夕学レポート
2017年02月14日
前田 鎌利 「日本文化とプレゼンテーション」
その極意とは
満員の聴衆の顔触れは様々、しかしやはりビジネスの現場で奮闘する20代から40代が多いのが「日本文化」がテーマの講演では珍しく思った。通常、文化をテーマとした講演だと参加者の大半は女性かあるいは年配の人だからだ。かつては書道や詩歌、茶道を嗜んでおくことが男性でも教養であったはずなのに、いつからか日本男性は文化から遠ざかっている。奇妙な話だ。オペラや美術館に積極的に繰り出す女性との会話のずれもやむなし。「男女の会話のずれはなぜ生じるか」夕学の講演で取り上げて欲しい。
話を前田鎌利氏の講演に戻す。それだけ参加者が詰めかけたのもプレゼンへの関心が高いためで書籍や研修テーマとしても大変人気がある分野だ。前田氏は「書家」、「起業家、プレゼンテーション・クリエーター」、「夫・父」の3分野を挙げ、気持ちの上では7割が書家だという。
5歳の時から書の世界に入り、教職に向け勉強するが故郷ではそのポストの空きがなかった。そんな時に阪神・淡路大震災が起き、「繋がる」ことの重要性を感じて光通信に就職、飛び込み営業を始める。そして携帯電話が固定電話より多くなった2000年にJ-Phoneへの転職からソフトバンクで働くようになった。孫正義氏と柳井正氏の対談の企画(もちろんプレゼンテーション資料作成も)や、ソフトバンク、JAXA、JINSなど多数企業やイベントのロゴやメッセージを揮毫。さらには全国に書道塾15校500人の生徒を持ち、プレゼンテーション・スクールを展開するなど多彩な活動を行っている。
華やかな活躍にはしかし、様々な理由や経緯があった。文盲であったご両親がそれ故息子達には書道を通じて字を学ばせたかったこと、先生を頂点とする書道界のピラミッド構造に伴い必要な多額の資金(月謝、お手本代、出品料、額装代、入賞代など)、書道塾経営には世襲が強く新規参入はかなりの資金を要すること、教員と書家の二足のわらじは教員の枠が少なく、10年から15年はフリーターということもある等々。書道界の構造的問題がわかると同時に書道への敷居が高くなる原因も垣間見るような気がした。しかしそうした障害にも関わらず書家になることを決意する。それは2020年の東京オリンピック開催が決定した時「その時自分は何をしているか」「自分にしかできないことをしていたい」と強烈に感じたからだ。そして同年12月にソフトバンクを退職し、一般社団法人継未(つぐみ)を立ち上げて今日の、「自分にしかできない」活躍へと繋がる。
聴衆からすると、今回の講演にまだるっこしく感じる箇所があったかもしれない。実際そういう雰囲気が講演中に見られた。その経歴のためか若干セールス色の強い話し方も気にならなくはない。なぜだろう。一つには聴衆があまりにも「すぐに使えるプレゼンのノウハウ」を求め過ぎていることにその原因があるのかもしれない。講演では「伝えることとは何か」「『思い』ではなく『念(おも)い』」(1.強い気持ちのこと 2.いつも気にしていること 3.思い)、「プレゼンテーションとは念いを伝えるツール=アートであり、誰でもできる」といった根本的なことに注力していたから、聴衆の期待と間に若干の隔たりがあったとも考えられる。
ここで初めの問題に帰る。なぜ日本人男性が文化から遠ざかってしまったのか。答えの一つは講演で既に出ていたように思う。構造的な問題。すると概念的な内容に注力した話は、ノウハウを伝えるのが目的でなく、遠ざかってしまった文化と男性との間の「かけ橋」としての役割を積極的に果たそうとしたためのようにも思える。自らの書道教室で、習い始めてすぐに「書家」を名乗ることを認めているのもその一環と考えられなくもない。講演そのものがもしかすると「伝えることのツールとしての書道、プレゼンの極意」で、その最終的な目的は書道を初めとする文化への心理的敷居を下げることかもしれない。思い切った言い方をすれば文化に誘うべくセールスをしたと捉えられなくもない。
講演の最後の方でようやく「日本文化とプレゼンとの相関関係」に触れた。日本文化は13文字でわかる文化で余白を読み取る力を持つ、ある程度の文章にしないと伝わらない他国の文化に比べ、「すごいアイデンティティ」だという。つまり削ぎ落としの文化ということだろう。プレゼンテーションは、必要最小限のエビデンスだけにする、色々出し過ぎると却って伝えたいものがわからなくなる。これは氏が「日本文化の表現方法の特性」としたものそのものだ。さらにその最低限の表現も一晩寝かして、翌日「決済者の立場ならどう意思決定するか」、その視座で見るようにと説く。厳選された表現を発酵させて、さらに決済者の立場で読み直していく。その手間を省いていないだろうか・・・。引用された孫正義氏の言葉が耳に痛い。「脳がちぎれるほど考えよ」親切にも前田氏は補足もしてくれた。「大丈夫です。脳はちぎれないですから」
(太田美行)
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