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夕学レポート

2008年01月08日

遠藤 功「ねばちっこい経営」

遠藤 功 早稲田大学大学院 教授、株式会社ローランド・ベルガー 会長 >>講師紹介
講演日時:2007年11月6日(火) PM6:30-PM8:30

遠藤氏が近年著された「現場力3部作シリーズ」の最新作(06年12月発行)のタイトルにもなっている『ねばちっこい経営』の“ねばちっこい”という言葉は、茨城の方言であり、「おかめ納豆」で知られるタカノフーズ(株)の経営のモットーからもらった言葉だそうです。
同社は、他社に比べて特段優れた点があるわけではないと自覚し、他社よりも半歩でも一歩でも粘り強く、つまり「ねばちっこく」取り組むことが自分たちの財産であり、競争力だと考えているのです。遠藤氏もまた、数多くの企業をコンサルティングしてきた経験から、やはり「経営は粘らなければならない」という答えに行き着いたとのことでした。中でも、「現場」の粘り強さが重要なのだそうです。


さて、遠藤氏によれば、経営を構成するピラミッドとして、
・ビジョン(リーダーシップ)
・競争戦略
・オペレーション(現場)
の3つの要素がありますが、このうち「オペレーション」、すなわち「現場」に、企業の競争力が埋め込まれています。現場というと毎日の「ルーティン業務」をこなすだけの付加価値の低いところと連想しがちですが、決してそんなことはありません。企業の競争力は、分厚い中期経営計画書や本社の会議室にあるのではなく、ビジョンに基づく戦略を実行する「現場」から生まれるのです。
というのも、特許や規制に守られていたり、パワーブランドを確立していたりと、他に代替品のない「絶対価値」を提供できる企業は多くありません。ほとんどの企業が、類似の商品が多数存在する中で、ちょっとだけ安い、ちょっとだけ品質が良い、ちょっとだけサービスが良いといった「相対価値」で勝負しなければならないのです。こうした「ちょっとした違い」を生み出すのがまさに「現場」にほかなりません。したがって、強い企業は、強い現場を持っていると言えるのだそうです。
現場が強い具体例として、遠藤氏はいくつかの優良企業の取り組みを紹介してくれました。たとえば、ユニークな家庭用品や医薬品を販売している小林製薬(株)は、新商品が命です。初年度新商品売上高比率:10%以上、4年以内新商品売上高比率:35%以上という経営目標を掲げ、アイデアの種を全社員から集めています。同社の社員2,300人に対し、年間のアイデア提案件数は20,000件に達します。開発プロセスも、社員同士がとことん意見を交し合う「ドロドロ開発」を実践しているそうです。
また流通不況と言われる今、売上高3200億円、営業利益300億円の業績を上げている衣料品チェーンの「しまむら」は、徹底したローコスト経営を標榜し、標準化、マニュアル化を進めています。しまむらが作成したファイル10冊、1000ページに達する分厚いマニュアルは、現場からの改善提案によって日々進化しています。実際、このマニュアルは毎月更新されるため、3年経つと内容が大きく変わってしまうのだそうです。また、同社の全960店舗のうち、562店舗の店長はパート出身者で占めており、現場をもっとも理解している人間が現場を仕切る仕組みができあがっています。また、社員旅行には90%以上、新年会には99%のスタッフが参加するそうで、現場の結束力の高さがうかがえます。
では、そもそも「現場力」とは何なのでしょうか。遠藤氏は、普段からできるだけさまざまな企業の現場に足を運ぶようにしているそうですが、現場には、良い現場と悪い現場があると指摘します。良い現場には、自律神経が通っており、思考回路が回っています。悪い現場は自分たちで考えることをしませんが、良い現場は、一人ひとりが問題に対する当事者意識を持ち、粘り強く考え、問題を解決する“クセ”をつけています。それも一部の人だけでなく、業務でつながっている全員が問題解決をする“クセ”を身につけている。これが組織能力としての「現場力」となるのです。
そして、強い会社は、現場力でもって他社との競争において優位に立つことができます。トヨタや花王といった日本を代表する企業は、「現場力」が大変強いことを遠藤氏はまざまざと見てきたそうです。
遠藤氏は、強い現場をつくる4つのポイントを示してくれました。
1.現場の最前線にいるリーダーのレベルを上げること
遠藤氏は、トヨタの班長の問題意識、そしてスキルの高さに圧倒され、現場を仕切るリーダーを生み出す教育の重要性を認識しています。経営の品質を決めるのが現場の品質であり、現場の品質は、結局リーダーの品質で決まってくるということです。
2.成功の「型」や標準を作り、進化させる
現状の問題を見つけるためには比べるための基準、すなわち成功例を型化した標準が必要となります。標準は現場が良い事例から導き出したルールであり、ルールを常に進化させることによって、あるべき姿(理想)に近づくことができるのです。
3.5-20-100の理論
よく組織は、全体の20%が優秀な社員、60%が平均的社員、残り20%がダメ社員で構成されているといいます。このうち優秀な20%の社員の意識が変われば組織全体が変わるのだそうです。ただし、最初から20%の社員全員の意識を変えるのは難しいので、まずは5%の社員の意識を変えることに取り組みます。そこから、20%に広げていく。遠藤氏によれば、具体的に特定の社員名をリストアップして意識変革を働きかけるのだそうです。
4.褒める仕組み
良い“クセ”は褒められてつきます。小林製薬も、数年前に大企業病的な兆候が現れ新商品の売上高比率が低下しました。そこで、さまざまな組織改革を行ったのですが、優れた業績に対する社長賞を設置したり、社長から直接社員宛に送る「ほめほめメール」といったほめる仕組みを導入したりすることによって、アイデアを出す“クセ”を促進し、再び新商品を活発に発売することができるようになっています。
遠藤氏は、現場力として最後に求められるのは、改めて「粘り強さ」だと考えています。また、せっかくの良い取り組みも続けなければ意味がありません。戦略や計画は一日で変えることができますが、組織能力や個人の能力は一日では変えることができないからです。トヨタの本質的な強みは、まさにあきらめないこと、しつこいこと、粘る力です。そのトヨタが取り組む「カイゼン」は、英語に訳したほうがより「強み」(競争力)として認識できます。カイゼン=Continuous Improvementだからです。
遠藤氏のお話を通じて、経営における「粘り強さ」の重要性がよく理解できたように思います。

主要図書
ビジネスの“常識”を疑え!』PHP研究所(PHPビジネス新書)、2007年
ねばちっこい経営』東洋経済新報社、2006年
見える化』東洋経済新報社、2005年 ※2006年(第6回)日経BP・BizTech図書賞受賞
現場力を鍛える』東洋経済新報社、2004年 ※ビジネス書評誌TOPPOINT・読者が選ぶベストブック2004年1位

推薦サイト
http://www.isaoendo.com/ (遠藤功 ホームページ)

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