夕学レポート
2016年07月12日
竹中 平蔵「歴史の名言から未来を読む」
私は慶應大学湘南藤沢キャンパス(SFC)の出身である。在校していた二十ン年前、竹中先生は教授陣の中でも人気ナンバー1の先生だった。キャンパスで最も広い教室(講堂だったかもしれない)を会場に行なわれる授業は常に超満員で、皆が熱心に竹中先生の講義に耳を傾けた。もちろん、私もその一人。経済学という、それまで触れたことのない学問についての先生の説明はいつでも明快で、物事をこれほどわかりやすく説明する人がいるのかと、私はいつも目が開かれるような思いがしていた。
大臣に就任されていた頃はニュースを通じて先生の説明を聞いていたが、印象は一切変わらなかった。難しい言葉をやさしい言葉に置き換え、簡潔な言葉で、誰もが理解できるように誠意をもって説明する。残念ながら政策の是非を評価する能力が私には欠けているのだけれど、先生の説明能力の高さは他の政治家と比べても群を抜いていて、SFC卒業生の一人として私は密かに鼻が高かった。
今回の講演では久しぶりに生の竹中先生の姿を拝見した。65歳になられ「高齢者の仲間入り」と笑って自己紹介をされていたが、いやいや、若い。流暢な語り口も当時のまま。講演が始まった途端、軽やかでどこまでも明るい口調が懐かしく、嬉しくもなった。
さて、今回の講演テーマは「歴史の名言から未来を読む」。経済の話じゃないのは珍しい。珍しいが、非常に興味がある。
竹中先生が、数多ある名言の中から誰のどの言葉を取り上げるのか。つまり、どのような言葉があの竹中先生を突き動かし、また先生の琴線に触れるのか。私はじっくりと聞きたいと思っていた。
先生が最初に紹介したのは、誰もが知る言葉「初心忘るべからず」。室町時代の能役者・世阿弥の名言である。
「初心」と言ってもひとつではない。初めて小学校の門をくぐった日のこと。初めての大学。初めての社会人。初めて何かに挑戦した日のこと。
人には様々な初心がある。世阿弥がいう「初心」とは、年月とともに「初心」を積み重ねていき、その時々の初心を思い出すことではないかと先生は話された。
4月、いろいろなことが始まるこの時期にぴったりの名言である。
以下、この日先生が紹介された名言から私がメモをしたものを紹介しよう。
The future of the future is the present.(未来の未来は今)
―――マーシャル・マクルーハン(文学者)
愚者は経験に学ぶ。賢者は歴史に学ぶ。
―――ビスマルク(政治家)
イノベーションとは「新しい『結合』」
―――シュンペーター(経済学者)
金持ちを貧乏人にしたところで、貧乏人が金持ちになるわけではない。
―――サッチャー(政治家)
巨額の利益を上げる企業を悪徳企業というが、自分はそうは思わない。巨額の損失を上げる企業が悪徳企業である。
―――チャーチル(政治家)
為政清明
―――大久保利通(政治家)
改革は小事にあらず、されど改革は小事から生まれる。
―――アリストテレス(哲学者)
過去と他人は変えられないが、未来と自分は変えられる。
―――エマーソン(思想家、哲学者)
機会を待て。しかし時を待つな。
―――ミューラー(詩人)
Compass over maps(地図よりもコンパス)
―――マサチューセッツ工科大学のメディアラボラトリーで使われる言葉。
1足す1が2だと思っている秀才には本当の財政はわからない。
―――高橋是清(政治家)
ヒラメの目を鯛の目に変えることはできない。
―――後藤新平(政治家)
悲観は気分である。楽観は意思である。
―――アラン(哲学者)
サッチャーやチャーチルの言葉などは、竹中先生が本当は自分の言葉で明確に言いたいことだろう。「日本の政治家が同じことを言ったらマスメディアに思い切りたたかれる」「自分が政治家でも言わないだろう」と笑っていたけれど。
「The future of the future is the present.(マーシャル・マクルーハン)」や「愚者は経験に学ぶ。賢者は歴史に学ぶ。(ビスマルク)」の名言を取り上げた際には、先生は歴史を学ぶ重要性を強調された。今を理解しようと思ったら過去を知らなければならない。未来を見通したいと思えば今を理解しないといけない。未来を写す鏡は今であると。
「ヒラメの目を鯛の目に変えることはできない(後藤新平)」は少し解説が必要かもしれない。後藤新平は元は医者。それが後に政治家となり、台湾の民生局長となった際には、現地の制度や習慣を強引に変えようとはしなかった。具体的なエピソードとして、当時台湾で蔓延していたアヘンを強引にやめさせようとはせず、吸引者を「患者」として認定してアヘンを買う権利を与え、徐々に減らす方法を取り、これが奏功した。ヒラメの目を鯛の目に…というのは、日本のやり方を強引に適用してもだめだ、ということを意味した言葉である。
先生が取り上げた名言をこうして並べてみると、竹中先生のいくつかの横顔が見えてくる。
経済学者であることは言うまでもないこととして、まず、リアリストである、あるいはあろうとしていることがわかる。感情論で議論するのではなく、単なる夢想家でもなく、現実を見つめそこから対応策を考えること。後藤新平を取り上げたのが一番わかりやすい。徹底したリアリストであったとされる大久保利通を取り上げるのも、竹中先生がリスペクトしているゆえであろう。
改革者、挑戦者であること。アリストテレス、シュンペーター、高橋是清の言葉などから私が感じるのは、他の人が諦めるような分厚い壁を前に風穴を一つ開けることからスタートし、他の人が思いつかないような方法で、柔軟に、したたかに、でも確実に、最後にはドラスティックに変えていこうとする力強い先生の姿である。
未来を明るい目で見ていること、見ようとしていること。エマーソン、ミューラー、アランの言葉あたりからその視線を感じる。意思として楽観的であろうとすること。チャンスをただ待つのではなく、自ら好機をつくる努力をすること。未来は変えられると信じること。竹中先生のこの明るさが私はとても好きだし、何よりの原動力だと思う。どんな時もあきらめず、腐らず、前を見つめ、明るくあること。
そして、講演の中で最も印象的だった言葉。それは”Compass over maps”。
地図よりもコンパス。地図がどんどん変わる時代だからこそ、自分の羅針盤を持ち、信じるという意味だ。信念を持って方向を見定める、とでも言い換えられるだろうか。
コンパスが地図よりも大切、と言われてふと心配になる。私のコンパス、錆びついてない?
コンパスの精度を上げるためにできることとは何だろう。その答えも講演の中にあった。
歴史を学ぶこと。現実をリアルに見つめること。視野を広く持ち情報を集めること。初心を忘れないこと。明るさを持ち続けること。未来は変えられると信じること。
竹中先生のお話をうかがい、視線をぐっと上に向けたくなるような気持ちで、私は会場を後にした。
“Compass over maps” 自分の羅針盤を起動させよう。
(松田慶子)
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