夕学レポート
2020年07月14日
渋澤 健氏講演「渋沢栄一の発創力」
売れる商品やサービスとサステナビリティの統合
渋沢栄一は『論語と算盤』で、「その経営者がいかに大富豪となっても、そのために社会の多数が貧困におちいるようなことでは、その幸福は継続されない」と説いた。すなわちそれは、サステナビリティ(=論語)が経営や金儲け(=算盤)に統合されていなくてはその企業は長続きしないということである。どちらかが欠けてしまっても合理的経営は成立しない。渋澤健氏はこの一見関係性のない論語と算盤を結びつけることを”「と」の力”と称した。
渋沢栄一は、明治6年に日本における資本主義の原点である銀行を設立した。また、600社近くの法人や現在のNPOにあたる組織、病院などの設立に携わった人物としても知られている。銀行の設立にあたり、日本における資本主義は、共感・共助・共創の精神が整った合本主義に基づき、銀行に集まった多くの人々からの預金を循環させ、今日よりよい明日の創出に使うことだと示した。ここでも銀行の役割について、共生と資本の両立である「と」の考え方が用いられている。
渋澤氏によれば、このようなサステナビリティと経済の両立を果たすために必要な要素は、渋沢栄一の考える「智」、「情」、「意」からなる「常識」であるそうだ。「智」=知識、「情」=思い入れ、「意」=高い目標に向かう強い意志を指す。そして、サステナビリティを生み出す力の源泉となる、未来を信じる力を若者に持ってもらうことが、「と」の力の出発点であるという。渋沢栄一の生きた江戸から明治にかけては、大きな歴史の転換期にあって、将来がすぐに見通せる時代ではなかった。しかし、渋沢栄一には目に見えない未来を信じる力があった。『論語と算盤』では、目先の結果がでなくてもじっくり準備して待つことの重要性を説いている。
渋澤氏は、我が国では、繁栄と破壊がおおむね30年タームで順に繰り返されているという。1960年からは、戦後高度経済成長の波に乗って繁栄の30年となった。1990年からのバブル崩壊に伴い、2019年までは破壊の30年と捉えることができる。いよいよ、2020年からは繁栄の30年となるのではないかということだ。
ここからは私の論考となるが、この「と」の力は、徐々にSDGsという国連の2030年開発目標を通じて、日本全国に伝わりつつあると思っている。しかし、これを経済性と完全に両立させ、実行力のあるものにできる人材は少ない。渋澤氏は、目標に関連した行動をSDGsのための取り組みと称するのではなく、目標を達成年度である2030年までに達成するために実行力のある取り組みが求められると述べている。
多くの人々は、日本の消費者が本質的にサステナビリティの高い商品やサービスを求めていることを、信じていないのだと思う。結局のところ、消費者が求めているのは利便性や面白さ、デザイン性などの価値を重視しており、将来の世代のために必要であるという価値は重視されていないと信じているようだ。たしかに、直接的にサステナビリティのみを顧客に訴求しても購買意欲はわかないかもしれない。しかし、顧客訴求力が高い製品やサービスがサステナビリティに配慮しているとき、その価値が確固たるものになると考えている。
つまり、私は、サステナビリティとは、きちんとした経済的収支が整ったのちに、追加的に考慮されるとよいのではないかと考えている。誤解してほしくないのは、サステナビリティが後回しのような存在であると捉えているのではない。サステナビリティを追求する若者のスタートアップや、自社の活動にどのようにサステナビリティの概念を導入すべきか、真剣に悩んでいる企業をいくつも見てきた。しかし、サステナビリティの達成を意識するあまり、消費者のニーズの把握がおろそかになり、うまくブランディングできなければ、経済性の点でその事業は成立しない。喫緊の社会課題に、本来であれば素早く対応できるはずの一部の大企業を除き、企業は「算盤」を整えてから、いかにそれが持続可能性に資するのかを考慮しなおすことで、その商品が長く人々に愛される最強商品へと変貌するのではないかと考えている。
同等の価値を提供できる商品やサービスが、追加的にサステナブルである場合、消費者は必ずこちらを選択する。場合によっては、まったく同じパッケージに同じ商品を入れている場合、若干高額でもサステナブルな商品が選ばれる。あくまでも重要なのは「と」の力であることは、昔も今もこれからも変わらない。
(沙織)
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