夕学レポート
2025年02月07日
田中 聡氏講演「これからのリーダー育成を科学する」
田中聡准教授に聴く、これからの人と事業の創り方
「大人の学びを科学する」研究者と言えば立教大学の中原淳教授だ。私が夕学でその講演レビューを担当させていただいたのは2014年のこと。そして今回、その教え子であり共同研究者である田中聡准教授のレビューを担当することとなった。
十年一昔、A decade fly。お二人の足跡を辿りながら、この十年の空白を埋めてみよう。
田中先生の名前が初めて世に出たのは、書籍 (1) 田中聡・中原淳著『「事業を創る人」の大研究』(クロスメディア・パブリッシング、2018)が出版された時だった。
ただし、新規事業の人材を主題にしたこの本を書いた時点では、田中先生はまだ「先生」ではなかった。新卒で入社した人材関連企業で新規事業の創出に携わった経験のある社会人であり、同時に、会社に軸足を置きながら東大の大学院に入学して中原先生に修士論文の指導を受ける院生でもあった。
一方の中原先生も、自身の院生時代、とある企業の内部で新規事業の立ち上げに関わった経験があることを同書の冒頭で開陳している。重なるところの多い、でも少し異なる視点を持つ二人の研究は、それだけで対象物を立体的に浮かび上がらせてくれる。
そんな二人の問題意識が結実した同書は、よくある新規事業のノウハウ本でもなければ、数少ない成功事例を吹聴する感動ストーリー本でもない。これまで盲点だった「人と組織」という観点から、「事業を創る」ことの意味を徹底的に考え抜いた一冊である。そうやって二人が登った高みからは、企業組織研究の新たな地平を見渡すことができる。
ほどなくして中原先生は立教大学経営学部に新天地を求め、やがて田中先生も会社を辞し中原先生の下で研究生活に入る。次の共著、(2) 中原淳・田中聡著『チームワーキング ケースとデータで学ぶ「最強チーム」のつくり方』(日本能率協会マネジメントセンター、2021)は、管理職の役割の基本であり根本ともいえるチーム形成に焦点を当てている。
折しも、リモートワークが浸透しコミュニケーションのスタイルが劇的に変化したコロナ禍での出版となったが、表層の変化にとらわれず、人と人とが関わりあうことの本質まで降りて行きながら、チームを創りチームを動かすことの難しさと素晴らしさを豊富なケースとデータで論じた同書は、ポストコロナの今も、悩める管理職への処方箋となっている。
同時期、田中先生は満を持して単著を上梓する。 (3) 『経営人材育成論 新規事業創出からミドルマネジャーはいかに学ぶか』(東京大学出版会、2021)は、田中先生の大学院時代からの研究成果を一冊にまとめた学術書である。副題に「新規事業創出」とあるのは、先述の先生の経歴からも納得だ。だが、主題はあくまで「経営人材の育成」のほうにある。
新規事業創出プロジェクトに将来の経営人材候補が投入されることは珍しくない。それは新規事業の成功確率を高めるためであり、同時に、経営人材候補にある種の「修羅場経験」を積ませるためでもある。
だが、いくら優秀な人材であっても、単に修羅場に放り出すだけでは成長は約束されない。それどころか新規事業そのものも危うくしてしまう。
新規事業をどのように支援し、経営候補人材にどのような学習経験を積ませるか。それを深く考えず、千尋の谷に子を落とす親獅子気取りの経営陣が、結局は人材と新規事業のどちらも育てられなかった実例を間近で見てきたのが田中先生だ。ここで先生は、熱い憤りを冷静な考察に昇華させ、組織学習論の立場から改善のための具体的な考察を示している。
管理職、経営層、と来たら次は若手である。
田中先生の博士論文を指導したのは東大の山内祐平教授であるが、その山内先生の編著となる (4) 『活躍する若手社員をどう育てるか 研究データからみる職場学習の未来』(慶應義塾大学出版会、2022)において、田中先生は第1章の執筆を任されている。そのテーマは、「なぜ今「若手社員の育成」が重要なのか」。若年層の早期戦力化が求められながら、企業の現場は既存のOJTの機能不全に悩んでいる。その現実に寄り添いつつ、実務経験からの学習のあるべき姿と、そこに秘められた可能性を示唆している。
そして最新作は、田中先生と中原先生そして『日本の人事部』編集部の共著となる (5) 『シン・人事の大研究 人事パーソンの学びとキャリアを科学する』(ダイヤモンド社、2024)である。
社員一般のキャリア形成を論じた本は多数あるし、人事パーソンはその主要読者の一人であろう。しかし、その人事パーソン自身にスポットライトを向けた本はこれまでなかったのではないか。人事関連の実務キャリアないし研究キャリアを歩まれてきた田中先生と中原先生だからこそ見出し得た論点であり、1500名以上もの人事パーソンへのインタビューに基づくデータはその正統性の裏書となっている。
会社全体の「人と組織」に関わり、社員が生き生きと働くことを支援する。それを生業とする人事パーソンは、まず自身が生き生きと働けていなければならない。人事パーソン自らが成長しキャリアを重ねられてこそ、他の社員の成長やキャリア形成をきちんと支援することができる、という本書の主張には説得力がある。
ここまで5冊の書物を足早に紹介してきた。
(1) 新規事業人材
(2) 管理職のチーム形成
(3) 経営人材育成
(4) 若手社員育成
(5) 人事パーソンの成長
一見、似て非なる雑多なテーマの羅列のようだ。だが、夜空の星々を仮想の線で繋ぐと星座になるように、これらのテーマを正しく並べて線を引くと、田中先生が考える企業人材育成論の大きな絵姿が浮かび上がってくる。
それがわかったのがこの夜の講演だ。残りの字数で、急ぎそれを描いてみよう。
会社組織は三角形のピラミッドだ。その中身を大括りに分ければ、上から経営職・管理職・メンバーの三層構造となっている。そして各層の中にも上級・中級・初級といった柔らかい区分がある。動的平衡の概念を持ち出すまでもなく、この組織構造を維持するためには、下から上への不断の人材供給が必要だ。
日常の成長は質的に連続な学習によって達成される。昨日の先に今日があり、その延長上に明日がある。
しかし、層や級を越えるとき、人は不連続な変化を迫られる。新入社員 (4) 、新任管理職 (2) 、新任経営職 (3) の成長に、従前の層でのやり方は通用しない。過去の成功体験は、むしろ新たな成長の阻害要因ともなりうる。
更に言えば、同じ管理職の中でも、新任とベテランでは求められる役割に質的な違いがある。でも誰もその違いを教えてはくれない。「管理職にもなって、そんなのは教わるものじゃない。自分で気づいて身につけるものだ」。そのように言うのは容易いが、それはそう言うあなた自身の無能さの表れでもある。
では、どうやって、層の越え方を教えるか。
その方法として田中先生が推奨するのが、新規事業創出という修羅場の経験である (1) 。
メンバーから管理職へ、管理職から経営職へと移行するのに、既存の主力事業という居心地のよい本流に乗っているだけでは、辿り着いた岸で自らの足で立つことはできない。
だから、まっすぐ上を目指すのではなく、いったん右や左へ向かわせる。新規事業という傍流に飛び込み、その創出という難題に取り組ませる。逆境の中の道なき道を力強く踏み締め歩かせる。いつしかその足には、上の層まで軽々と跳躍できるだけの脚力が宿っているはずだ。
もちろんそれは手放しで達成できるプロセスではない。必要な支援が提供され、見守られながらの修羅場が用意されなければならない。企業の中にそのような仕組みを構築するために必要なのは、経営トップの覚悟とともに、人事部門の創意工夫である。
だから人事パーソンは、自らの学びとキャリア形成を通じて、自ら成長のロールモデルとなっていかなければならない。それによって、社員全員の成長を主体的に、真に寄り添って支援していくことができるのである (5) 。
最後に、田中先生が講演では言及されなかったことをひとつ。
新卒で就職し、業務を通じて研究職に転じ、実務と学究を結び合わせながら数々の成果を世に出していく。そんな田中先生の跳躍の軌跡それ自体が、同世代の社会人にとっては大いなる刺激ではないだろうか。あらゆる境界を軽々と越えていくその脚力は、どのように培われ、これから先生をどこに向かわせるのか。
今回は、たった5冊の書籍から少し強引に星座を描いてみたが、星の数が増えれば絵姿の精度も上がる。この先、田中先生が提示する「人と組織」の未来像が夜空いっぱいに広がっていく時、そこにはどんな星座が現れるのだろう。
人が事業を創り、事業が人を創る。
「創」という字には「始める」のほかに「傷つける」という意味もある。
人が新規事業を始めるとき、新規事業は人を傷つける。
それでも怯まず向き合おう。
傷つくことを恐れず、事業を磨くその手は、事業によって磨かれる手でもあるのだ。
(白澤健志)
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田中 聡(たなか・さとし)
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- 立教大学経営学部 准教授
立教大学経営学部 准教授 Ph.D.
東京大学大学院学際情報学府博士課程 修了 / 東京大学・博士(学際情報学)
1983年 山口県周南市生まれ。慶應義塾大学商学部卒業後、株式会社インテリジェンス(現・パーソルキャリア株式会社)に入社。大手総合商社とのジョイントベンチャーに出向して事業部門を経験した後、人と組織に関するシンクタンク・コンサルティング事業を展開する株式会社インテリジェンスHITO総合研究所(現・株式会社パーソル総合研究所)を立ち上げる。設立メンバーとして参画し、同社リサーチ室長・主任研究員・フェローなどを務め、2018年より現職。専門は、人的資源管理論・組織行動論。主に人材開発・チーム開発について研究している。第37回 日本教育工学会 論文賞、第16回 経営行動科学学会 学会賞(奨励研究賞)、2019年度 人材育成学会 学会賞(研究部門:奨励賞)などを受賞。著書に『シン・人事の大研究』、『経営人材育成論』(日本の人事部 HRアワード2021 書籍部門入賞)、『チームワーキング』、『「事業を創る人」の大研究』など。
SATOSHI TANAKA LAB:https://satoshitanaka.com
X(旧Twitter):@satoshi_0630
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