夕学レポート
2017年07月11日
仲道 郁代 「ピアノの魅力、音楽の力、芸術の力」
考えるクラシック音楽
「音楽の力」という言葉を、耳にするようになったのはいつからだろうか。おそらく、東日本大震災後ではないかと思う。「音楽には人を励まし、勇気づけ、癒す力がある—-」。この言葉に反対する人は多くないはずだ。しかし、「なぜか」を言葉にして伝えられる人もまた多くないであろう。
ピアニストとして30年のキャリアを持つ仲道郁代さんは、この曖昧で朧ろげな「音楽の力」をご自身の感覚、言葉で語ってくださった。それは、決して説明ではなく、ピアノの演奏のように、聴く人の感覚に響くようなお話だった。
仲道さんの普段の活動は、ピアニストととして演奏するだけではない。ほかにも演劇を通してピアノやクラシック音楽の魅力を伝えることや、ワークショップで多くの人々に音楽にふれてもらう機会を作ることなど、幅広くご活躍されている。その根底には、クラシックへの敷居の高さをなくしたいという想いがある。
かく言う私もクラシック音楽とは無縁で、CDでちょっと聴いたことがあるぐらい。コンサートに足を運ぶなんて夢のまた夢である。そんなど素人でも、今回の仲道さんのお話を聞いて、音楽って、クラシックって楽しそうだな、面白そうだなと思うと同時に、音楽は感じるだけではなく、(音楽を聴くことは)考えることでもあるということを教わった。そして、その考えるということが、音楽の力であり、また、私にとっては新しい視点であった。
「ドにもミにも、意味があります」と仰った瞬間、仲道さんのお話は絶対に面白いだろうなと予感した。ちなみに『宇宙の調和』(ケプラー)によると、ファ、ミ、ファという音は地球を表現し、この地球を構成するものは「混乱と飢餓」であるということを音で表している。音の修辞学である。この「ファ、ミ、ファ=地球」を表わしているということに賛成できるか否かはその人次第といったところだが、とにもかくにも音にはひとつひとつ意味があるのだという。
たしかに、音楽で暗い曲調、明るい曲調がある。私のような音楽とは無縁に生きてきた人間にとってはこれぐらいの判断しかできないが、どうやらピアニストにとっては違うらしい。まず、仲道さんにとって楽譜を読むことはダヴィンチ・コードを読み解くような作業であり、ひとつひとつの音から、作曲家が生きた時代、その人の一生、曲に込めた想いを読みとり、どうやって演奏するか決めていく。ひとつの音の次にくる音で、またすべての意味が変わってくる。まさに、ピアニストは考えているのである。考えに考えて、私たちに美しい音楽を堪能させてくれているのだ。
さて、そんな考えぬかれて届けられる音。ピアニストはどうしてそこまでするのだろうか。「音楽の探求の魅力とは、これまで生きてきた人間がやってきたことを知ることができる」からだという。この言葉、このセンテンス、今回の仲道さんの講演の言葉のなかで一番好きだ。「人間がやってきたことを知る」とは、言い換えれば、昔の人々の喜び、悲しみ、怒りなどの感情を音を通して聴くことができ、また同様の感情を共有することができる。
例えば、ショパンの『別れの曲』を聴けば、歌詞は無いけれども、なんとなく切ない気持ちになる。人によっては、1991年に放送された武田鉄矢主演の『101回目のプロポーズ』を思い出したりする(私です)。トラックの前に飛び出て「僕は死にません」て武田鉄矢が言ってたなー、その頃の自分はどうしてたっけ?なんて思い出したりする。この、現在にいながら、昔(1991年)に戻してくれること、つまり時空を超えて、その時の出来事や感情が重なり合うことが音楽の魅力である。
仲道さんはピアノの演奏をしている時に、聴いているお客さんたちの心が動いて、意識が集まっていくのを感じるそうで、また、作曲家の想いも降りてきて、演奏しながら一つの音楽として重なり合う。まさに三位一体のような感じだ。
少し前に、池谷裕二先生の講演のなかで、「AIが作った音楽で人を感動させられるか(大意)」というお話があり、「AIが作った音楽はAIにしか理解できない音楽になり、人間にとっては雑音にしか聞こえないだろう(結論)」になったのだが、なるほど、AIには人間たちの時空に語り掛け、三位一体になるのはなんだか難しそうであると、仲道さんのお話を聞いて思った次第だ。
そして最後にひとつ、音楽は想像力を育てることができる。これが巡りに巡って、社会に貢献ができる。仲道さんは「ぼくはぼく」という谷川俊太郎さんの詩の朗読劇に合わせてピアノを演奏されたことがあるという。違う曲を奏でれば、聴こえ方も変わってくるうえに、同じ詩でも解釈の仕方、伝わるメッセージが変わってくる。例えば、サーカスの映像に陽気な音楽が流れていれば、楽しそうだなと想像することは容易だが、同じサーカスの場面に、ちょっと暗い音楽が流れていたら、きっと今はいないお父さんと見たサーカスを懐かしんだものではないかと私たちは想像したりする。そんなことが、人の想像力を育て、心を豊かにしていく。また、他人の気持ちを考えることができるようになり、他者理解へとつながるのだ。
講演の締めくくりに、仲道さんはピアニストとしてできることは、「クラシック音楽が持つ、思い・考え・味わうという特質を十分に伝えることである」と仰った。冒頭にも述べたように、音楽の力は感情に訴えかけるだけでなく、考えることでもある。それは理解へとつながる。そんなことを仲道さんから教わった気がした。
(ほり屋飯盛)
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