夕学レポート
2005年01月11日
伊丹 敬之 「見えざる資産としての組織能力」
伊丹敬之 一橋大学大学院商学研究科 教授 >>講師紹介
講演日時:2004年12月9日(木) PM6:30-PM8:30
本日、『夕学五十講』にご登壇いただいた伊丹敬之氏は、80年代から経営資源の蓄積をベースとした経営戦略理論を展開されてきています。今回は、特にその中でも興味深いトピックである「見えざる資産」について、具体的なビジネス事例を紹介しながら、わかりやすくご解説いただきました。
今回の講演における中心テーマは「情報」でした。企業は、モノやサービスを作り、市場に投じ、その販売の対価として収益を得るわけですが、その背景にある本質的な企業の活動とは、「情報をやり取りし、蓄積する」ことであると伊丹氏は主張します。そして、この情報のやりとりや蓄積から、「見えざる資産」が生み出されるのです。「見えざる資産」とは、具体的には「技術」や「ノウハウ」「ブランド」「組織風土」などを指しますが、これらの見えざる資産が企業の競争力の源泉となるのだそうです。
伊丹氏は、企業の新たな戦略が成功するかどうかは、この「見えざる資産」が適合しているかどうかで判断しています。例えば、伊丹氏は、ソニーの打ち出したネット戦略(eソニー構想)について当初から懐疑的でした。なぜなら、ネットビジネスは「つなぐこと」のノウハウが必要とされますが、ソニー(ソニーに限らず家電メーカーの場合)は、スタンドアローンの機器を作るノウハウは蓄積していますが、「つなぐノウハウ」という見えざる資産は、持ち合わせているとは思えなかったからでした。確かに、ソニーには強力なブランドがありますので、ある程度のところまではできます。しかし、ブランドは特急券のようなもので、ブランドのおかげで早く先に行くことはできますが、目的地まで連れて行ってくれるわけではないのです。
さて、伊丹氏は「見えざる資産」についての議論の前段として、経営戦略の定義とその成功要因について全体像を説明してくれました。まず、経営戦略とは、企業活動の「設計図」と定義できます。わかりやすく言えば、「何を、だれに、どうやって」という活動の枠を決めるものです。そして、経営戦略の成功要因について、伊丹氏は、次の6つのタイプの「戦略的適合」で整理されています。
・市場適合
1)顧客適合
2)競争適合
・インターフェイス適合
3)ビジネスシステム適合
4)技術適合
・内部適合
5)資源適合
6)組織適合
これらの戦略的適合のうち、本講演で、伊丹氏は「ビジネスシステム」に焦点を当てます。ビジネスシステムとは、簡単に言えば、自分でする仕事、他の人に頼む仕事の線引きをすることです。例えば、ヤマト運輸の宅急便では、ビジネス立ち上げにおいて、配送部分は自分たちでやりますが、集荷部分をお米屋さんに依頼することにしました。また、ユニクロは、販売を自分たちで行い、生産を中国の工場に任せています。こうした「ビジネスシステム」には、2つの意義があるそうです。一つは、顧客との接点で差別化が起きるための仕組みであること、もう一つは、人々が業務を通じて「学習」できることです。そして、この学習が「見えざる資産」の蓄積になっていくのです。
さて、「見えざる資産」は、情報の流れの中に存在しています。この情報の流れ方には3タイプあります。1つ目は、企業の外部環境から企業に流れ込む「技術、顧客情報」です。2つめは、企業から外部環境に向かって流れる「ブランドや信用」です。3つ目は企業内部に流れる「組織風土」です。こうした情報の流れの中で、人々は「学習」しているわけですが、興味深いのは、日常業務をやりながら、副次的に新たな情報蓄積が起きているということです。例えば、シロアリ駆除を主事業とするサニックスでは、シロアリ駆除作業のために住宅の床下に入りますが、これによって住宅の建築構造についての情報が自然に蓄積されます。したがって、サニックスでは、耐震補強工事という新たな事業への展開が極めて高い確率で成功する可能性があったわけです。
上述したように、見えざる資産は競争力の源泉ですが、なぜ重要なのかというと、金を出して買えるものではなく、自分で作るしかないこと、また作るのに時間がかかるために、その企業間での時間差が差別力の源泉になるからです。したがって、伊丹氏は真の優良企業は次のように定義しています。
今日のために、6割のヒトがきちんと仕事をしている企業。
そして、明日のために、4割のヒトが見えざる資産の蓄積を心がけている企業。
伊丹氏は、こうした「見えざる資産」蓄積の成否を決めるのは、情報の流れのコントロールであると言います。つまり、どの仕事にもっとも豊かな情報が流れるかを考えてビジネスシステムを設計する必要があるのです。自分でその豊かな情報が流れる仕事をやれば自分が学習し、見えざる資産を蓄積することができます。しかし、他人にその仕事をやってもらうと他人が学習してしまうのです。伊丹氏は安易なアウトソーシングには否定的ですが、「見えざる資産」蓄積の重要性を考えると、「なるほどとそうか」と納得のいくお話が聴けたと感じました。
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