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夕学レポート

2014年05月13日

楠木 建「経営センスの論理」

楠木 建
一橋大学大学院国際企業戦略研究科 教授
講演日時:2013年10月8日(火)

楠木 建

経営とは、商売全体を丸ごと動かすことであり、優れた経営者となるためには、スキルだけでなく「経営センス」が必要である、というのが楠木氏の今回の基本的な主張です。

経営者にとって最も大切な仕事は、優れた「戦略」を立案すること。それは「コンセプト」「ターゲット」「価格」といった項目を羅列しただけの「タスクリスト」としての戦略ではありません。「●●をやると◆◆になり、◆◆になると▲▲となる」といった因果論理に基づく動きや流れのあるもの、すなわち「ストーリー」として語ることのできる戦略です。

楠木氏は、優れた戦略の一例として、日本マクドナルドの建て直しに成功した原田泳幸前社長の戦略を紹介してくれました。

原田氏が社長就任後にまず取り組んだことは、品質やサービス向上などの基本の徹底です。そして、できたてのハンバーガーを提供する「Made for You」と呼ばれる新たな仕組みを全店に導入しました。これは業績が低迷する中では思い切った投資でした。

次に「100円マック」を開始。これは、離れてしまった顧客を呼び戻すための施策です。単なる安売り施策ではありません。安い割においしいと感じた顧客は、リピートしてくれるだろうという考えに基づくものです。次いで、昼食利用を狙った「エビフィレオ」などの新メニューを投入。

さらに話題喚起を狙った「メガマック」。こうして、顧客を増加させつつ、段階的に値上げを実施することによりV字回復を達成したのです。

楠木氏は、戦略で大事なのは時系列の流れのある因果論理だと強調します。組み合わせではなく、「順序」が大切なのです。マクドナルドの戦略で言えば、100円マックの投入以前に、「Made for You」によって味、すなわち品質を改善することが重要でした。安さに惹かれてやってきた顧客を味でも満足させることができれば、リピーターは増えます。また、100円マックは、あくまで顧客を取り戻すことが目的であり、その後の高価格商品の投入の布石であるという因果論理が明確であれば、100円マックによる一時的な顧客単価の低下、利益率の減少に戸惑うこともありません。

こうした時系列の因果論理で組み立てられた戦略を立案し、推進する能力はスキルではなくセンスだと楠木氏は考えています。スキルとセンスの違いをたとえると、典型的には、国語算数理科社会のように、勉強すれば能力向上できるのがスキルです。一方、「モテる」というのはセンスです。どうやったらモテるのかを要素分解し、磨いたところでモテるようには必ずしもならないからです。同様に、ビジネスにおけるスキルはファイナンス、マーケティング、英語、ロジカルシンキングなど機能分業の要素単位に対応したものですが、経営センスは、商売全体、丸ごと一気通貫の運動です。

また、スキルは、「英語力」のようにどんなスキルかが定義可能であり、TOEIC850点など、なんらかの物差しで量の多寡を示せるものです。しかし、経営センスは定義や記述が困難であり、物差しがないので、センスのあるなしを量的に示すことはできません。さらにスキルは誰でも同じような能力を身につけることができますが、経営センスは一様ではなく、千差万別です。

例えば、ユニクロを展開するファーストリテイリングの社長、柳井正氏、そして楽天社長の三木谷浩史氏、どちらも優れた経営センスの持ち主です。しかし、そのスタイルは異なります。仮に、お互いの社長の座を入れ替わったら、うまくいかないかもしれません。それぞれの企業戦略ストーリーの中での解は文脈に依存しており、誰もが同じ解=決断になるわけではないからです。

楠木氏は、「経営センス」の源泉は、「抽象」と「具体」の往復運動にあると考えています。店頭などの現場で起きた具体的な事象から、ある程度普遍的で抽象的な論理化を図ること。あるいは、抽象的な論理に基づいて、具体的な行動に落とし込むこと。この抽象と具体の往復運動の量や質、頻度が経営センスの有無を決定づけるのです。

経営センスのある経営者を観察すると、抽象化の振れ幅が大きいことが特徴として挙げられるそうです。また、彼らは、タスクリストのような箇条書きではなく、時系列の因果論理でものごとを考えています。さらに、「できるかどうか」ではなく、「する」という発想、「良し悪し」よりも「好き嫌い」でものごとを判断することが多いそうです。なにか話をするときも、経営者自身が一番面白がっているので他人が聴いても面白い。優れた戦略とは、思わず人に話したくなるような話だと楠木氏は考えています。

逆に経営センスがない人は、例えば情報をインプットすることに忙しすぎて、アウトプット(=戦略)が出せない、論理を組み立てられない人。また、実際にはそんなものはないのに、確実に成功するような「必殺技」「飛び道具」がどこかにあると信じて探し続けるような人です。こうした人は、他人が聴いてワクワクするようなストーリーを持つ戦略を生み出すことはできません。

結局のところ、経営センスは育てられるものではないのです。だから重要なのはセンスがある人を見極めること、さらには、センスがない人を戦略づくりに近づけてないことだと楠木氏は指摘します。楠木氏によれば、スキルは、できれば全員が持っていたほうが良いのに対し、経営センスは100人中2-3人が持っていれば商売は回るのです。ですから、経営者がやるべきことは、経営センスを有する人が経営センスを磨けるような機会を提供して、場数を踏ませ、育てる土壌を創ることです。

また、個人としてできることについては、第一に、経営センスがある人をじっくり視ることを楠木氏は推奨します。「その人は何をやらないのか」、あるいは「その人が苦手・不得意としていることは何か」を知ることで、その人の持つ経営センスのスタイルを視破ることができると考えています。また、因果論理による戦略立案能力を高めるためには、読書を勧めます。ただし、ここでの読書は思考するための手段としての読書であり、本と対話することが必要です。

楠木氏は、ネットなどからの情報を遮断し、自分のアタマだけでじっくりと論理を考える孤独な作業が戦略づくりに大事だと考えています。楠木氏による「最強の論理」とは、「好き」を起点に何を「やるか」を考えることであり、それを実行し続けるためには、努力することを楽しむ、すなわち「娯楽化」することであり、そのための努力を「娯楽化」することができれば経営センスが磨かれます。その結果、人の役に立ち、感謝されればうれしくて、ますますその商売が好きになるという循環が生まれるのです。

経営者には「経営センス」が必要であり、それはスキルのように身に付けられるものではないという指摘は、ある種、身も蓋もない話ではありますが、楠木氏の説得力あふれる論理展開には「ごもっとも」と納得せざるを得ないと感じた講演でした。

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