことを知ります。1970年代のことでした。磯部氏は、先生がプール際で指導する際、水面から出た頭だけで児童たちを識別するのは大変だろうと気づいたのです。これこそが問題の’発明’です。磯部社長自身、よくプールに通っていたからこそ発明できた問題かもしれません。
そこで磯部氏は、児童全員が水泳帽をかぶり、その水泳帽に名札をつければ指導がしやすいだろうと考えたのです。磯部氏は、おむつカバーを作る技術を応用して水泳帽を開発し、全国の小学校の校長宛に郵送しました。しかも、水泳帽だけでなく、先に述べたような水泳帽の活用法を示したマニュアルを添付したのです。水泳帽を受け取った校長はプール指導をする先生に渡し、担当の先生は「なるほど、プールで子供たちを教えるときに、帽子に名前が書いてあれば、泳力別に分けたりするのが楽になる」と水泳帽の有用性をすぐに理解してくれ、全国の学校にフットマーク社の水泳帽の採用が広がっていったのだそうです。
実は、プールに入るときに水泳帽をかぶるという習慣は以前はありませんでした。水泳帽を着用するのは水球の選手か、髪の長い女性くらいだったのです。しかし、フットマーク社は、この習慣を定着させることに成功しました。つまり新たな生活習慣、すなわち文化を生み出すことにより、自社製品の販売へとつなげたというわけです。
同じような事例には、TOTOが1980年代に発売した温水洗浄便座、「ウォッシュレット」があります。三宅氏は、なぜ天才発明家のエジソンはいわゆる「シャワートイレ」をつくれなかったのか、と問いかけます。エジソンの時代、すでに電気は家庭に通っており、温水洗浄便座を開発することは技術的に可能でした。しかし、彼がこうした製品を発明できなかったのは、そもそも、「トイレでお尻を(水で)洗いたい」という問題を認識していなかったからです。
温水洗浄便座の開発にあたってはまず、トイレでお尻を洗いたいという「問題の開発」から始まり、次いで製品化のために温水器とポンプを作るという「技術開発」、さらに、住宅メーカーに温水便座トイレの価値を説いて、住宅建設の際、トイレに電源をあらかじめ設えてもらう「環境開発」、そして、この製品の良さを社会の人々に理解してもらうための「認識開発」という4段階の開発が行われています。認識開発においては、「お尻だって洗ってほしい」というコピーや、タレントの戸川純が起用されたしたテレビコマーシャルが話題を集めたおかげで、ウォシュレットは一気に人気商品になり、温水でお尻を洗うという生活習慣が定着しました。
三宅氏は、問題開発→技術開発→環境開発→認識開発のプロセスを「文化開発の4プロセス」と呼んでいます。新しい製品を開発し、その製品がひとつの市場として確立するためには、「文化」を開発することを考慮しなければならないということを意味しています。
冒頭に述べたように、優れた機能、性能を自体が価値を生み出すことはないのです。「経済的制約」、「環境的制約」、「技術的制約」、「文化的制約」など様々な制約条件を踏まえて価値創造に取り組む必要があると三宅氏は主張します。
最後に、三宅氏は、夕学五十講だけの上級特別編のお話をしてくださいました。第一に「正解を探しに行くな」ということ。水泳帽の習慣を定着させた磯部氏のような人を生み出した社会的背景に法則性はないのです。答えを探すのではなく、自らが自分を含む世界に働きかけることから新たなものが創造されるのです。
つぎに「事前決定論禁止」ということ。「汎用的な正解」を求めてはいけないと三宅氏は警告します。あらかじめ成功が約束されているような製品は存在しません。自分の世界への働きかけ次第で世界が変わりうるのです。すなわち、新たな文化をつくりだすことで、自社製品の価値を高め、売れる製品へと仕立てることも可能だというこことです。
それは「偶有性を認める」ということになります。将来は決まっているものではなく、自分の働きかけによって変わりうる。もちろん、どのように変化するかには「幅」があります。完全な予測はできません。大事なことは、現状を所与の前提条件として製品を開発しようとするのではなく、新たな未来を生み出す意識で取り組むこと(これが文化を開発するということでもあります)が、あらたな市場をつくるために大事なことだと三宅氏は考えています。
既存の市場開発論とは異なる斬新な切り口、多数の事例に裏付けられた三宅氏の論理展開に納得のお話でした。
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