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夕学レポート

2018年12月11日

本間 浩輔「ヤフーの働き方改革」

本間 浩輔
ヤフー株式会社 常務執行役員・コーポレートグループ長
講演日時:2018年10月5日(金)

本間 浩輔

「ヤフーの働き方改革」。演題は至ってシンプルだ。しかし、だからこそ、聴き手の心構えが問題となる。つまり「ヤフーだからできる」とみるのか、「ヤフーでもできる」と捉えるのか。あるいは「何をしているか」を書き取るのか、「なぜするのか」を考え抜くのか。

常務執行役員コーポレートグループ長である本間浩輔氏は、終始ニコニコしながら「ヤフーの考え方を押し付けるつもりはありません」と言う。言いながら、「ヤフーだから、IT業界だから、と言っているうちは、学びは深くなりませんよ」と釘を刺す。

ヤフーに学び、その裏側にある価値観や哲学を読み解きながら、いかに自社のこと、自分のこととして考えられるかで、この2時間の価値が決まりそうだ。本間氏が時折口の端に上らせた研究者らの言葉とも紐づけながら、概要を記してみよう。

冒頭、本間氏は、次の3つの疑問を「危機感」という言葉とともに提示した。

  1. 全国『働かない運動』でよいのか?
  2. 横並び、他社のマネでよいのか?
  3. また、生産性ですか?

このうち1. は、働き方改革が、単に『残業しない運動』になっていないか、という想い。「後世から振り返った時、中国など『猛烈に働く』アジア諸国に日本が劣後しはじめる悪しき転換点だった、と言われはしないか」とまで本間氏は言うのだ。
そして2. のように、乗り遅れまいと隣と同じことをしているだけ、また3. 決して低くない現場の生産性に問題を転嫁して、働く人を更に疲弊させるだけ、の経営に問題意識を持てと迫る。3. についてはおそらく類似のことを言っている以下の論も参照されたい。

■伊賀 泰代「人と組織に求められる生産性」
https://www.keiomcc.com/magazine/sekigaku174/

続いて、4つの大きな問いと、それに対するいくつかの答えとして、本間氏の考えが示された。

Q1:なぜヤフーは働き方改革をするのか?

A1:企業として勝つため。ヤフーの競争優位の源泉は人だから、1. よい人に入社してもらい、2. 辞めさせないで、3. 成果を出してもらうことが必要となる。主な競争相手はGAFA(Google,Apple,Facebook,amazon)。いずれもIT業界の巨人だ。ITは、一人の優秀なエンジニアが十億単位の利益を生み出す業界。競争優位の源泉が人ではない会社は、そもそも働き方改革にあまり手を突っ込まない方がいい。

  1. 入社してもらうためには、「採用学」を超えて、会社の魅力を作ることが必要。服部先生の「採用学」が売れたのは、それだけどの企業も採用が上手くいっていないということでもある。
  2. ■服部 泰宏 「採用学」の視点で見直す日本の採用活動の常識
    https://www.keiomcc.com/magazine/report161/

  3. 辞めさせないためには、金銭的報酬だけでなく非金銭的報酬も充実させること。新卒社員を採用し、データサイエンティストとしての基礎教育を施し終わったところで、自分たちの想像もつかない金額でGAFAに引き抜かれて行くのが悔しいけれどもヤフーの現状。現行の給与体系で、金額ではかなわない。ならば金銭以外の魅力を創り出していくしかない。社員のライフステージに寄り添って、都度その人に合った働き方を提案する。社員の幸せに金銭以外でも貢献する会社になる。そうでないと選んでもらえない。前野先生の「幸福学」が身に沁みてくるようになった。
  4. ■前野 隆司『幸せのメカニズム 実践・幸福学入門』
    https://www.keiomcc.com/magazine/report136/

  5. 成果を出してもらうためには、成果をきちんと評価し報いること。サラリーマンを「気楽な稼業」と捉えるような社員や会社ではもう無理。優秀な人間は、例え厳しい環境とわかっていても自分を成長させてくれるGAFAへと、好条件で移ってしまう。社員と会社が仕事の成果を介して健全な関係を築くことが重要となる。

Q2:ヤフーの働き方改革は具体的にどのようなものか?

A2:例えば次のようなものがある。

  1. どこでもオフィス。月5回まで、オフィス以外の場所で勤務可能。自分が一番課題解決できる場所を主体的に選んで働く。その上で成果を1on1で上司に報告する。
  2. 選べる勤務制度。育児・介護・看護を行う社員を対象とした選択的週休3日制。
  3. データを活用したコンディショニング(今後取り組み予定)。

Q3:働き方改革が難しいのはなぜか?

A3:次のような理由がある。

  1. 評価が信用できないから。企業が大きくなり、独立した人事部門ができると、それまで現場が持っていた人事力が機能不全に陥る。加えて、プレイングマネージャーとして部下よりも忙しく動き回りながら、半期ごとのMBOで部下を適切に評価できる上司が、果たしてどれだけいるのか。結局、アピール上手な部下だけが評価を上げることになってはいないか。
  2. ■中原 淳「会社の中はジレンマだらけ 現場マネジャー「決断」のトレーニング」
    https://www.keiomcc.com/magazine/report158/

  3. 社員が自律していないから。ムラ型共同体、過度の家族主義の中で守られている。存在するだけで価値がある「家族」から、志を同じくした者が集まる「チーム」へ変わるべき。成果を出したものには報酬を払い、出せない者はクビにする。組織の与えられたポジションで棒立ちにならず、自らキャリア・デベロップメントしていくことが必要。
  4. ■金井 壽宏「個人が変わる、集団が変わる、組織が変わる~アクション・リサーチ、組織開発、組織エスノグラフィー~」
    https://www.keiomcc.com/magazine/sekigaku120/

  5. 人事部が共通して抱える問題(コストセンター意識、事例好きだがビジネスを理解しない、人間大好きでいい人の集まり、トップの覚悟不足)の存在。つまりは、経営戦略を人事戦略に正しく翻訳できていない。

Q4:働き方改革は、会社にとって死活問題だが、働く人にとっても死活問題か?

A4:fear appeal(脅し文句)に踊らされないように。例えば富山和彦氏の「GとL」(グローバルとローカル)から学べることは多い。学ばなくても死ぬことはない。
■冨山和彦CEOに聴く、「ローカル経済から甦る日本」
http://www.keiomcc.net/sekigaku-blog/2015/07/ceo.html

「学ぶべきは、幸せになる技術。いやなら会社を辞めるべき。自分の『幸せ』を考える勇気を。働き方改革を、自分自身の幸せとは何かを考えるきっかけにしてほしい」
そう言って本間氏は本論を結んだ。

それに続く質疑応答の内容は多岐に渡ったが、最後に出た「ヤフーにおける1on1の位置づけ」に関する問いに、本間氏はこう答えた。

「ヤフーでの1on1の意味合いは、やる人によって全然違う。業務報告であったり、部下の話を聴く時間であったり。ただ、フリーアドレスの導入などで上司と部下のコミュニケーションの機会が減っているという状況が生じ、成果をどう確認するかを含めて課題認識があった。1on1という言葉が公式にあることによって、真面目なことをしっかり話せる機会となっている。人は放っておいても発達する者である。それを人事がどうサポートするか。そのひとつの答えが1on1だと考えている。1on1という形式よりも、その背景にある思想や哲学のほうが重要である」。

私自身、試行錯誤しながら部下との1on1を続けているものとして、本間氏のこの言葉は本質に立ち返る良い警句として響いた。ありがたい。

週休3日、どこでもオフィス、といったうわべだけをみれば、ヤフーの取り組みはIT企業特有の軽いノリにも見えるかもしれない。しかしそこは、個々の社員が「自由」を得る代償に、高い生産性と高い成果を求められる世界である。

「ヤフーはカッコつけで働き方改革をやっているのではない。勝つために必要だから必死でやっているだけ」。

厳しい。一般社員にも、管理職にも、そして会社にも、実は厳しいものを求めるのがヤフーの働き方改革だ。
しかし、求めるに足る人であり組織であるからこそ、ヤフーはこの道を踏み出したのだろう。
時代の先端で、世界的IT企業と日夜切り結んでいるヤフーならではの、そして本間氏の、矜持が光る一言だった。カッコいいとは、こういうことだ。

(白澤健志)

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