夕学レポート
2004年07月13日
金井 壽宏 「一皮むけた経験とリーダーシップ開発」
金井壽宏 神戸大学大学院経営学研究科教授 >>講師紹介
講演日時:2004年5月14日(金) PM6:30-PM8:30
『夕学五十講』には、3年ぶり2度目のご登場となる金井先生からは、リーダーシップについて、具体的な事例を交えた示唆に富むお話を聞かせていただきました。
さて、今回の話を一言でまとめるなら、「リーダーシップ能力は、基本的に経験を通じて開発され得るものである」ということになると思います。ただし、「経験」と言っても、リーダーとしての大きな成長の機会となるような「修羅場」を乗り越える経験、つまり、一皮むけるような経験です。
そもそも、リーダーシップは、生まれつきのものか、それとも開発・育成可能なものかという議論があります。金井先生は、シンプルに言えば、「どちらの要素もある」という答えになるものの、基本的にはリーダーシップは開発、育成可能であるという立場に立っているそうです。ただ、リーダーシップは、本を読んだり、現場を離れたところでの集合研修などでは身につきません。リーダーは、自分で大きな絵を描き、その実現に向かって人を巻き込んでいく能力が求められます。したがって、マネジメントの基本的なスキルはまだしも、そうしたリーダーシップ能力は、やはり現場で、実際の仕事を通じてこそ開発できるものだそうです。
では、「立派なリーダーとなるためには、大変な修羅場をたくさん経験しなければならないのだろうか?」という疑問が湧いてくるかも知れません。しかし、金井先生のお話を聞くと、必ずしもそうではないようです。これについては、金井先生が示唆された「直接体験」と「間接体験」という言葉が鍵になります。「直接体験」とは、まさに自分自身が体験することであり、最も深いレベルの学習ができます。一方、「間接体験」とは代理学習であり、他人の経験を観察することによって学ぶものです。
金井先生は、最近、個別のインタビュー形式で様々な会社の経営者に、若い頃からの一皮むけた経験を話してもらい、それを記録するということを行っているそうです。リーダーは、そうした一皮向けた経験を通じて、物事の背後にある原理・原則をつかみ、経営に対する独自の考え方を持っています。金井先生はこれを「持論」と呼んでいますが、優れたリーダーたちは、おおむねその持論を言語化する能力に長けているそうです。
例えば、元GE会長 ジャック・ウエルチ氏、元ヤマト運輸社長 小倉昌男氏、そして松下電器社長 故松下幸之助氏など、みな「持論」を言葉として残しています。ジャック・ウエルチ氏は、経営の要諦をEnergy、Energize、Edge、Executionの4つのEで示していますし、小倉昌男氏も著作の中で、「リーダー10の条件」を書いています。松下幸之助氏にもたくさんの経営語録があります。したがって、これからリーダーになろうとする人は、直接体験だけでなく、リーダーの下で働きながら、彼らの行動を観察する間接体験を通じて、また、リーダーが説く持論を聞くことを通じて、リーダーシップ能力を伸ばしていくことが可能なのです。
ところで、人が会社に入り、リーダーにまで成長していくプロセスにはいくつかの転換点があります。例えば、ある会社に入り、まず営業マンとして成果を出し、次に営業所長として部下をまとめる立場となり・・・といった具合です。おおまかには、担当者からマネージャへ、マネージャからリーダーへと昇進していくプロセスですが、それぞれの職位で要求されるスキルが異なるため、当初はなかなかうまく行きません。それぞれの転換点で「つまずきの石」があります。
たとえば、以前自分がトップ営業マンであったとしても、営業所長の立場になった時には、部下の営業成績を出させるためのマネジメント能力を磨くべきであって、自分が自ら営業したほうが早いと考えてしまうのは間違っているわけです。そこで、そこであえて失敗を容認し、失敗経験を通じて新たな能力を磨くことを狙いとする人事施策が外資系企業にはあるそうです。「失敗(脱線)プログラム(Derailment Program)」と呼ばれているそうですが、日本のことわざで言えば、「かわいい子には旅をさせよ」ということでしょうか、興味深いプログラムだと感じました。
金井先生は、いつもの軽妙な語り口で聴衆を引き込み、質疑応答も含めて約2時間の講演があっという間に過ぎていました。リーダーシップに対する関心がますます高まっている昨今、受講された方は、金井先生のお話に大いに啓発されたのではないでしょうか。
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